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1:負け続ける女、捜す男
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裁判長が小槌を叩いた。
「主文。被告人を懲役12年に処す」
裁判長が主文を述べて、続いて判決理由を述べる前に、被告人席に座る若い男性が女弁護士を向かって飛びかかろうとした。だが、席から立ち上がるまでもなく刑務官に取り押さえられた。
「テメェ、12年て、どういう事だよ!そんなに長く刑務所の中に入っていられるかよ!」
弁護士に対する暴言に「被告人は静粛に」と注意を受けるも、若い男性は納得が行かずに再び立ち上がろうとするも、やはり刑務官によって取り押さえられてしまった。
「同じ強姦罪なのに、アツシのヤツは4年で、何で俺は12年なんだよ!」
“静粛に!”と再度忠告を受けても、若い男性はなおも噛み付く。
「強姦罪なんて無い!“強制性行等罪”って言うの。今はね。ほれ、裁判長が判決理由を述べて下さるから、しっかりと聞きなさい!」
女弁護士は腕を組んだまま立ち上がることなく若い男性に大人しく判決理由を聞くよう命令した。
「アイツも同じことやって、どうして!『聞けよ!裁判長が理由を教えてくれるから!』」
女弁護士、追風・静夜は被告人の声にさらなる大きな声を被せて言い放った。
そして呆れたわと、銀色に輝く髪をかき上げて首を振った。
強制性行等罪には、特に集団で犯行に及んだ場合によくある“量刑の差”を素直に受け入れる被告人はほぼゼロと言える。
そもそも彼らは反社会的行為に及んでいる分際でありながら、自らの犯行を“大目に見てもらえる”もしくは“許してもらえる”ものと思っている。その甘えた感情は、どういう生活を営んできたら生まれるのだろうか?
検察官上がりの静夜には、そんな彼らの考えが全く理解できない。
「やっぱり、お前、女だからオレに重い罪を着せようとしたんだろ!」
裁判長が判決理由に“自己中心的”とか“反省が見られない”と述べている先から、こんな馬鹿丸出しの罵声を浴びせてくる。
静夜の真紅の瞳が若い男性から逸らされた。
アホらしくて付き合っていられない。
法廷が閉廷された。
京都御苑の南に位置する京都地方裁判所から出て南方へと歩いて向かう。
すれ違う人が皆、静夜の出で立ちに目を奪われた。
長い白金のような銀色の髪に、口紅と同じ真紅の瞳。
それとは対照的に黒のパンツスーツ姿に、少したるみをつけた大柄模様のネクタイをして。
彼女のアルビノ体質を知らない人々は奇異の目で見ることはなく、その颯爽としたなりに目を奪われていた。
2筋下がり(京都では南に向かうことを“下がる”と言う)夷川通りを西へと曲がったところにある喫茶店に入った。
すると、さっきの法廷で争っていた同年の検察官、嶋がすでにカウンター席に陣取っていた。
すぐさま静夜を発見すると。
「追風先生じゃないですか。あなたもここでランチですか?」
法廷の内容には守秘義務が課せられているので外で漏らすことはしていないが、彼は勝ち星を上げて上機嫌であった。喫茶店のマスターが静夜に気を遣って苦笑いを返す。
「今日は勝ちを譲って頂き、有難うございました」に始まり。
「それにしても、国選弁護を引き受けるにしても、もう少し相手を選んでもよろしいのではないですか?あんな連中の弁護など、引き受けるだけで追風先生の評判が落ちますよ。あ、これは失敬。勝ち星無しの追風先生の評判はこれ以上下がることはありませんでしたよね」
嘲笑の声など右から左へ。静夜は済ました顔で嶋の隣の席に着いた。
「守秘義務をお忘れなく」
静夜の忠告に、嶋のニヤけた顔が急に強張り、慌てて冷水を飲み干す。
「噂は聞いていますよ。民事裁判だと負け無しの追風・静夜は何故、勝てもしない刑事裁判の弁護を引き受けるのか?と」
嶋が訊ねた。
「単に物好き」
頬杖をついて嶋の顔を見やりながら問いに答えると、ププッと吹き出し。
「冗談よ。地検上がりの弁護士が、民事一本で納まっていられると思う?そういうコト」
言い直すと、マスターにブレンドコーヒーを注文した。
「食事はしないのか?」
嶋が再び訪ねてきた。
