影牢 -かげろう-

帯刀通

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夢現の喪失

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**********

「…それで、どうしてここにお前がいるのかなぁ?愛」

今まさに仕事から戻ってきたばかりで、ネクタイを緩めながらドアを開けて入ってきた真密の目に飛び込んできたのは、オリエンタルモダンな室内の雰囲気とは全くそぐわない、嫌味なまでに上質なフォーマルウェアを絶妙に着崩している真愛の姿だった。

珍しく黒縁の眼鏡をかけているが、おそらく度は入っていない。タキシードにも似た、光の角度によって艶やかに光沢を輝かせる漆黒のダブルの六つボタンジャケットは、夏だというのにぴっしりと隙なくボタンが止められていて、その下には何も着ていないように見える。スリムな足首を露にする丈の短いパンツは彼の細身のシルエットを際立たせている。そして足元は麻のエスパドリーユ。

美貌の麗人とも見紛う、華奢で中性的な美しさは妖しく危うい。同じ男でも一瞬、胸の何処かが突かれるような衝撃を覚えるほどに。

一流ホテルの最上階ペントハウス。外は宵の口でも暑さが渦になって停滞しているが、分厚いガラスで隔てられた室内は、ひんやりと肌寒い別世界だ。きらびやかな下界を見下ろすように窓ガラスに手を添えて、憂い顔でぼんやりと立ち尽くす姿はまるで一幅の絵のように美しい。切り取って胸の奥の箱に納めておきたいくらい、儚げで淡い。

以前よりも痩せて、顔色が優れない。だがその憂いが余計に色気に拍車をかけて、見ている者を落ち着かなくさせる。ちょっとでも気を抜いたら、ふらふらと吸い寄せられてしまいそうに、

ーーーそそられる。

まるで食虫花。毒々しいまでに甘い匂いで誘い出し、取り込み、喰らい尽くす。


…それは、そう、まるで
 Ωの如く。

いや、愛は間違いなくαだ。それは自分で確認している。誰よりも目の前であの二人の交わりを見た自分だからこそ、確信出来る。愛は美澄に噛み付いて、その首筋には確かに今も噛み痕が残っているのだから、どう考えてもΩである筈がない。

ーーー馬鹿馬鹿しい。

愛をΩだと思うなんて、どうかしている。だが、まるで発情期のように妖しく魅惑的に男を誘うその色香に一瞬、美澄が重なった。

今頃、美澄は何処かで誰かに抱かれていることだろう。今夜のお相手は彼か彼かそれとも別の彼だったか。美澄の相手を詮索する気などとうの昔になくなっている自分にしてみれば、美澄は近くて遠い存在になってしまっている。

この腕の中に閉じ込めている間は確かに温もりが感じられるのに、一度その手を離してしまえば飛び立っていってもう二度と触れることさえ出来なくなるような錯覚に襲われる。恐怖に、毎日、襲われている。

それでも閉じ込めて、誰にも触れさせないまま飼い慣らす気になれないのは、あの憐れな子供が今までずっと暗闇の中に閉じ込められ続けていたからだろう。

ようやく外の世界に触れて、生きる、ということを始めた。何かもが初めてで、小さなその身を受け皿にして貪欲にありとあらゆる「世界」を吸収することを楽しんでいるあの子を、どうして止められるだろう。
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