影牢 -かげろう-

帯刀通

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強制される未来

05

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「……あぁ、愛か……」

漸く我に返った風の雪兄さまが、息を吐く。

狂乱を巻き起こした熱の渦が去った今、誰もが先程までの自分との果てしない隔たりを感じていた。現実から乖離して、夢の中にいたかのような心許なさと、確かに体内に残る熱に羞恥を煽られる。

「……あれは一体……?フェロモンに当てられた?でも、そんな生易しいモノじゃなかったぞ?」

呆けた表情で春兄さまが身体を起こす。はだけた襟元を直しながら冷水を浴びせかけられた犬の如く、何度も頭を振り続ける。

「……ホント、何あれ。頭も身体もぐっちゃぐちゃに引っ掻き回されたみたい……疲れたぁ……」

ぐったりと横たわったまま、両腕を交差して目元を隠したままの月兄さまが、力なく呟く。訳が分からないのは皆同じらしい。ただ独り、冷静な愛兄さまがぽつりと零《こぼ》す。

発情期ヒート

一斉に視線が愛兄さまに集まった。

「っはぁ?嘘だろ?前はあんなんじゃなかったろうが!」

噛み付くような春兄さまの物言いにも動じた様子もなく、そちらを見もしない。さっきからその冷たい眼差しは私だけに降り注いでいて、恐ろしさと嬉しさでもう吐きそうだ。

「抑制剤」

あぁ、そうか。さっき口移しで飲まされたのは抑制剤だったのか。あの急激な沈静化もそれなら納得がいく。まだ熾火が燻ってはいるが、理性を焼き尽くす業火のような勢いは消えている。甘く痺れる疼きだけが、腹の底でじわじわと収縮を繰り返すだけだ。

発情期ヒートがーーー進化してる?」

勢いを増すどころではない、全く別の次元へと導かれるように快楽に存在がひらかれるほどの暴力的な衝動だった。抗おうという考えすら浮かばない。本能に全身が支配されていて、ただひとつ明確だったのは、はるか高みに昇りつめそうな気持ちのよさ。

そしてーーーαと繋がりたい   という   強烈な欲求。その瞬間、自分がどうしようもなくΩであることを全身全霊で理解した。受け入れざるを得なかった。

「お前は何ともないのか?」

不思議な生き物でも見るように、春兄さまが愛兄さまに訊ねる。形式上、私に膝枕をしてくれている愛兄さまは最も私と身体的接触面が多い。にもかかわらず、涼しい顔で私の髪を優しく櫛けずっている。あくまでもポーカーフェイスは崩さずに。

愛兄さまはいつもそうだ。とても優しく触れてくるのに、心はとても遠いところにある。その心が求めているものは、もうこの世界の何処にも存在しないものだから。

「お嬢様!ご無事ですか!」

いつになく大きな足音をたてて慌てて駆け込んできた門倉の焦り顔が、室内を見渡して緩む。執事にあるまじき無作法、お許し下さいませ。そう一礼して改めて近づいてくると、ソファで横たわる私の傍らに跪いた。

「お嬢様、お加減は如何ですか。お辛いところはございませんか」

恭しく手首をとって脈を図るその指の冷たさに、意識が引き摺られて覚醒していく。
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