「今日は運動が足りていないんでね。もうちょっと後で。動かないのに食べていると」
告げつつ嶋の出っ張ったお腹に目を移して。
再び目を上げると嶋に微笑んで見せた。
今日の裁判は負けても悔しさなるものは何一つ湧いてこない。
ただ、過去に国選弁護人として引き受けた事件の中には、冤罪なのでは?と疑えるようなものもあった。しかし、冤罪に持ち込めるだけの証拠は見つけられず、被告人に懲役刑を科す結果となってしまった。幸いと言えば語弊があるが、刑期は比較的軽く済んだが。
ふと思う。
こんな時にマッキーが居てくれたら・・・と。
その男は“証人探しの昌”というあだ名が付くほどの、まるで超能力かと疑わんばかりに証人を見つけ出す事に関してはエキスパートと呼べる人物であった。
しかし、彼は3年も前に京都府警を自ら退職してしまっている。
京都府警捜査一課の捜査官であった彼、田中・昌樹は殺人事件をはじめ凶悪事件の捜査に当たる一課に在籍しておきながら、「殺人事件みたいな殺伐とした空気は俺の性に合わない」と言って署を去ってしまったのである。
実に勝手な男だと思う。
「ふふっ」
つい思い出し笑いをしてしまった。
◇ ◇ ◇
近年、ハシブトガラスが急激にその数を減らしているにも関わらずに、ゴミを漁り撒き散らすハシボソカラスの数は一向に減る兆しを見せない。
同じカラスなのに、何がどう違うのか?
ハシボソカラスは、元々植物を食べる種であるが、雑食でもあり、場合によっては動物の死肉も漁る。何が彼らを新たなゴミ漁りに台当させたのだろうか?
最近、野良猫の数がめっきり減っているのも一因しているのか?
おかげで、とても仕事がし易い。
頭の2倍はあるアフロヘアーに白のジャケット、白のパンツととても目立つ風貌の男性が迷い猫の張り紙を電柱に張り付けていた。
こういうのは子供の視点が大事。
大人よりも子供の方が効率よく迷い猫や迷い犬を見つけ出してくれる。何よりも、最近は小学校高学年にもなると“歩きスマホ”しだす子が多く、ロクに前を向いて歩いている人は減少する傾向にある。
なので、大人の目線よりも若干低めに張り紙を貼る。
「これで良しっと。まぁ、こんなのは結局、“探しています”アピールなんだけどね」
腰に手を当てて体を反らせて腰を伸ばす。
結果は全て自身で出している田中・昌樹だが、こういった地道な作業を怠らない。
張り紙には。
“探します。見つけ出します。痴呆老人、迷い猫、迷い犬等々”と書かれている。
以前、依頼主から人間と動物を一緒にするなと強いお叱りを受けた事もあるが、未だに同じ触れ込みで仕事をしている。
スマホの着信音が鳴った。
電話に出る。
素行調査の依頼であったが、丁重に断った。最も必要経費が掛かる(だけど、しっかりと請求は致します)仕事であるが、彼の専門はあくまでも“捜す”事。素行調査を行うノウハウは無い事も無いが、今のところ生活には困ってはいないので、ここは専門のチームを抱える同業者の方々にお任せしよう。
別に仕事をする気が無い訳ではない。
「おや?メールでの依頼も来てるな」
早速メールを開いた。
依頼を御願いしたい。下記の電話番号に連絡されたし。
30分後までに連絡無き場合、依頼を拒否したものと判断する。
「拒否とはまた大袈裟な。せめて“ご多忙のものと判断する”にして欲しいな。こっちはお客様あっての探偵さんなんだし」
ボヤきつつ記された電話番号へ電話する。相手は携帯電話だ。
「ハイハイ。エグリゴリです」
片言の日本語の男性が出た。「はい?」何ゴリゴリなのか?聞こえなかったフリをして訊き直した。
「エグリゴリです。マサキ・タナカさん、探偵サンですよね?」
「はい。田中・昌樹探偵事務所の田中です。ご用件をお伺い致します」
もちろん出前の注文を伺っている訳では無い。直接会う前に、電話で用件を訊いておかないと、さっきみたいに得意分野ではない依頼の場合もある。あらかじめ話を訊いておくのはお互いにとっても大きく手間が省ける。
「ある人物を捜して頂きたいのデスが―」
キター!!人探しなら問題ない。
「ご依頼承りました。では、お会いする場所でご指定があれば、そちらに伺わせて頂きますが」
