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turn A - 序 -
01
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「好きなんです、あなたが」
耳を疑った。あんまり愛しすぎて、とうとう幻聴が聞こえてきたのかと思った。
サークル恒例、夏休み中の人気のないキャンパスで行われる『バズーカ大戦争』が終わって、バケツに山盛りにされた水風船やら背中にタンクを背負うタイプの水鉄砲やらの攻撃で全身水浸しにされた俺は、バスタオルを身体に巻いたまま着替えのためにと部室へと向かった。
すっかり冷えてしまった身体を休めてから戻ろうか、と思いながらドアノブに手をかけた途端、背中に衝撃を感じてぐいっと部屋の中に押し込まれた。驚いて振り返ると、目の前には見慣れた派手な頭。心臓がどくん、と跳ねた。
そして、唐突な告白。頭を思いっきり殴られたような衝撃にクラクラする。今、なんて?
俺を好き?コイツが?まさか、そんなはずない。
…もしかして、俺の気持ちがバレた?
気をつけていたつもりだったけれど、抱え切れないほど募りすぎた気持ちが飽和して溢れ出していたのだろうかと恐怖に襲われた。誰にも、気づかれてはいけないのに。
「お前の"好き"は違うと思うよ」
傷つけるのは承知の上で、わざと冷たい言葉を投げつけた。サークル内でも指折りのイケメンで、女の子の人気だってめちゃくちゃ高い。新しい世代の中心を担っている期待の後輩に、俺なんかが泥をつけるわけにはいかない。
男同士の恋愛にはまだまだ厳しいこの国で、コイツの未来にひとつも傷をつけず、価値を損なうことなく、遠くないいつかに出会うはずの可愛くてふわふわした、コイツにぴったりの女の子に万全の状態で手渡してあげること。"ただのサークルの先輩"である俺に求められている役割は、それだけだ。そのためなら、悪役にだってなれる。
「オレが、オトコだから、ですか?」
泣きそうな声。シュンとした子犬みたいに俯いている肩に、うっかり手を伸ばしそうになる衝動を、歯を食い縛って耐えた。受け入れるわけにはいかない。俺という人間が関わることで、コイツの人生を歪めるわけにはいかないんだ。
「違うよ、そういうことじゃない」
元々、俺の性的嗜好は生まれた時から同性が対象だ。以前は彼女がいたらしいコイツの方に、むしろ何故オレなんだと問い質したいくらいだった。
…出来ることなら抱きしめて、俺も好きだと伝えたかった。むしろ、俺の方がずっとずっと前から、オマエのことが好きだったのに。
後輩が連れてきたド派手な頭の1年生は、見た目に反してドライで淡々としていて、チャラさのカケラもない真面目なヤツだった。かと思えば、子犬みたいに無邪気に笑い転げて距離感を詰めてくるような無防備さと人懐っこさがあって、見ていて飽きなかった。気がついたら自然と目で追っていた。単なる後輩の一人が、"特別好きなひと"に変わるまでには長い時間はかからなかった。
だからこそ、好きだなんて言えない。
ただの憧れと混同してるんだと諭せば、これは恋だと必死に抵抗してくる真っ直ぐな瞳から、思わず目を逸らした。
「とにかく、気持ちはありがたいけどゴメンな」
申し訳程度に頭を下げて部室を出る。後ろ手にドアを閉めて、足早に立ち去ろうとして気づく足の震え。
"好き"
ーーーアイツのくれたその一言でもう全てが報われた気がした。
その後も、すれ違うキャンパスで、狭い部室の片隅で、研究室のある棟で、ことある毎に突撃される日々。そろそろ夏も終わる頃には、視界の端に金色がかすめるだけで逃げ出す癖がついた程だった。
無理だ、出来ない、やめておけ、とどれだけ拒絶しても受け入れない頑丈さに呆れた顔をしながらも、心の中では泣きたくなるほど嬉しかった。そこまで執着されているという事実に、死んでもいいと思えるほどには俺自身もこの恋に溺れていた。
今日も今日とてサークルの活動が終わり、部室からぞろぞろと出ていく皆の後をついていこうとした背中に、ツンと違和感。振り返れば、裾を引っ張る金髪が頼りなげに俯いている。
その場で無言のまま立ち尽くす俺たちは、誰がどう見てもワケありで、でも誰もが気を遣って見て見ぬ振りでドアを閉めてくれた。バタン、という音が戦いの合図。
「どうしたら諦めてくれんの?」
うんざりした顔を作るのにも、もう慣れてしまった。本心と裏腹の表情筋は、このひと月でだいぶ豊かになった。
男が好きで、しかも俺みたいなアラサーに近いオッサンが好きだなんて、コイツにとっては弱味にしかならない事実で。俺にとって何より怖かったのは、コイツが後から振り返った時に、あの時の感情は一時の気の迷いでしかなかった、と気づかれてしまうことだった。男なんか、俺なんかを好きになるんじゃなかった、といつか後悔するに決まっている。
耳を疑った。あんまり愛しすぎて、とうとう幻聴が聞こえてきたのかと思った。
サークル恒例、夏休み中の人気のないキャンパスで行われる『バズーカ大戦争』が終わって、バケツに山盛りにされた水風船やら背中にタンクを背負うタイプの水鉄砲やらの攻撃で全身水浸しにされた俺は、バスタオルを身体に巻いたまま着替えのためにと部室へと向かった。
すっかり冷えてしまった身体を休めてから戻ろうか、と思いながらドアノブに手をかけた途端、背中に衝撃を感じてぐいっと部屋の中に押し込まれた。驚いて振り返ると、目の前には見慣れた派手な頭。心臓がどくん、と跳ねた。
そして、唐突な告白。頭を思いっきり殴られたような衝撃にクラクラする。今、なんて?
