影牢 -かげろう-

帯刀通

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解放と君臨

06

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ある時を境に、美澄は愛を追わなくなった。
それまでも雪には特に懐いていたが、愛から離れて雪に乗り換えたのかと誰もが思ったほどに、その変化は急速過ぎて面食らったものだ。

二人の間に何があったのか詳細は分らないまでも、愛の軟化しない態度にいい加減、美澄が業を煮やしたのだろうと納得するのは容易かった。それほどに愛は頑なに美澄を拒絶していたからだ。

幼い二人の恋模様に、俺は然程関心を持たなかった。惚れた腫れた等と犬も喰わない。そもそも本家の面倒に巻き込まれるのは御免だ。本家の力は便乗して利用する位がちょうどいい。積極的に係わる必要など微塵もない。

知る者が少ないとはいえ、美澄は否「彼」は本来のあるべき姿を奪われ、この家に飼い殺されている。彼が幼い身の上で一人になってしまったことを思えば、保護した北白川家の判断は正しく慈悲深い。

だが、彼が「彼女」として偽りの姿を与えられ、生きていることは可哀想だとは思った。俺の眼には、翼をもがれた小鳥に見えた。美しい声で啼く迦陵頻伽かりょうびんが

しかし、彼がそれに疑問を感じて逃げ出そうとしない。籠の中の鳥であり続けることを望んでいるようだったから、敢えて手を差し伸べることもしなかった。俺には、彼の声は届いてこなかった。

求めよ、さらば…救われん、だ。彼の瞳が俺を捉えたならば、考えでもないが。

まあ何にしろ、幼気いたいけな子供が助けを求めているのであれば、助けてやるのが大人の役目というものだろう。それが天使のように美しい少年であれば尚のこと。

彼の周囲には、手を貸せるだけの財力と権力と才覚を持つ大人が片手に余るほどいるのだ。彼だとて、北白川家の一員。己の持てるもの全て駆使して、手に入れるべきものを手にする。それ位のことが出来なくて、この魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする社交界と財界の頂点に君臨する北白川家で、生き残れる筈もない。

ましてや、彼が『Ω』だというなら。

***********

出席を余儀なくされて向かったお披露目会。正直、余り興味はなかった。面倒くさいお歴々共に説教方々かたがた酒の付き合いをさせられるのは目に見えていたし、白粉おしろいくさい女の相手は暫く御免蒙ごめんこうむりたいほど、仕事で心身共に疲弊ひへいしていたからだ。

実力に見合った年齢と貫禄のない俺にとって、北白川の家は楯であり牢でもある。その看板を背負うことでようやく対等に扱われている面がある以上、無碍むげには出来ない。だが、しがらみが多過ぎるのだ。端的に云えば、面倒臭い。

四方八方 三百六十度、何処を見渡しても、北白川一色。俺の向こうに透かして見える、北白川の威光を誰もが有難ありがたがっている。それに加えて、この美貌だ。

自分で云うのは口幅ったいことだが、財力権力才覚美貌。俺に劣るところがあれば、この性格だけだろう。それが唯一の俺本人の持ち物であり、唯一の欠点であるところが笑わせる。こんな鳥籠で生まれ育って、歪まない心の持ち主がいたならば是非とも逢ってみたいものだが。
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