他人に人探しを依頼するお客様は、家庭の内情をご近所様に知られたくない為に、ほとんどの場合自宅は避けるものだ。
だから、指定された場所へ向かうケースが多々ある。
電話の相手は京都駅の向かいにある京都タワーの展望台で合流したいと申し出た。あんなにも人で賑わう所を待ち合わせ場所に選ぶのも珍しい。
これは身内を捜す依頼ではないな。マサキは直感的にそう思った。
「主文。被告人を懲役12年に処す」
裁判長が主文を述べて、続いて判決理由を述べる前に、被告人席に座る若い男性が女弁護士を向かって飛びかかろうとした。だが、席から立ち上がるまでもなく刑務官に取り押さえられた。
「テメェ、12年て、どういう事だよ!そんなに長く刑務所の中に入っていられるかよ!」
弁護士に対する暴言に「被告人は静粛に」と注意を受けるも、若い男性は納得が行かずに再び立ち上がろうとするも、やはり刑務官によって取り押さえられてしまった。
「同じ強姦罪なのに、アツシのヤツは4年で、何で俺は12年なんだよ!」
“静粛に!”と再度忠告を受けても、若い男性はなおも噛み付く。
「強姦罪なんて無い!“強制性行等罪”って言うの。今はね。ほれ、裁判長が判決理由を述べて下さるから、しっかりと聞きなさい!」
女弁護士は腕を組んだまま立ち上がることなく若い男性に大人しく判決理由を聞くよう命令した。
「アイツも同じことやって、どうして!『聞けよ!裁判長が理由を教えてくれるから!』」
女弁護士、追風・静夜は被告人の声にさらなる大きな声を被せて言い放った。
そして呆れたわと、銀色に輝く髪をかき上げて首を振った。
強制性行等罪には、特に集団で犯行に及んだ場合によくある“量刑の差”を素直に受け入れる被告人はほぼゼロと言える。
そもそも彼らは反社会的行為に及んでいる分際でありながら、自らの犯行を“大目に見てもらえる”もしくは“許してもらえる”ものと思っている。その甘えた感情は、どういう生活を営んできたら生まれるのだろうか?
検察官上がりの静夜には、そんな彼らの考えが全く理解できない。
「やっぱり、お前、女だからオレに重い罪を着せようとしたんだろ!」
裁判長が判決理由に“自己中心的”とか“反省が見られない”と述べている先から、こんな馬鹿丸出しの罵声を浴びせてくる。
静夜の真紅の瞳が若い男性から逸らされた。
アホらしくて付き合っていられない。
法廷が閉廷された。
京都御苑の南に位置する京都地方裁判所から出て南方へと歩いて向かう。
すれ違う人が皆、静夜の出で立ちに目を奪われた。
長い白金のような銀色の髪に、口紅と同じ真紅の瞳。
それとは対照的に黒のパンツスーツ姿に、少したるみをつけた大柄模様のネクタイをして。
彼女のアルビノ体質を知らない人々は奇異の目で見ることはなく、その颯爽としたなりに目を奪われていた。
2筋下がり(京都では南に向かうことを“下がる”と言う)夷川通りを西へと曲がったところにある喫茶店に入った。
すると、さっきの法廷で争っていた同年の検察官、嶋がすでにカウンター席に陣取っていた。
すぐさま静夜を発見すると。
「追風先生じゃないですか。あなたもここでランチですか?」
法廷の内容には守秘義務が課せられているので外で漏らすことはしていないが、彼は勝ち星を上げて上機嫌であった。喫茶店のマスターが静夜に気を遣って苦笑いを返す。
「今日は勝ちを譲って頂き、有難うございました」に始まり。
「それにしても、国選弁護を引き受けるにしても、もう少し相手を選んでもよろしいのではないですか?あんな連中の弁護など、引き受けるだけで追風先生の評判が落ちますよ。あ、これは失敬。勝ち星無しの追風先生の評判はこれ以上下がることはありませんでしたよね」
嘲笑の声など右から左へ。静夜は済ました顔で嶋の隣の席に着いた。
「守秘義務をお忘れなく」
静夜の忠告に、嶋のニヤけた顔が急に強張り、慌てて冷水を飲み干す。
「噂は聞いていますよ。民事裁判だと負け無しの追風・静夜は何故、勝てもしない刑事裁判の弁護を引き受けるのか?と」
嶋が訊ねた。
「単に物好き」
頬杖をついて嶋の顔を見やりながら問いに答えると、ププッと吹き出し。
「冗談よ。地検上がりの弁護士が、民事一本で納まっていられると思う?そういうコト」
言い直すと、マスターにブレンドコーヒーを注文した。
