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第3章 Outside brave
第48話 掴まれた胃袋
しおりを挟むオラクガ達は最初、魔人の代わりに魔物達を指揮している存在がスライムだという事に心底驚いた。
だが次の時点では彼らはそのことに納得してしまった。
その理由はそのスライムから放たれる威圧感。相手の力をなんとなく感じる事が出来る2人だからこそ、そのスライムがどれだけ強いのかを分かる事ができた。
スライムという種族は非常に弱い種族だ。様々な環境や状況に対応し、変異する事が出来るがどこまで言ってもスライムは所詮スライム。属性への耐性や少しの魔法、種類によっては特殊な能力を持つことがあるが、それでも最弱の種族という壁は彼ら自身には越えられない。・・・ハズだった。
しかし目の前のマサムネと呼ばれたスライムだけは違った。明らかにスライムという種族の壁を越えている。
オラクガ達は村を囲んでいるアンデッド・ナイトを見た時に予想した通り、魔人は魔物を強化させる力があるのだとほぼほぼ確信した。
そしてますます魔人と敵対する訳にはいかなくなった事をオラクガは理解した。
「すまない。あまり睨まないでくれないか?」
オラクガはなるべく平然を装ってマサムネに言った。
―――え?・・・いや、別に睨んでいた訳じゃないんだけど
そう言いながらマサムネはオラクガ達から視線を外す。すると先ほど感じて威圧感は一切感じなくなった。
―――まぁいいけど・・・。魔人様から自由にしてもらってくれ、と言われてるから君達が何もしなければオレが何か言うつもりはない。是非ゆっくりしていってくれ!
マサムネは体を震わせて言った。
「ふぅ。ではお言葉に甘えて魔人が戻ってくるまで、ゆっくりさせていただこう」
あの緊張した空気から抜け出せたためオラクガは思わず大きな息を吐き出した。
その後マサムネは何かしら用事があったのかどこかに歩いて行った。
マサムネとの挨拶も終わり、これから魔人が帰って来るまで自由時間になる。この村は2人からすると異質な事だらけである為、色々とゆっくり見たいところだ。しかし魔人がいつ帰って来るかは分からないので出来ればこの村の重要な所を重点的に見たいというのが二人の考えだった。
「リック殿、何か時間を潰せる様な所はありますかな?」
そんな思惑を隠しつつワイシングはリックに尋ねた。
しかしリックはワイシングの性格はよく知っている。アンデッド同士だからという理由もあるかもしれないが、リックはワイシングの思惑に気が付いた。だがリックはそれに関して特に何かをいう様な事はなかった。
何故ならこの村には彼らが思っている様な秘密や、隠し事なんてないからだ。確かにこの村は魔物から見たら異質かもしれないが、別に特別な事をしている訳ではない。食物を作り、住居を作り、それらを効率よく回す仕組みを作ってあるだけなのだ。
「ナラ、食堂ガイイダロウ」
「食堂?」
故にリックはワイシングが興味を持ちそうな場所で、尚且つ時間を潰しやすい場所を提案した。
「コノ時間ダト、"料理長"ノ料理ヲ食ベレルゾ?彼女ノ料理ハ評判ガイイ」
「料理長ですか?」
「アア、彼女ハ"ファイアスライム"ナンダガ、魔人サマノ料理ニ憧レタラシクテナ」
「スライムが料理・・・それに魔人という存在も料理をするとは・・・」
ワイシングが完全に食いついている。
まぁ分からなくはない。と二人の会話を聞いていたオラクガは思った。
オラクガはオーガ族の変異種だ。そのため食事を必要とする種族である。動物を焼き殺し、その血肉を食らう事はよくある事だ。
だが味や見た目にこだわった食事はあまりしたことがなかった。
