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turn B - 序 -
02
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それからは先輩を見つける度に挑む毎日。偶然のすれ違いだけじゃなく、待ち伏せまがいのことまでして、夏休みが終わったら頻繁に会えないことはわかりきっていたから今のうちに決着をつけたかった。オレと先輩の年齢差は8歳。大学院は大学とはキャンパスが違う。明確に手が届かない、と言われているようで、学年の隔たりが恨めしい。
今日こそは、と部会終わりで部室を出ていこうとする先輩をつかまえた。きゅっとTシャツの裾をつかめば、ピクリと足を止めてくれる。拒絶されないってことは、嫌われてるってわけじゃない、と思いたい。
気を遣って皆、黙って部室を出ていく。二人きりの空間。
戦いの火蓋が切って落とされた。
第一声で、諦めてくれ、とうんざりした口調で言われた。それはそうだ。先輩だって、こんな可愛げのない男の後輩より小さくて可愛いふわふわの女の子の方がいいに決まってる。そんなの分かってる、でも、好きな気持ちは止められなくて思わず、縋りつくように抱き締めた。
「…あきらめたく、ないです」
また腕の中できゅっと縮む背中に頬を寄せる。このあたたかな肌越しに、オレの好きって気持ちが少しでも伝わればいいのに。あなたの心が、ほだされてくれればいいのに。
暫くためらうような沈黙が支配して、そっと息を吸い込んだ胸が上下して、吐き出された言葉はオレの頭をガツンと殴りつけるような衝撃だった。
「俺相手にタタないでしょ?"そういうコト"って、恋人になるなら避けては通れないもんじゃん?」
表情の抜け落ちた顔でオレの腕を解いて、背を向ける。え?待って、それって。爪の先程の引っ掛かりを必死に掴む。
"恋人になるなら"ってそれ、一瞬でも俺と付き合うって可能性、考えてくれたってこと?
オレのぐるぐる高速回転する思考回路をためらいと受け取ったのか、硬い声のままで先輩はまた一歩距離を取る。そういう意味じゃない、ってじゃあ、どういう意味なんだ?
「じゃ、なに?どうしたら考えてもらえますか?あなたが振り向いてくれるなら、何だってする!」
我ながら滑稽なほど必死だった。こんなもの告白じゃない、懇願だ。ただ不様に縋っているだけ。それでもいい、同情だってなんだって、
あなたが手に入るなら。
「…俺、お前とセックスは出来ないよ」
先輩はそう言って寂しげに嗤った。
「………俺、ネコだから」
ーーーーーは?
衝撃の余韻で上手く理解が出来ない。ネコ?なんで突然、ネコ?背中越しに困惑が伝わったのか、今度こそ観念したようにきゅっと口を結んだまま、くるりと振り返った先輩は意を決した表情でオレを見下ろして言った。
「俺、突っ込まれる方。ヤラれる方なの。だから無理、お前とはそういう関係になれないの。諦めて」
「えっと…それは、いわゆる、上か下かって話ですか?」
間抜けな声が出た。オレだって全くの恋愛初心者ってわけじゃないし、一応、世間一般的な知識は持ち合わせてる。だから当然、オレが抱かれる方だと勝手に思いこんでいた。だって、誰がどう見ても体格差ってやつは否めない。オレと先輩の身長差は5cm以上、平均身長より高いオレをもってしてもまだ有り余る上背と引き締まった身体、いかにも男らしい体格だからてっきり…でも、オレだって男なわけで、もし主導権を握れるんならそれにこしたことはない、というか…。
丸まった背中に手を伸ばし、今度は力一杯抱き締め直す。びくり、と強張る身体を繋ぎ止めたい。無理なんかじゃない。
「なら、抱ければいいですか?そしたら考え直してくれるんですか?」
オレ、今めちゃめちゃ緊張してます。そう言うと、またびくり、と反応する肌がさっきより熱く火照っていた。無理だと離せと言いながら、距離を取ろうとする身体をぎゅっと強くかき抱く。心臓が爆発しそうだ。
「ムリじゃないです」
こんな直接的で淫らな告白が受け入れられるわけないってことぐらい、冷静になれば分かるはずなのに、笑えるほど必死なオレはどんな藁にでも縋ろうとして、ありえない言葉を吐き出していた。
「あなたを、抱かせてください」
腕の中の愛しい塊に向かって、真っ直ぐに正面から、オレの気持ちがどうか1ミリも漏らさずに伝わりますように。