「食事はしないのか?」
嶋が再び訪ねてきた。
「今日は運動が足りていないんでね。もうちょっと後で。動かないのに食べていると」
告げつつ嶋の出っ張ったお腹に目を移して。
再び目を上げると嶋に微笑んで見せた。
今日の裁判は負けても悔しさなるものは何一つ湧いてこない。
ただ、過去に国選弁護人として引き受けた事件の中には、冤罪なのでは?と疑えるようなものもあった。しかし、冤罪に持ち込めるだけの証拠は見つけられず、被告人に懲役刑を科す結果となってしまった。幸いと言えば語弊があるが、刑期は比較的軽く済んだが。
ふと思う。
こんな時にマッキーが居てくれたら・・・と。
その男は“証人探しの昌”というあだ名が付くほどの、まるで超能力かと疑わんばかりに証人を見つけ出す事に関してはエキスパートと呼べる人物であった。
しかし、彼は3年も前に京都府警を自ら退職してしまっている。
京都府警捜査一課の捜査官であった彼、田中・昌樹は殺人事件をはじめ凶悪事件の捜査に当たる一課に在籍しておきながら、「殺人事件みたいな殺伐とした空気は俺の性に合わない」と言って署を去ってしまったのである。
実に勝手な男だと思う。
「ふふっ」
つい思い出し笑いをしてしまった。
◇ ◇ ◇
近年、ハシブトガラスが急激にその数を減らしているにも関わらずに、ゴミを漁り撒き散らすハシボソカラスの数は一向に減る兆しを見せない。
同じカラスなのに、何がどう違うのか?
ハシボソカラスは、元々植物を食べる種であるが、雑食でもあり、場合によっては動物の死肉も漁る。何が彼らを新たなゴミ漁りに台当させたのだろうか?
最近、野良猫の数がめっきり減っているのも一因しているのか?
おかげで、とても仕事がし易い。
頭の2倍はあるアフロヘアーに白のジャケット、白のパンツととても目立つ風貌の男性が迷い猫の張り紙を電柱に張り付けていた。
こういうのは子供の視点が大事。
大人よりも子供の方が効率よく迷い猫や迷い犬を見つけ出してくれる。何よりも、最近は小学校高学年にもなると“歩きスマホ”しだす子が多く、ロクに前を向いて歩いている人は減少する傾向にある。
なので、大人の目線よりも若干低めに張り紙を貼る。
「これで良しっと。まぁ、こんなのは結局、“探しています”アピールなんだけどね」
腰に手を当てて体を反らせて腰を伸ばす。
結果は全て自身で出している田中・昌樹だが、こういった地道な作業を怠らない。
張り紙には。
“探します。見つけ出します。痴呆老人、迷い猫、迷い犬等々”と書かれている。
以前、依頼主から人間と動物を一緒にするなと強いお叱りを受けた事もあるが、未だに同じ触れ込みで仕事をしている。
スマホの着信音が鳴った。
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「拒否とはまた大袈裟な。せめて“ご多忙のものと判断する”にして欲しいな。こっちはお客様あっての探偵さんなんだし」
ボヤきつつ記された電話番号へ電話する。相手は携帯電話だ。
「ハイハイ。エグリゴリです」
片言の日本語の男性が出た。「はい?」何ゴリゴリなのか?聞こえなかったフリをして訊き直した。
「エグリゴリです。マサキ・タナカさん、探偵サンですよね?」
「はい。田中・昌樹探偵事務所の田中です。ご用件をお伺い致します」
もちろん出前の注文を伺っている訳では無い。直接会う前に、電話で用件を訊いておかないと、さっきみたいに得意分野ではない依頼の場合もある。あらかじめ話を訊いておくのはお互いにとっても大きく手間が省ける。
「ある人物を捜して頂きたいのデスが―」
キター!!人探しなら問題ない。
「ご依頼承りました。では、お会いする場所でご指定があれば、そちらに伺わせて頂きますが」
他人に人探しを依頼するお客様は、家庭の内情をご近所様に知られたくない為に、ほとんどの場合自宅は避けるものだ。
だから、指定された場所へ向かうケースが多々ある。
電話の相手は京都駅の向かいにある京都タワーの展望台で合流したいと申し出た。あんなにも人で賑わう所を待ち合わせ場所に選ぶのも珍しい。
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