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turn A - 序 -
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「…諦めたくない、です」
きゅっと後ろから抱き締められて心臓が跳ねた。いつまでも平行線のやりとり。いい加減、ここらで決着をつけなければと、わざと苛立ったフリをする。本心ではどんなに信じたいと願っていても、答えはいつもここにしか辿り着けない。
「諦めてよ。第一、無理だよ。俺相手にタタないでしょ?"そういうコト"って、恋人になるなら避けては通れないもんじゃん?」
お願いだから、俺の恋心を諦めさせてくれ。言葉に出来ない想いに弾かれたように、俯いていた頭がピクリと揺れて、ハッと顔を上げた。
「…こ、いびと?ねえ、それって、考える余地あるってこと?"なるなら"って、可能性考えてくれたって意味でしょ?」
ぐっと腕をつかんで身を乗り出してくるその目に、わずかな希望が宿っているのを見て、取り返しのつかない失敗をしたことに気がついた。どうすれば傷つけずに済むのかとためらう気持ちが、隙の甘さを招いた結果。
「いや…そういう意味じゃ」
突然しどろもどろになる弱気な声を、押さえつけて畳み掛けてくる。大人しいと油断していた飼い犬が、喉笛に噛みついてきた。
「じゃ、なに?どうしたら考えてもらえますか?あなたが振り向いてくれるなら、何だってするっ!」
悲痛な叫びにも似た懇願が胸を締めつける。…観念のしどきだろうか。これ以上期待させても意味がない。
嫌われたくない、と偽る卑怯さは俺自身のエゴだ。悪魔の囁き声が耳元に響くのを振り切って、とうとう俺はずっとひた隠しにしていた秘密を自分自身の手で暴いた。
「…俺、お前とセックスは出来ないよ。抱けないの。無理。だから諦めて」
そしていっそ、嫌ってくれ。
ん?と首を傾げて戸惑う顔から無意識に目を逸らして、そっと掴まれていた腕を外した。
触れた指先が、掌が、火傷しそうに熱を孕む。もうこれ以上拒み続けるにはお前のことが好きすぎるから、早くお前から離れてくれないと、決心が揺らいでしまう。だから、この夢みたいに幸せな時間を終わりにしよう。
「俺、突っ込まれる方。ヤラれる方なの。だから無理、お前とはそういう関係になれないの。諦めて」
自分で自分に止めを刺す滑稽さに嗤いが漏れた。
こんなデカい図体の男が、しかも8つも年上のオッサンが、突っ込まれてヒイヒイ泣いてる光景なんて気持ち悪い以外の何モノでもないってことくらい、俺自身がイヤってほど知ってる。
こんな情けない秘密をよりにもよって好きなヤツに自分からさらけ出すなんて、恥ずかしさと情けなさで死ぬ。いや、もう死んだ。
でも、知られた上で嫌われた方が心おきなく諦められる、と思えばむしろサッパリする気もしていて、泣き笑いみたいな顔で俺は背中を向けた。
バイバイ、俺の片思い。
一刻もこの場を離れたくて、足早に数歩進んだところで、背中に衝撃を受けた。ドスンとぶつかってきた塊は、キツいくらいに俺を抱き締めて縋った。
「なら、抱ければいいですか?」
疑問のふりをした期待が、さっきまでの絶望を一気に明るく塗り替えたみたいに弾む声。嬉しそうなその響きに戸惑って、一瞬反応が遅れた。
ーーーえ?抱いてくれんの?
喉まで出かかった喜びをぐっと飲み込む。バカか俺、喜んでどうするよ。
「いや、だから無理だって。離して」
腕を引き剥がそうとして手をかけると、より一層強い力で抱き締められる。今、この瞬間に世界が終わってしまえばいいのに。
暴れ回る心臓の音すら肌越しに聞こえてしまいそうで、深く深く呼吸を沈めた。
「ムリじゃないです。だって、オレ、もう…」
そう言って控えめに密着された下半身が、予想もしない昂りをみせて、全身の血流がぶわっと逆流した。一気に顔が朱に染まって火照る。今、俺、どんな顔してんの。
「あなたを、抱かせてください」
背中越しにスリスリと擦りつけられる甘い欲望。足元から迫り上がる痺れで息が詰まりそうだった。ごくり、と喉が鳴ったのは、俺だったのかそれとも。
くるりと反転される身体。正面から覗き込む真っ黒な瞳は、期待に濡れている。なんていう、好きの暴力。
ぼうっと熱に浮かされたように真っ赤な顔をした俺の頬には、いつの間にかゴツゴツと骨ばった手が添えられていて。お願い、と声にならない掠れた音が耳に届いた。少し見上げる角度で、捨て犬のような表情で、こんなの反則だろ。
そっと手首をつかんで引き剥がした後で、夢にまで見た愛しいひとの温もりを失った頬が、寂しさに歪んだ。
目を閉じて、自分自身に言い聞かせる。
…どうせダメなら、一度だけ。
たった一度だけでいいから、神様、ワガママを言っていいですか。
二度と誰かに愛されようなんて思いません。コイツのことも絶対に追いかけません。何もかもなかったことにして、このあとの人生をひとりで生きていくのだって構いません。俺の人生にこれから起こるはずの、全ての幸せを使いきってもいい。
だから、この愛しいひとの時間を、長い人生のうちのたった一晩でいいから、俺にください。