料理という技術がある事は知っている。だがそれは人間が持つ技術で魔物が料理をするなんて事は聞いた事がない。
グルメという訳ではないが、食事が出来る魔物として料理が出来る魔物というのは確かに気になる。
「それもいいが・・・私はこの村全体をもう少し見て回りたい」
だが、それよりもこの村を回って少しでも情報を集めるべきだ。
2人には敵対する意識はもうない。だが肝心の魔人が一体何を考えているのかはまだ分からないのだ。
最悪の場合を考えて、ここは自分だけでも情報を集めるべきだとオラクガは考えた。
「なら別々に行動するというのはいかがですかな?」
ワイシングはその発言を聞いてすぐにオラクガの考えを理解し、話を合わせることにした。
「それが許されるなら俺は構わん」
話を合わせてくれたワイシングにオラクガは「流石だ」と心の中で賛称した。
「ソウダナ・・・ソレゾレニ、監視ヲツケル事ニナルガ、イイカ?」
逆にそれだけでいいいのか?と思うオラクガだったが、余計な事を言って条件が増えても困る。
特に何かを言うことなく「ああ、それでいい」と短く肯定した。
「ワカッタ。ワイシングハ、コノママ私ガ付コウ。オラクガハ別ノ監視役ヲ呼ブカラ、待ッテイロ」
リックはそう言うと何かの魔法を使った。その魔法を見たワイシングがかなり興奮してその魔法について聞いていたが「食堂ニ着イタラ話ス、ダカラ少シ黙ッテテクレ、雑音ガ入ル」と注意されていた。
「サテ、食堂ダナ、コッチダ」
魔法を使い終わった所で二人のアンデッドは食堂へと歩き出した。
一人残されたオラクガは二人の後ろ姿を見つつ、向かっている方向から食堂の方向を記憶しておく。
こちらの監視役はどんな者だろうか?と思いながら待つ事、1分ほど。
オラクガは近づいてくる気配に気づいた。恐らく自分の監視役の魔物だろうと確信する。
オラクガは振り返り正体を確認する。
そこにいた魔物の正体は――
――よろしく!
先ほどのスライム、マサムネだった。
「・・・なに?」
ま、まさかこのスライムだとは!
というか何故このスライムなんだ!?先ほど何処かに行ったのではないか?
また見られているせいか?またあの威圧を感じる。
と、というか俺はこんな状態でこの村を回る事になるのか!?
――あ、あれ?
「・・・」
だが監視を交代して欲しいとも言えない。
そんな事を言ってしまえば、彼を腹立たせてしまうのは分かりきっている。
この場をどう切り抜けるかを考え、そしてある結論にたどり着いた。
「す、すまないマサムネ殿。私もやはり食堂に向かうとしよう」
――え?あ、うん
オラクガはたまらず、ワイシングの後を追って食堂に向かったのだった。
「ここが食堂か」
オラクガはマサムネから逃げる様に食堂に来てしまった。
驚いた事にそこでは数体のスライムとアンデッドが器用に料理をしている光景が広がっていた。
(特にあのファイアスライムの手際はかなりいい。俺は料理なんて実際に見たこともないが、無駄な動きがないことはわかった。恐らくあのファイアスライムが料理長だろう)
オラクガは料理に関しては初めて見る。だが様々な修羅場を潜っている彼は独自の目線で料理が作られている所を見ていた。
その隣ではリックが色々と解説をし、さらにその隣ではワイシングが騒いでいる。
「何を作っているんだ?」
とりあえず席に座りながら料理が作られていく所を見ていたが、流石に無言で見続けるのも雰囲気が悪い。
オラクガは適当にリックに質問を投げかけた。
「ソレハワカラナイ。料理長ノ料理ハ全テ創作料理だ。故ニ今料理長ガ作ッテイル料理ニ、マダ名前ハナイ」
(創作料理・・・?聞いたことがないな。言葉から推測すると自分で考えた料理という事か?)
