恋愛エントロピー

帯刀通

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ROUND2

01

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「さぁ、"仕切り直し"しましょうか」

見覚えのあるベッド、見覚えのある照明と配置、そして半年経っても大して変わらない流行りのBGM。

もう一度最初からやり直したいんです、と上目遣いに淋しそうな顔をして見せれば、優しすぎるあの人は申し訳なさそうな顔をしてぎこちなく頷いた。

待ち合わせの時間も場所も一緒。まるで記憶を塗り替えるように、あの夜と同じルーティンで訪れたホテルの一室。

今夜の主導権を譲る気は、サラサラなかった。

「オレ、聞いたんです」

まだ近すぎる距離になれない、と言わんばかりに、気を抜くとスッと身体を引いてしまうのは、臆病なのかそれとも。

薄いカーディガンの袖口を捕らえて、するりと指を這わせれば、大袈裟なほどにびくんと跳ねる身体。…可愛いかよ。

卒業式の日から数日後。善は急げ、とあの人に約束をとりつけた。たった数日でも、気が変わらないとも限らない。またあの時のように逃げられては堪らない、と毎晩電話をかけて、音信不通にならないように少しずつ囲いこんでおいた。根が真面目な年上の恋人は、逃げ出したことに罪悪感があるらしく、今回は大人しくついてきてくれた。

まだお互い服は着たままで、まずは緊張を解そうと手を握る。少しずつ指先を絡めたり、指の腹ですりすりと擦ったり、ぎゅっと恋人つなぎなんかしてみたり。まだ手にしか触れてないのにもう、居心地悪そうに後退りしようとする。

その反応を楽しみながら、次に落とす爆弾にどんな反応をしてくれるのか、内心ワクワクが止まらない。

「…聞いたって、何を?」

少し訝しげに眉を寄せて首を傾げるそのうなじに噛みつきたい衝動を抑えながら、ゆっくりと計画的に追い詰めていく。

「受け入れるのって凄く大変なんだって。準備とか色々あるんだって後から知って、」

「っ、おまっ!誰にっ、聞いたんだよ!」

目を見開いて遮る声は焦りに裏返っていて、あぁホントに可愛いなって思わず顔がニヤけちゃう。

ジリジリとヘッドボードに追い詰められていく姿を、心の中で舌なめずりしながらニヤニヤしてるってバラしたら絶対怒るよな。でも、仕方ない。可愛すぎるこの人が悪い。

「副部長に。懇切丁寧に教えてもらいました」

…ホントは説教されながらだけど、それは黙っておく。

案の定、副部長と聞いて更に見開かれた目はそのまま落ちてくるんじゃないかってくらい、まんまるだった。

「どんな準備して、どんな風にしたらいいのかも全部確認済みです」

これはホント。受け入れる方がどんだけ大変か、そのために何をしなきゃいけないのか。準備段階から根掘り葉掘り聞いてきたから、もうかなりの知識量だ。やっぱ何事も先人の知恵って大事だなと痛感した。

それと同時に、自分の最低さも。

あの日、この人がどんな思いで何もかも一人で用意して、受け入れて、済ませて、帰っていったのか。オレは何も分かってなかった。ホントに何一つ、分かってなかったんだ。

「だから、もう一回。最初から始めさせてください」

お願いします、と正座で頭を下げる。こんなピンクのネオンも眩しい部屋で場違いなやりとりかもしれない。でも、オレはちゃんと謝っておかないと前に進めないんだ。

オレは目の前のこの人をシアワセにするために、いるんだから。

「だから抵抗、しないでくださいね」

ニッコリと笑うと、眉間にシワを寄せた顔でぎこちなく頷いた。首を傾げただけかもしれないけど、OKのサインだってことにしておこう。

ペタリと背中をヘッドボードにつけて、警戒するように膝を抱えた可愛い恋人。その足をガッと両手で左右に割って、グイッと身体を押し込んだ。正座のままにじりよって、額を合わせればもうゼロ距離。鼻先をツンと鼻でつつけば、困ったように下がるハの字の眉。クゥンと子犬みたいに小さな躊躇いを乗せて喉が鳴った。…可愛いかよ。

逃げられないように頬を両手で包み込んで、まずは優しく触れるだけのキス。ゆっくりと、しっとりとした温もりが伝わっていくように、軽いリップ音を立てながら角度を変えて口唇に落としていくと、ふぁっと時折吐息を漏らしながら応えてくれる。

…まだ焦るなよ、オレ。ガツガツ先へ進みたい気持ちをグッと堪える。副部長のアドバイスを頭の中で何度も反芻する。

"いい?受けっていうのは精神的に相手に委ねてないと気持ちよくないもんなの。しかも基本的にロマンチストなわけ、お前たちみたいなケダモノと違って"

隣りで部長が、ちょっとぉ、それどういう意味ー?と突っ込んできたのはあっさり黙殺された。ちなみに部長は、副部長の恋人だったりする。

"セックスっていうのは単なる運動じゃなくて、心の繋がりが大事でしょうが。じゃなきゃ、同じ男にヤラセてなんかやるもんか"

確かに。自分の本来持ってるはずの主導権を譲ってでも相手とシたいかって聞かれたら、結構抵抗ある男は多いと思う。オレだったら、うーん…あの人にヤラれる?…うーん……うーん。正直、悩むところではある。

"気持ちよくするのは大前提。それ以前に、丁寧に安全に、相手の反応を見て独りよがりにならないこと。異性だろうが同性だろうが一緒だよ"

確かに確かに。さすが副部長、いちいち含蓄に富んでる。うんうんと素直に頷くオレを良い生徒だと認定してくれたのか、副部長は微に入り細に穿ち、基本のイロハから上級編の入り口まで教えてくれた。そこまで使うかは謎だけど、とりあえず部長がヤベェことだけは分かった。

淡いキスで少し緊張が解れてきたのか、目がきゅぅっと細められる回数が増えてきた。吐息も少し甘くなったのを見計らって、今度は少し角度を深くして啄むようなキス。僅かに開いた隙間に舌を這わせる。

でも無闇に突っ込んだりはしない。つぅーっと歯列を左から右へと舐め上げていく。まずは上、次は下。今度は逆回りで。最初はビクンと驚いたように肩が跳ねたのをあえて見ない振りをして、何度も優しく筆でなぞるように行き来すると、徐々に目が蕩けてきた。

今度は舌をそっと差し入れて、軽く絡めてみる。遠慮がちに応える舌をちゅぅっと吸い上げれば、堪えきれない声が漏れてくる。その声色が想像してたよりはるかに甘くて、思わずオレの腰がぐぐっと重くなった。

あの日、触れることさえ許されなかった愛しい身体が今、オレの腕の中にある。全身全霊をこめて愛しさを伝えるには、どうすればいい?この皮膚1ミリだって遮るものは剥ぎ取ってしまいたいくらいだ。

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