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逆行する歯車
01
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物心というものが、何時つくものなのか。一般的には幼稚園の前後だと思われるのだが、彼の場合は1歳頃だったという。
漸く歩き始めて言葉を発し始めるその頃に、彼は平仮名と片仮名をマスターしていたらしい。歩くより早く、絵本を読み始める姿に驚きや喜びよりも恐怖が勝った、と後に兄たちは語る。
恐怖とは違うかもしれない、それは得体の知れない存在に対する畏怖ではなかったか。
荒れ狂う嵐や、荘厳な夕焼けや、そういう己の力では制御も理解も出来ない、大いなる存在に対する畏怖。
それを血を分けた幼い弟に確かに感じたのだ、と兄たちは言った。天才や神童という生易しい概念ではない、人種の違いでもない。もはや存在として別種だと無意識のうちに悟ったのだという。
野に咲く花や、涼やかに流れる川や、夜空に燦然と輝く月。そういう美しい存在は、同じ世界に住むものとして、種類は違えど好ましく其処にあるだけで愛おしい。たとえ理解できなくても解り合えなくても、ただ在るだけで心を震わす。
それが、
北白川 真愛
という人間だった。
幼いながらも聡い兄たちは末弟の異質さを排除するのではなく、受け入れ、育み、慈しむことを選んだ。そう選択出来るほどに兄たちを育てた義両親たちには尊敬しかない。素晴らしき哉、北白川の血。
生まれ落ちた時点で兄たちよりも抜きん出てしまったこの末弟は、幼児期のほんの数年間で、『子供であること』を自ら諦めたようだった。頭脳明晰、容姿端麗という美辞麗句では飾れない、異次元の異質さを他人はどう捉えるのか。己が周囲からどう見られているか、だけではない。
何を求められているか、
ーーー何を求められていないのか。
何もかもが瞬時に明白になってしまう世界とは、一体どんなものなのだろうか。彼を見ているとそう思わずにはいられない。誰のどんな思惑でも、瞬時に見抜いてしまう。表情の裏に隠されているはずの心情が、手に取るように判ってしまう。どんな作為も演技も通用しない。
彼にとっては、他人などまさに『とるに足らない』存在なのだ。
どうだ凄いだろう、と上手く相手を騙した気になっているマジシャンのように、酷く馬鹿馬鹿しく滑稽に映っているに違いない。
ーーー無駄だ。彼は全てのネタを知っている。
あるいは何でも知ってる何でも出来ると主張して、背伸びしようと虚勢を張っている幼な子か。にこやかに頷いて認めてあげる以外、何が出来るだろう。張り合うことも否定することも徒労にしかならない。彼にとって我々は路傍の石であり、世界は退屈に満ち満ちていたのだ。
そう、彼女に出逢うまでは。
本来ならもうすぐ小学生という頃。義務教育に意義を見いだせない彼を家族は然もありなんと受け入れ、海外留学での飛び級が真剣に検討されていたその頃。家族と執事の門倉以外は腫れ物に触るように、或いは禁忌を遠巻きに見詰めるように、時には存在しないもののように扱った。
そして哀しいかな、彼もそれを当然のこととして受け入れていた。憎むことも恨むこともなく、それなりの距離感で適度に世界と協調していたのだった。下を見れば切りがないが上には上がいる、という事実は彼にとって救いだったに違いない。確かにこの広い世界には、彼よりも明晰な灰色の頭脳を持った先達が多数存在しているのだから。
漸く歩き始めて言葉を発し始めるその頃に、彼は平仮名と片仮名をマスターしていたらしい。歩くより早く、絵本を読み始める姿に驚きや喜びよりも恐怖が勝った、と後に兄たちは語る。
恐怖とは違うかもしれない、それは得体の知れない存在に対する畏怖ではなかったか。
荒れ狂う嵐や、荘厳な夕焼けや、そういう己の力では制御も理解も出来ない、大いなる存在に対する畏怖。
それを血を分けた幼い弟に確かに感じたのだ、と兄たちは言った。天才や神童という生易しい概念ではない、人種の違いでもない。もはや存在として別種だと無意識のうちに悟ったのだという。
野に咲く花や、涼やかに流れる川や、夜空に燦然と輝く月。そういう美しい存在は、同じ世界に住むものとして、種類は違えど好ましく其処にあるだけで愛おしい。たとえ理解できなくても解り合えなくても、ただ在るだけで心を震わす。
それが、
北白川 真愛
という人間だった。
幼いながらも聡い兄たちは末弟の異質さを排除するのではなく、受け入れ、育み、慈しむことを選んだ。そう選択出来るほどに兄たちを育てた義両親たちには尊敬しかない。素晴らしき哉、北白川の血。
生まれ落ちた時点で兄たちよりも抜きん出てしまったこの末弟は、幼児期のほんの数年間で、『子供であること』を自ら諦めたようだった。頭脳明晰、容姿端麗という美辞麗句では飾れない、異次元の異質さを他人はどう捉えるのか。己が周囲からどう見られているか、だけではない。
何を求められているか、
ーーー何を求められていないのか。
何もかもが瞬時に明白になってしまう世界とは、一体どんなものなのだろうか。彼を見ているとそう思わずにはいられない。誰のどんな思惑でも、瞬時に見抜いてしまう。表情の裏に隠されているはずの心情が、手に取るように判ってしまう。どんな作為も演技も通用しない。
彼にとっては、他人などまさに『とるに足らない』存在なのだ。
どうだ凄いだろう、と上手く相手を騙した気になっているマジシャンのように、酷く馬鹿馬鹿しく滑稽に映っているに違いない。
ーーー無駄だ。彼は全てのネタを知っている。
あるいは何でも知ってる何でも出来ると主張して、背伸びしようと虚勢を張っている幼な子か。にこやかに頷いて認めてあげる以外、何が出来るだろう。張り合うことも否定することも徒労にしかならない。彼にとって我々は路傍の石であり、世界は退屈に満ち満ちていたのだ。
そう、彼女に出逢うまでは。
本来ならもうすぐ小学生という頃。義務教育に意義を見いだせない彼を家族は然もありなんと受け入れ、海外留学での飛び級が真剣に検討されていたその頃。家族と執事の門倉以外は腫れ物に触るように、或いは禁忌を遠巻きに見詰めるように、時には存在しないもののように扱った。
そして哀しいかな、彼もそれを当然のこととして受け入れていた。憎むことも恨むこともなく、それなりの距離感で適度に世界と協調していたのだった。下を見れば切りがないが上には上がいる、という事実は彼にとって救いだったに違いない。確かにこの広い世界には、彼よりも明晰な灰色の頭脳を持った先達が多数存在しているのだから。
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