影牢 -かげろう-

帯刀通

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焦燥の狂宴

03

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バンケットホールには大勢の紳士淑女がひしめいていて、パーティーなど見慣れていた筈の私でも気圧されるほどの人、人、人。

優雅に洗練された立ち居振る舞いをしてはいても、やはり誰もが気もそぞろになっているのが見て取れる。

北白川のお披露目。
それは、社交界や経済界だけでなく政財界にまで波及する影響だらけなのだろう。私の一挙手一投足が、ほんの一押しでしかないとしても、これからのこの国の未来を決める選択肢のひとつとなりえるのだ。緊張するな、という方がどうかしている。

思わず、傍らの雪兄さまの腕をきゅっと掴んだ。ホールへと降りていく螺旋階段の手前、踊り場へと続くカーテンの裏側で、私と雪兄さまは現在待機中だ。合図と共に照明が落とされ、開かれた踊り場へと兄さまのエスコートで進んでいく段取りになっている。

場慣れしているのか、雪兄さまの顔に緊張は見られない。いつもは下ろしている長めの髪を、今夜はオールバックにして後ろに撫で付けている。それだけで色艶が五割は増そうというもの。若く美しい貴公子、それが今自分の隣にいる兄だという事実が誇らしい。いつも通り穏やかで柔らかな笑みを浮かべて、雪兄さまは軽く私の手のひらを包んだ。

「大丈夫だよ、美澄。僕がついている」

瞳を覗き込むように顔を近づけて、そっと頬に口付けをくれる。

「何よりも今夜の君は、咲き誇るマグノリアの花のように気高く美しい。この世界で最も美しい、僕の自慢の妹だよ」

歯の浮くような科白さえ雪兄さまの口唇から紡がれれば、甘い砂糖菓子のように耳をとろかす。

「僕が、僕だけが、誰よりも君を美しく魅せてあげられる。安心していい、今夜の君は世界で一番幸福しあわせなお姫様になれるよ」

雪兄さまの言葉はまるで呪文だ。私の心に魔法をかけてしまう。

そう、私は今夜、誰よりも幸せなお姫様。だから、きっと何もかもが上手くいく。大丈夫。
さあ、幕が上がる!

「今夜、皆様へのお披露目となります。北白川美澄嬢です!」

雪兄さまにそっと背中を押されて、目映い世界へと一歩を踏み出す。割れんばかりの拍手と、溜息まじりの歓声。
そう、今日の主役は私なのだ。

どの角度から見ても一分の隙もない微笑みと仕草で、観客を魅了する。とりこにして魔法にかける。誰ひとり疑いの欠片すら持たせないように。

私は演じ切ってみせる。
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