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第三章 神と魔と
220 断絶の剣
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それにしても変だなと俺は思った。
導師と言えば大聖堂で一番の実力者だ。
もっと余裕を持った対応をしそうなものだ。
たとえば、今回の会談場所だ。
導師一人が壇上で、俺たちはなにもない空間に立ちっぱなし。
これは立場を明確にしているとも言えるが、あまりにも挑発じみている。
それにドラゴンとの契約の件も、いきなり素材の話を振るよりも遠回しに尋ねたほうが穏便に進むだろう。
まさか、勇者が焦らしに焦らしたせいで我慢の限界を越えたという訳ではあるまい。
……いや、まぁ偉い連中にそういう気の短い輩が多いのは確かではあるが。
「勇者さまはもしや、初代勇者さまの生まれ変わりと言われて、自分が特別と勘違いなされているのではありませんか?」
導師であろう男の言葉に、もはや答えるのも面倒とばかりに勇者が無言で対する。
「あなたさまはまだ修行中の身。勇者の称号はことを成して始めて意味を持つのです。今のあなたさまはただ勇者の祝福を受けた青年というだけの存在でしかありません。今はただひたすらに、世の苦しむ者たちのために働くことを求められている。それが、こともあろうに私が遣わした騎士に暴力を振るい、国境を力により侵すとは……」
「貴様の部下は平気で偽りを報告するらしいな。早々に解雇したほうがいいぞ。なんなら俺とその騎士とで真実を比べてみるか?」
「いえ、それには及びません。あなたさまがそうおっしゃるならそうなのでしょう」
導師らしき男は、そう言いながらも勇者を全く信じていない言い方をした。
やはりそうだ。
こいつ、明らかに勇者を挑発している。
なんだ? 何が目的だ?
「しかし困りましたな。ドラゴンの素材を装備に加工したというのなら、どこにあるのですか?」
導師らしき男は話題を戻し、ドラゴンの素材について聞いて来た。
そういえば、目で見てわかるようなドラゴン素材の装備は誰も身に付けていないな。
聖女とメルリルのヘアバンドはどう見ても精巧な細工物であり、防具には見えないし、俺の防具は表張りがしてあって、ドラゴン装備の輝きがない。
モンクの籠手、聖騎士の盾、それに俺の剣は部屋に置いて来ている。
「もしや、勇者さま、虚言癖がおありなのでは? ドラゴンとの契約など偽りのものだったとおっしゃっても、私は怒りませんよ?」
壁に立つ神殿騎士たちが小さく笑うのが聞こえた。
言われている勇者はすでに聞き流し態勢に入っているが、周りで聞いている俺たちのほうが段々腹が立って来た。
特に聖女と聖騎士は我慢の限界のようだ。
この男、もしや俺たちの激発を誘っているのか?
大聖堂では罪は罪ではない。もし俺が導師に食って掛かったとしてもそれは咎められることはないとノルフェイデさんは言っていた。
だが、もし、明確な攻撃を向けたらどうだろう?
導師の側から攻撃を加えたらそれは導師の咎であり、いくら罪を問わないとは言え、なんらかの処分はあるだろう。
しかし、先に勇者が攻撃したら?
勇者の攻撃に反撃したのなら、それは導師の咎になるのか?
この男、勇者をまだ未熟と言った。
もしや魔法において、自分が勇者を上回る自信があるからこそ、こうやって勇者を挑発して、合法的に叩きのめす機会を狙っているのではないか?
あまりにも偏執的な考えに思えるが、俺は以前こういうタイプの貴族に会ったことがある。
強いと評判の冒険者を他人の目の前で叩きのめすことにこだわる男だった。
俺は勇者たちに忠告をしようと思ったが、一歩遅かった。
導師らしき男は壇上から下りて来ると、ジロジロと勇者を見て、その腰に装備したナイフに目を止めたのだ。
それこそは、俺たち全員が持つ、ドラゴンの鱗から造られたナイフだ。
「これは……」
男の手が伸びる。
途端に、勇者が激発した。
「触るな!」
バシィ! と、眩しい光が周囲を焼き、思わず目を閉じた。
なんだ、何が起こった?