「一度だけ、だぞ」
肯定の言葉を、戒めるように自分自身に言い聞かせた。
きゅっと後ろから抱き締められて心臓が跳ねた。いつまでも平行線のやりとり。いい加減、ここらで決着をつけなければと、わざと苛立ったフリをする。本心ではどんなに信じたいと願っていても、答えはいつもここにしか辿り着けない。
「諦めてよ。第一、無理だよ。俺相手にタタないでしょ?"そういうコト"って、恋人になるなら避けては通れないもんじゃん?」
お願いだから、俺の恋心を諦めさせてくれ。言葉に出来ない想いに弾かれたように、俯いていた頭がピクリと揺れて、ハッと顔を上げた。
「…こ、いびと?ねえ、それって、考える余地あるってこと?"なるなら"って、可能性考えてくれたって意味でしょ?」
ぐっと腕をつかんで身を乗り出してくるその目に、わずかな希望が宿っているのを見て、取り返しのつかない失敗をしたことに気がついた。どうすれば傷つけずに済むのかとためらう気持ちが、隙の甘さを招いた結果。
「いや…そういう意味じゃ」
突然しどろもどろになる弱気な声を、押さえつけて畳み掛けてくる。大人しいと油断していた飼い犬が、喉笛に噛みついてきた。
「じゃ、なに?どうしたら考えてもらえますか?あなたが振り向いてくれるなら、何だってするっ!」
悲痛な叫びにも似た懇願が胸を締めつける。…観念のしどきだろうか。これ以上期待させても意味がない。
嫌われたくない、と偽る卑怯さは俺自身のエゴだ。悪魔の囁き声が耳元に響くのを振り切って、とうとう俺はずっとひた隠しにしていた秘密を自分自身の手で暴いた。
「…俺、お前とセックスは出来ないよ。抱けないの。無理。だから諦めて」
そしていっそ、嫌ってくれ。
ん?と首を傾げて戸惑う顔から無意識に目を逸らして、そっと掴まれていた腕を外した。
触れた指先が、掌が、火傷しそうに熱を孕む。もうこれ以上拒み続けるにはお前のことが好きすぎるから、早くお前から離れてくれないと、決心が揺らいでしまう。だから、この夢みたいに幸せな時間を終わりにしよう。
「俺、突っ込まれる方。ヤラれる方なの。だから無理、お前とはそういう関係になれないの。諦めて」
自分で自分に止めを刺す滑稽さに嗤いが漏れた。
こんなデカい図体の男が、しかも8つも年上のオッサンが、突っ込まれてヒイヒイ泣いてる光景なんて気持ち悪い以外の何モノでもないってことくらい、俺自身がイヤってほど知ってる。
こんな情けない秘密をよりにもよって好きなヤツに自分からさらけ出すなんて、恥ずかしさと情けなさで死ぬ。いや、もう死んだ。
でも、知られた上で嫌われた方が心おきなく諦められる、と思えばむしろサッパリする気もしていて、泣き笑いみたいな顔で俺は背中を向けた。
バイバイ、俺の片思い。
一刻もこの場を離れたくて、足早に数歩進んだところで、背中に衝撃を受けた。ドスンとぶつかってきた塊は、キツいくらいに俺を抱き締めて縋った。
「なら、抱ければいいですか?」
疑問のふりをした期待が、さっきまでの絶望を一気に明るく塗り替えたみたいに弾む声。嬉しそうなその響きに戸惑って、一瞬反応が遅れた。
ーーーえ?抱いてくれんの?
喉まで出かかった喜びをぐっと飲み込む。バカか俺、喜んでどうするよ。
「いや、だから無理だって。離して」
腕を引き剥がそうとして手をかけると、より一層強い力で抱き締められる。今、この瞬間に世界が終わってしまえばいいのに。
暴れ回る心臓の音すら肌越しに聞こえてしまいそうで、深く深く呼吸を沈めた。
「ムリじゃないです。だって、オレ、もう…」
そう言って控えめに密着された下半身が、予想もしない昂りをみせて、全身の血流がぶわっと逆流した。一気に顔が朱に染まって火照る。今、俺、どんな顔してんの。
「あなたを、抱かせてください」
背中越しにスリスリと擦りつけられる甘い欲望。足元から迫り上がる痺れで息が詰まりそうだった。ごくり、と喉が鳴ったのは、俺だったのかそれとも。
くるりと反転される身体。正面から覗き込む真っ黒な瞳は、期待に濡れている。なんていう、好きの暴力。
ぼうっと熱に浮かされたように真っ赤な顔をした俺の頬には、いつの間にかゴツゴツと骨ばった手が添えられていて。お願い、と声にならない掠れた音が耳に届いた。少し見上げる角度で、捨て犬のような表情で、こんなの反則だろ。
そっと手首をつかんで引き剥がした後で、夢にまで見た愛しいひとの温もりを失った頬が、寂しさに歪んだ。
目を閉じて、自分自身に言い聞かせる。
…どうせダメなら、一度だけ。
たった一度だけでいいから、神様、ワガママを言っていいですか。
二度と誰かに愛されようなんて思いません。コイツのことも絶対に追いかけません。何もかもなかったことにして、このあとの人生をひとりで生きていくのだって構いません。俺の人生にこれから起こるはずの、全ての幸せを使いきってもいい。
だから、この愛しいひとの時間を、長い人生のうちのたった一晩でいいから、俺にください。
「一度だけ、だぞ」
肯定の言葉を、戒めるように自分自身に言い聞かせた。
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