先輩はほんのちょっとの間、ぼうっとした顔をして、とても柔らかくオレの手首をつかむと、優しく引き剥がした。それはどんな拒絶の言葉より明確に線を引かれているようで、心がひどく震えた。
痛みを逃がすような顔をして、溜め息をついた後。
燃え落ちる蝋燭のようにか細い囁きが、耳に届いた。
「一度だけ、だぞ」
今日こそは、と部会終わりで部室を出ていこうとする先輩をつかまえた。きゅっとTシャツの裾をつかめば、ピクリと足を止めてくれる。拒絶されないってことは、嫌われてるってわけじゃない、と思いたい。
気を遣って皆、黙って部室を出ていく。二人きりの空間。
戦いの火蓋が切って落とされた。
第一声で、諦めてくれ、とうんざりした口調で言われた。それはそうだ。先輩だって、こんな可愛げのない男の後輩より小さくて可愛いふわふわの女の子の方がいいに決まってる。そんなの分かってる、でも、好きな気持ちは止められなくて思わず、縋りつくように抱き締めた。
「…あきらめたく、ないです」
また腕の中できゅっと縮む背中に頬を寄せる。このあたたかな肌越しに、オレの好きって気持ちが少しでも伝わればいいのに。あなたの心が、ほだされてくれればいいのに。
暫くためらうような沈黙が支配して、そっと息を吸い込んだ胸が上下して、吐き出された言葉はオレの頭をガツンと殴りつけるような衝撃だった。
「俺相手にタタないでしょ?"そういうコト"って、恋人になるなら避けては通れないもんじゃん?」
表情の抜け落ちた顔でオレの腕を解いて、背を向ける。え?待って、それって。爪の先程の引っ掛かりを必死に掴む。
"恋人になるなら"ってそれ、一瞬でも俺と付き合うって可能性、考えてくれたってこと?
オレのぐるぐる高速回転する思考回路をためらいと受け取ったのか、硬い声のままで先輩はまた一歩距離を取る。そういう意味じゃない、ってじゃあ、どういう意味なんだ?
「じゃ、なに?どうしたら考えてもらえますか?あなたが振り向いてくれるなら、何だってする!」
我ながら滑稽なほど必死だった。こんなもの告白じゃない、懇願だ。ただ不様に縋っているだけ。それでもいい、同情だってなんだって、
あなたが手に入るなら。
「…俺、お前とセックスは出来ないよ」
先輩はそう言って寂しげに嗤った。
「………俺、ネコだから」
ーーーーーは?
衝撃の余韻で上手く理解が出来ない。ネコ?なんで突然、ネコ?背中越しに困惑が伝わったのか、今度こそ観念したようにきゅっと口を結んだまま、くるりと振り返った先輩は意を決した表情でオレを見下ろして言った。
「俺、突っ込まれる方。ヤラれる方なの。だから無理、お前とはそういう関係になれないの。諦めて」
「えっと…それは、いわゆる、上か下かって話ですか?」
間抜けな声が出た。オレだって全くの恋愛初心者ってわけじゃないし、一応、世間一般的な知識は持ち合わせてる。だから当然、オレが抱かれる方だと勝手に思いこんでいた。だって、誰がどう見ても体格差ってやつは否めない。オレと先輩の身長差は5cm以上、平均身長より高いオレをもってしてもまだ有り余る上背と引き締まった身体、いかにも男らしい体格だからてっきり…でも、オレだって男なわけで、もし主導権を握れるんならそれにこしたことはない、というか…。
丸まった背中に手を伸ばし、今度は力一杯抱き締め直す。びくり、と強張る身体を繋ぎ止めたい。無理なんかじゃない。
「なら、抱ければいいですか?そしたら考え直してくれるんですか?」
オレ、今めちゃめちゃ緊張してます。そう言うと、またびくり、と反応する肌がさっきより熱く火照っていた。無理だと離せと言いながら、距離を取ろうとする身体をぎゅっと強くかき抱く。心臓が爆発しそうだ。
「ムリじゃないです」
こんな直接的で淫らな告白が受け入れられるわけないってことぐらい、冷静になれば分かるはずなのに、笑えるほど必死なオレはどんな藁にでも縋ろうとして、ありえない言葉を吐き出していた。
「あなたを、抱かせてください」
腕の中の愛しい塊に向かって、真っ直ぐに正面から、オレの気持ちがどうか1ミリも漏らさずに伝わりますように。
先輩はほんのちょっとの間、ぼうっとした顔をして、とても柔らかくオレの手首をつかむと、優しく引き剥がした。それはどんな拒絶の言葉より明確に線を引かれているようで、心がひどく震えた。
痛みを逃がすような顔をして、溜め息をついた後。
燃え落ちる蝋燭のようにか細い囁きが、耳に届いた。
「一度だけ、だぞ」
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