異世界で妖精に生まれ変わった薄幸JC、勇者にフラれて魔王の嫁になる。

犬塚ハジメ

文字の大きさ
32 / 38

第29話 恋と愛

しおりを挟む
    *

 ヒイロが戻ってきたのは、それから一週間後の夜。
 アオから知らせを受けたベルは、毛布代わりにかけていた葉っぱを放り出してヒイロの部屋に向かう。言葉を考える時間の猶予はたくさんあった。何回も頭の中で謝罪の予行練習をしてきた。それでも廊下を羽ばたいて進んでいると、否応なしに心臓が早鐘を打つ。それまでは冷静に考えていたことが吹き飛んでしまいそうだ。
 途中でアカとアオに会って話を聞くと、移住計画の報告が終わったところとのことだった。今ならヒイロは一人。二人で話ができる。
 ベルは出入口から部屋の中を覗く。ちょうどヒイロと目が合ってしまい、驚いて顔を引っ込める。再びおずおずと顔を出し、バツの悪さに小さな声で話しかける。
「お帰りなさい……」
 間が悪かった。机で書き物をしているヒイロがふと顔を上げた瞬間だった。覚悟をしてきたはずが、きょかれたベルは最初に何を話すか分からなくなってしまった。
「……大丈夫だった?」
 頭をフル回転させて出てきた言葉の中身のなさに自分で落胆した。
「つつがなく」
 ヒイロはペンを置き、姿勢を正す。いつもと変わらない態度だ。ベルは少し安心をする。
——ちゃんと話さないとダメ……!
 自分を鼓舞こぶし、喉を鳴らしてから今度ははっきりと喋った。
「話があるんだけど、時間ある?」
 ヒイロは机の書類を揃え、ペンと合わせて端に置いた。
「訪問の記録をつけていただけだ。今聞こう」
「じゃあ……この前のことなんだけど、わたしの態度よくなかったなって。他にも謝りたくて——」
 ぽつりぽつりと話し始めるベル。
 ヒイロはそこで手のひらを見せて「待った」の仕草をする。
「おいで」
 静かな部屋に溶ける優しい声。差し出される手。ベルは花の蜜に誘われる蝶のように近づいていった。
 ヒイロの部屋は居住するに不都合のない程度の家具が置かれた簡素な部屋だ。多くが木製でできている。ここに住み始めてそれほど時間は経っていないというのに、書類棚には羊皮紙が積まれている。一般的な魔族の特徴からすると、随分と几帳面に思える。
 ベルは初めてヒイロの部屋に入った。話すときは出入口の外からだった。妙に緊張する。男性の生活臭が落ち着かない。
 ヒイロは机にクッションを置き、ベル用のクッションを作る。ベルを手のひらに乗せ、そこにそっと乗せる。
「そんなに気落ちする必要はないぞ」
「ううん! わたし、こっちの常識を知らなくて、失礼なことをしちゃった。他にも気がつかないだけでしてたかも……。ごめんなさい」
 ヒイロは考える素振りを見せて、細い息を吐く。
「こちらこそ、すまなかった。お前を悩ませてしまった。私はお前の真心が嬉しかった。あえて水を差す必要はないと、黙っていたことがあだになったな」
 冷淡にも見えてしまう端正たんせいな顔が、眉尻が下がって申し訳なさそうにしている。
「謝らないでっ!」
 ヒイロは誠心誠意謝罪している。それに比べ、刺繍をしているときに、ベルは少し浮かれていた。心からの謝罪を前に、自分の心が酷くよこしまに思えて情けなくなる。
「ヒイロは悪くないもの……。夫婦なんて勘違いされたら、普通は気分が悪いよね。ごめん」
 ベルが俯くと長い耳も下がる。無知な自分を恥じて涙が出そうになる。
「ベル」
 ヒイロは両手をベルを囲むように置いた。
「気分が悪いなどということはない。むしろ光栄に思った。お前のような直向ひたむきで優しい者に栄誉を与えられて」
 その眼差しは真っ直ぐで熱がこもっている。ベルだけを見つめていた。
「わたしはそんなんじゃ……」
 ベルは頬を赤らめて慣れない視線に戸惑う。刺繍を贈ったときと同じ、言い表せない感情が胸の内にある。それを受け入れていいものか迷った。
 ベルの身体は小鳥のように小さい。身長は少し伸びたが、体型は凹凸がないままだ。子どもの身体とも違う。一切の性を感じさせないような作りになっている。自然の化身のような存在だからだろうか。以前の想い人には、女性として見られていなかったはずだ。あのときは悲しいばかりだったが、今思えばそれも仕方がない気がする。
 だから、今渦巻いている感情を認められない。自分とは関係ないものと思ってしまう。前回みたいに傷つきたくはない。ベルが自分の気持ちに蓋をしようとしたとき——。
 ヒイロがベルを両手ですくい、顔の高さまで持ち上げた。
「——ベル。どうか怒らないで聞いて欲しい。お前が感情を吐露とろするとき、様々な表情を見せるとき、どうしても私には愛しく思えてしまう。離れがたいと願ってしまう」
 目に火花が散るとは、このことだった。今まで抑えていた感情が吹き上がり、涙となってぽろぽろ零れ出した。止めようと思っても、止められない。
「ふ…………っ……」
 口から出た一声。それがきっかけで子どものように声を上げて泣き始めた。涙を抑えようと両手で顔を覆う。それでも感情は止まらない。
「ベル、すまない。泣かせるつもりでは……」
 ヒイロの声が動揺している。
「ち、ちがうの……」
 勝手に出てくる涙の合間に、ベルはつっかえながら言葉を紡いだ。これだけは誤解されたくない。
「わたしっ、う、嬉しいの……。こ、こんなわたしに、愛しいだ、なんて……っ」
 涙で濡れた顔を見せ、震える口の端を何とか持ち上げて笑みの形を作る。不恰好かもしれないが、今できる精一杯の笑顔だ。
「ベル……」
 ヒイロもベルを包み込むような温かい笑みを浮かべて顔を近づける。
「共に生きよう。私の妖精よ」
「うん……!」
 ベルは少し顔を上げて目を瞑った。唇に柔らかいものが触れる。そこから身体中がじんわりと温かくなる。怖がっていた感情を受け入れた途端、幸福感に満ち溢れた。
——女神様、これが愛ってことなの……?

*****

 棚に山となって積まれている書類を見たベルが感嘆の溜息をつく。
「こんなに沢山の書類を作って、働き者なんだね」
 座っている場所はヒイロの肩だ。
「というわけではない。人間から魔王と言われていたときからだ。様々なところから書状は来るし、全体を把握しなければならなかった。私一人の問題ではないから、間違いがあってはならないと思ってな。紙に記すことで思考の整理もできる。習慣化したようなものだな」
 書類棚を真っ直ぐに見つめる横顔に、ベルは強い責任感を見出した。やはり王の素養がある。
「わたし、言葉は生まれつき話せたけど、文字は教えてもらってないから分からないの。今度、教えてくれる?」
 頬に手を当てて茶目っ気のある顔で笑うベルに、
「我らの言葉は学ぶのに百年以上かかるが、たっぷり時間はある。計画が成功したら始めよう」
 と言って、ヒイロは小さな額に唇で触れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...