恋愛エントロピー

帯刀通

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turn B - 破 -

05

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触れた肌の熱さで火傷しそうだ。オレのもので感じてくれてる、そう思うだけで愛しさが溢れて爆発しそうになる。昂まる快感の渦に飲み込まれないように、落ち着けと自分に言い聞かせながら、何度も逃げようとする腰を捕まえては奥まで抉るように打ちつける。その度に泣きそうな短い呻き声をあげて、しがみつくように中が収縮を繰り返す。

気持ちいい、ただひたすら気持ちいい、それしか考えられない。初めての同性相手の行為は想像をはるかに超える快感をもたらして、オレは呆気なく果てた。薄い膜越しに精を吐き出せば、それに呼応するように中が痙攣して、しばらくすると徐々に弛緩していった。お互いの粗い息だけが部屋に響く。深く息をして呼吸を整えながら、目隠しを取ろうとした手を、ぐっと掴まれた。

「だ、め。とる、なって」

掠れた声が耳を打つ。

ずるずると引き抜かれて空気に晒されたオレの中心は、吐き出した後でもまだ足りないと主張するように堅さを保っていて、ハアハアと息を乱しながら離れていく温もりに思わず手を伸ばす。なのに、気配の残り香だけを指先が掠めて、触れることすら許されない。

「まだ、スる?」

そう言って、やっぱり冷たいままの指先がそっと薄い膜を剥がしていく。

ーーーいいの、だろうか。

ためらいながらも頷くと、ん、と小さい声を置き去りにしたまま、またベッドが軋んだ。しばらくして戻ってきた振動と共に、また被せられる膜の感触。今度は軽く腕を引っ張られて、訳もわからず上半身を起こすと、膝立ちになるように指示される。言われるがままの姿勢で待っていると、軽く握られて扱かれて重くなった腰にひたり、と密着する肌にまた、ぐっと深く飲み込まれた。

それは、愛のないセックスだった。

一方的にされるがまま、人形みたいに操られる。気持ちも意思も無視されているのに身体だけは欲望に正直で、当てがわれた快楽が、虚しさとは反比例して張り詰めていく。

腰を進める度にびくびくと跳ねる身体を押さえ込み、くたりとした背中に覆いかぶさると、汗ばむ肌が嬉しそうに吸い付いてくる。オレより広い背中が、突き上げられる度にたわんで震えるのは、気持ちがいいせいだと思い込みたくて、手探りで捕まえた手を上から握り込む。標本の蝶みたいにベッドにあなたを縫いつけて、どこにも行かないように閉じ込められたらいいのに。

背中に舌を這わせれば、んん、っと軽い呻き声と共に拒まれる。胸の飾りに手を伸ばせば、止めてくれと拒まれる。首筋に手をあてて、いっそ息の根を止めてやりたいほど、虚しくて意味のない繋がり。口づけさえ出来ない。愛することさえ許されないなんて。

なのに、反応する身体が恨めしい。
オレはあなただからいいのに。

あなたはオレじゃなくてもそんな風に善がって乱れるのかと思うと、愛しさが裏返ってめちゃくちゃにしてやりたい衝動が脊髄を駆け抜けた。

二度と消えない傷を、残してやりたい。あなたがオレを愛さないなら、深い海の底に沈めてしまいたい。気持ちよさげな喘ぎ声ひとつ漏らさない冷酷さが、オレの正気を追い詰めていく。

もたらされる快楽に従順なあなたの身体に、オレに抱かれたという証を刻み付けてやれたらいいのに。もう誰に抱かれても忘れられないほどに酷く、キツく、ぐちゃぐちゃに壊して、オレだけを覚えていてくれたらいいのに。

狂った怒りと嫉妬に急かされて達した後に、ズルリと引き抜いてしまえば、二人の間の繋がりなんて消えてしまう。触れていなければ保てない関係性なんて、最初から無かったも同然かも、なんて頭の中は妙に冷静にこの状況を俯瞰していて、一体何を繋ぎ止められるつもりでオレはこのひとに抱かせてくれと懇願したのかさえ、もう分からなくなっていた。

どうしようもないほど強い快楽に溺れば溺れるほど、近づけない心の距離を思い知らされるようで、自分の傲慢な思い上がりに気づかされる。好きになって欲しかった、それだけなのに。

純粋に伝えたはずの恋を自らの手で汚してしまった罪悪感と、身体を繋げてさえ心まではカケラも手に入れられなかった虚しさとが、胸に詰まって呼吸が苦しい。嗚咽の代わりとばかりに頬を伝う涙が、オレの感情の全てだった。

糸が切れた操り人形は、パタリと明かりの消えた舞台に倒れ込むだけ。誰もいない。ひとりだ。ただ、ただ、ひとりだった。

「俺がいい、って言うまで、っ、うご、かないで」

途切れ途切れの声には、いつも自信に満ち溢れたあの太陽みたいな明るさは微塵もなかった。残された湿っぽい後悔の響きだけが鼻先に香った。

ギシギシと移動する重みが再びオレに触れることはなく、シャワーでも浴びるのだろうか、衣摺れの音だけが耳に届く。倦怠感に漂いながら、ぼうっと寝転がっていたところに、突然響くガチャっという音。

は?まさか、と慌てて身体を起こせば、間違いない、靴を履いて踵を打ちつける音がした。咄嗟に目隠しに手をかけて、ぐいっと引き下ろす。明順応しきらないまま眩さに点滅する視界がとらえたのは、素っ気なくドアの向こうに消えていく後ろ姿と、さよなら、という別れの言葉。

置き去りにされたオレの恋は、完全なる拒絶に手も足も出ることなく、場末のホテルの一室に捨てられて終わった。
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