俺を好き?コイツが?まさか、そんなはずない。
…もしかして、俺の気持ちがバレた?
気をつけていたつもりだったけれど、抱え切れないほど募りすぎた気持ちが飽和して溢れ出していたのだろうかと恐怖に襲われた。誰にも、気づかれてはいけないのに。
「お前の"好き"は違うと思うよ」
傷つけるのは承知の上で、わざと冷たい言葉を投げつけた。サークル内でも指折りのイケメンで、女の子の人気だってめちゃくちゃ高い。新しい世代の中心を担っている期待の後輩に、俺なんかが泥をつけるわけにはいかない。
男同士の恋愛にはまだまだ厳しいこの国で、コイツの未来にひとつも傷をつけず、価値を損なうことなく、遠くないいつかに出会うはずの可愛くてふわふわした、コイツにぴったりの女の子に万全の状態で手渡してあげること。"ただのサークルの先輩"である俺に求められている役割は、それだけだ。そのためなら、悪役にだってなれる。
「オレが、オトコだから、ですか?」
泣きそうな声。シュンとした子犬みたいに俯いている肩に、うっかり手を伸ばしそうになる衝動を、歯を食い縛って耐えた。受け入れるわけにはいかない。俺という人間が関わることで、コイツの人生を歪めるわけにはいかないんだ。
「違うよ、そういうことじゃない」
元々、俺の性的嗜好は生まれた時から同性が対象だ。以前は彼女がいたらしいコイツの方に、むしろ何故オレなんだと問い質したいくらいだった。
…出来ることなら抱きしめて、俺も好きだと伝えたかった。むしろ、俺の方がずっとずっと前から、オマエのことが好きだったのに。
後輩が連れてきたド派手な頭の1年生は、見た目に反してドライで淡々としていて、チャラさのカケラもない真面目なヤツだった。かと思えば、子犬みたいに無邪気に笑い転げて距離感を詰めてくるような無防備さと人懐っこさがあって、見ていて飽きなかった。気がついたら自然と目で追っていた。単なる後輩の一人が、"特別好きなひと"に変わるまでには長い時間はかからなかった。
だからこそ、好きだなんて言えない。
ただの憧れと混同してるんだと諭せば、これは恋だと必死に抵抗してくる真っ直ぐな瞳から、思わず目を逸らした。
「とにかく、気持ちはありがたいけどゴメンな」
申し訳程度に頭を下げて部室を出る。後ろ手にドアを閉めて、足早に立ち去ろうとして気づく足の震え。
"好き"
ーーーアイツのくれたその一言でもう全てが報われた気がした。
その後も、すれ違うキャンパスで、狭い部室の片隅で、研究室のある棟で、ことある毎に突撃される日々。そろそろ夏も終わる頃には、視界の端に金色がかすめるだけで逃げ出す癖がついた程だった。
無理だ、出来ない、やめておけ、とどれだけ拒絶しても受け入れない頑丈さに呆れた顔をしながらも、心の中では泣きたくなるほど嬉しかった。そこまで執着されているという事実に、死んでもいいと思えるほどには俺自身もこの恋に溺れていた。
今日も今日とてサークルの活動が終わり、部室からぞろぞろと出ていく皆の後をついていこうとした背中に、ツンと違和感。振り返れば、裾を引っ張る金髪が頼りなげに俯いている。
その場で無言のまま立ち尽くす俺たちは、誰がどう見てもワケありで、でも誰もが気を遣って見て見ぬ振りでドアを閉めてくれた。バタン、という音が戦いの合図。
「どうしたら諦めてくれんの?」
うんざりした顔を作るのにも、もう慣れてしまった。本心と裏腹の表情筋は、このひと月でだいぶ豊かになった。
男が好きで、しかも俺みたいなアラサーに近いオッサンが好きだなんて、コイツにとっては弱味にしかならない事実で。俺にとって何より怖かったのは、コイツが後から振り返った時に、あの時の感情は一時の気の迷いでしかなかった、と気づかれてしまうことだった。男なんか、俺なんかを好きになるんじゃなかった、といつか後悔するに決まっている。
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