恋愛エントロピー

帯刀通

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turn A - 破 -

03

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あの夜、本当に駅に現れたアイツを見て、揺れていた俺の覚悟はもう後戻り出来ないところまで追い詰められた。これから好きなヤツに抱かれる。そう思うだけでじんわりと濡れていく身体の異変をひた隠しながら、不自然じゃない程度に早足で目的地へ向かう。

男だけでも使えるホテルに足を踏み入れる直前、最後に確認するつもりで目を合わせれば、きゅっと口を結んで硬い表情のまま足早に近づいてきた。

背を向けて、触れられないように注意深く距離を取る。ほんの一度でも触れてしまえば、後戻り出来ないことは分かりきっていたのに。たった一度でもいいと夢を見た人魚姫の末路を知っているくせに。みっともない未練が喉を塞いで、心が叫ぶままに、泥沼に足を踏み入れてしまった。

最初から、触れさせる気はなかった。突っ込むだけなら男も女も一緒で、いずれ記憶の海に沈むだろう。ほんの少しでも記憶に残る要素は全て排除出来るようにと、最も鮮烈に過敏な引き金となる視覚を封じた。コイツの中の俺は曖昧な形を持たないものとして認識せざるをえなくなる。そのうち薄ぼんやりとした記憶は、悪い夢だったのだと思ってくれるならそれでいい。

なるべく時間をかけずに済むように、あらかじめ家で準備は済ませてきた。きっと男同士の行為は初めてで何も分からないだろうから、簡単に丸め込める自信はあった。突っ込んで出す、その行為自体は相手が女でも男でも変わらない。

ただ気持ちよくなって果ててくれたら、それだけで良かった。もし、気持ち悪いと拒まれるなら、それでも良かった。傷は浅い方がいい。

俺相手でも勃つ、と口では言っていたけれど、心や身体は意外と正直で、いざとなると萎えてダメになる可能性は充分にあった。だから、咥えたモノが熱くなって硬さを増していくことに俺自身が一番驚いていた。

俺の口で気持ちよくなってくれてる。それだけで、嬉しさに頭がおかしくなりそうだった。動きを早めれば軽く下口唇を噛んで声を殺す。快楽に抗えず腰が浮く姿にさえ、下半身が淫らに疼いた。早く繋がりたい、とはしたなく強請ねだる後孔が俺の中で一番正直だった。

既にじっくりと解して柔らかくなった中にはローションを塗りたくってある。自分自身の昂りで愛しいひとを汚さないように、痕跡をひと滴も残さないように、薄い膜に淫らな欲望を閉じ込めた。

滑稽なほど入念な準備は、極力お互いのダメージを少なくするためのもの。ゆっくりと体重をかけないように腰だけを沈めていく。

硬くなったモノを飲み込んでいく。余りの快感に目が眩んだ。1ミリ進む度に、心の襞が泣き出しそうに震える。幸せが過ぎて、気が狂いそうな愉悦と嗚咽を同時に喉の奥に押し込んだ。今なら死んでもいい。掛け値なく本気で思った。今すぐ世界が滅べばいいのに。

ゆるゆると快感を逃がしながら腰を振れば、無意識にきゅうきゅうと絡まって締めつけてしまう。この形を覚えた身体のまま死にたい。一生この記憶を残した身体のまま、死ねたらいいのに。

ひとつに溶け合ってしまいたい、と縋りつきそうになる強欲な肌を、なけなしの理性で引き剥がす。喘ぎ声が漏れないようにと腕を噛んだ。それでも時折ふっと息をする瞬間に溢れてしまう叫びが、どうか愛しいひとの耳に届かないようにと祈る。

本当は一秒でも長く繋がっていたいと願う浅ましい心を、突き上げられる度に汚なく善がり狂う淫らな姿を、ビロードの布ひとつで覆い隠してくれる。

一度きりの繋がりなど、すぐに忘れてくれていい。気持ち悪いと拒まれてもいい。だからどうか今この瞬間だけは俺に全て預けて、快楽に溺れていて。

その声も、仕草も、引き留める腕の強さも、肌に食い込む指の熱さも、何一つ忘れないように俺だけは覚えておくから。だから神様、この部屋を出るまでの僅かな時間だけでいい、どうか見逃してください。

愛しいひとの全てを俺にください。

触れようと伸ばされる手を、味わうように這う舌を、愛されることを拒むのは、胃が引き絞られるような痛みを伴った。流されてしまえれば、と何度思ったか知れない。

その度に口唇を血が滲むほど噛み締めた。決して何も残さないと誓ったんだ。それだけが、せめてもの矜持だった。
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