料理を知らない彼らからすれば知らない言葉であろう。
創作料理とは、自分で作り方を考案した料理の事だ。作り方が既に存在している料理ではなく、材料や調理方法などを自分で考え創作した料理の事を言う。
料理長と呼ばれているファイアスライムはある日、料理に目覚めてからはひたすら料理をしている。
今では限られた材料を使ってどれだけ美味しい者を作れるかに挑戦中なのだ。
(初めて見たが手際がいいからか、作っている所を見るものなかなかに面白いものだな)
そうこうしていると、オラクガの下に皿が運ばれてきた。その皿には茶色に着色された魚や肉が盛られている。
料理に関して興味はあった。だが内心そこまでではないだろうと思っていた。しかしこうして目の前に出されると自分の勝手な想像は間違っていたと言わざるを得ない。
見るからに旨そうな見た目と、匂い。それらは珍しくオラクガの食欲を掻き立てた。
思わず欲望通りにオラクガはその皿に盛られた魚を手に取り、口に運ぼうとした。
しかし、その手は何者かに叩かれ手に持っていた魚は皿に戻った。
「何をする!」
オラクガの手を叩いた者の正体は、料理長と呼ばれているファイアスライムだった。
料理長は器用に体を伸ばし、オラクガの手を叩いたのだ。
『それはコッチのセリフだ!!オレ様の料理を薄汚い手で直接触るってのはどういう事だ!せっかくの味が泥味になっちまうだろうかがよぉぉ!!!』
体を激しく揺らし、叫ぶ。料理長はキレていた。
彼女はせっかく自分が味付けした料理の味がほんの少しでも変わってしまう事が許せないのだ。
「なら、一体どう食べればいいんだ」
オラクガは別の食べ方があるとは微塵も思っていなかった。
確かに魔物の間で素手で対象を掴み、食らうというのは当たり前だが、それはこの食堂ではしてはいけない行為だ。
料理長は自分の料理に強い拘りを持っている。その為、素手に着いた異物と一緒に自分の料理を食べて欲しくないのだ。
「コレヲ使エ」
キレた料理長にガミガミ言われて困惑しているオラクガを見かねて、隣にいたリックがある物を渡した。木でできた串だった。
そして口頭でオラクガに使い方を教える。とはいえ突き刺して口に運ぶだけなのでオラクガもすぐに使い方を理解できた。
そして改めて料理を口に運んだ。
「こ、これは!?・・・う、美味い!美味すぎる!!」
よほど美味しいかったのか、オラクガは夢中になって残りを食べ始める。
僅かな時間で皿が空になった。
オラクガは料理の美味さに感動した。
(料理とはこんなに素晴らしいものだったのか・・・)
正直、たかが料理だとバカにしていた。
だが実際はどうだ?魔王軍幹部、剛炎のオラクガが感動するほど美味い。
正直今まで自分が食っていた肉や魚と比べれば雲泥の差だ。なるほど。確かにこれほどに変わるのであれば手間暇を加える価値がある。
オラクガは自分の無知を心の底から恥じた。
「料理長。先ほどは失礼な事をしてすまない。今ならわかる。こんなに美味い物の味が少しでも変わってしまうのは確かに許せない事だろう。先ほどの浅はかな行為をしてしまった事をゆるしてくれ」
『へっ!分かりゃいいぜ』
「本当にすまなかった」
『へへっ!良いってことよ!』
剛炎のオラクガは完全に料理の虜にされてしまった。彼の胃袋は1人のファイアスライムにがっしりと掴まれたのだ。
『それより、どうよ?まだ作るんだが、食べていくか?』
「いいのか?」
『おうよ!いい食べっぷりだったからな!サービスってやつだ!』
「それなら、是非お願いする!」
『へへっ!またあんたの満足する一品に仕上げてやるぜ!』
「ああ!よろしくたのむ!」
いつの間にか料理長の怒りは収まっており、それどころか自分の料理を美味しそうに食べるオラクガを見て彼女の料理魂に火がついてしまったようだ。
先ほどとは打って変わって子供の様にワクワクした表情で料理を待つオラクガに、隣にいた二人のアンデッドはそれぞれ微妙な反応をした。
結局オラクガは当初の目的をすっかり忘れて、出される料理に夢中になった。
それは魔人が帰って来るまで続くのだった。
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