痛む目を必死にこじ開けて様子を窺うと、片手を振り抜いた形の勇者と、鬼の形相で片手を押さえている導師らしき男が見えた。
「なんと乱暴な! 祀り上げられただけの小僧っ子が! 身の程を知るがよい!」
キイイイイン! と、耳を突き抜ける激しい音と共に、導師らしき男の差し出す手の前に、教会のシンボルでもある光の輪が現れ、それが素早く飛んで勇者の首に嵌った。
周囲の神殿騎士たちがひざまずいて、「おお、聖なる輪だ」「尊いお力だ……」などと呟いている。
勇者の顔色が一気に悪くなった。
血の気が引いた土気色となり、声が出ないばかりか息も出来ないようだ。
「なんということを!」
聖女が涙を浮かべつつ導師らしき男を睨む。
同時に、聖騎士が動いて勇者の首の輪に手をかけようとするが、掴むことすら出来ない。
「アルフ! 教えただろう! 魔力を集めて対抗しろ! お前の力ならそのぐらい跳ね除けられるはずだ!」
思わず叫んだ俺を勇者を血走った目で見てうなずく。
勇者がぐっと噛み締めた唇から血の珠が膨れ上がる。
同時に、体内の魔力が首へと集まるのが見えた。
シャーアアアァンッと、心に響くような美しい音と共に、勇者の首にあった魔法で顕現した輪が砕ける。
「なんだと!」
導師らしき男の目が俺を見た。
「貴様、汚らわしい下賤なものの分際で、勇者を呼び捨てにするとは何事か!」
そこか。
しかし下賤なものね。
「教義では、全ての人間は等しいんじゃなかったか? 神はこの世界そのものということなら、あんたの言う下賤なものも神の一部だろうに」
導師であろう男はフッ、と、笑い飛ばす。
「この世には選ばれた者と選ばれざる者がいる。力ある貴き者に力無き者は従うのが幸せなのだ。体にも役割があるだろう? 頭と手は重要度が違う。手はなくしても生きられるが、頭をなくしては生きられない。ましてや貴様や、そこの亜人の女のようなモノは、切り捨ててもいくらでも生えて来る髪や爪のようなもの、いくらでも換えがいるのだ!」
亜人、亜人だと! こいつメルリルを亜人と呼んだな。
目の前が真っ赤になるような怒りが俺のなかに沸き起こる。
フォルテが頭上から消えて俺のなかへと溶け込んで来るのがわかった。
そうか、必要ないか、必要ないなら失くしてもいいよな?
手に剣はないが、もともと剣はただの座標軸にすぎない。
俺の「断絶の剣」は、師匠によると思った全ての繋がりを断ち切ることが出来る技だ。
俺が未熟で、本来の力を発揮出来なかっただけの話。
しかし、フォルテがいる今なら、本来の意味での魔技を使うことが出来るかもしれない。
「断絶の剣……」
静かに、ただ呟くように告げる。
見えない剣を振るように俺の両手は一閃した。
導師と言えば大聖堂で一番の実力者だ。
もっと余裕を持った対応をしそうなものだ。
たとえば、今回の会談場所だ。
導師一人が壇上で、俺たちはなにもない空間に立ちっぱなし。
これは立場を明確にしているとも言えるが、あまりにも挑発じみている。
それにドラゴンとの契約の件も、いきなり素材の話を振るよりも遠回しに尋ねたほうが穏便に進むだろう。
まさか、勇者が焦らしに焦らしたせいで我慢の限界を越えたという訳ではあるまい。
……いや、まぁ偉い連中にそういう気の短い輩が多いのは確かではあるが。
「勇者さまはもしや、初代勇者さまの生まれ変わりと言われて、自分が特別と勘違いなされているのではありませんか?」
導師であろう男の言葉に、もはや答えるのも面倒とばかりに勇者が無言で対する。
「あなたさまはまだ修行中の身。勇者の称号はことを成して始めて意味を持つのです。今のあなたさまはただ勇者の祝福を受けた青年というだけの存在でしかありません。今はただひたすらに、世の苦しむ者たちのために働くことを求められている。それが、こともあろうに私が遣わした騎士に暴力を振るい、国境を力により侵すとは……」
「貴様の部下は平気で偽りを報告するらしいな。早々に解雇したほうがいいぞ。なんなら俺とその騎士とで真実を比べてみるか?」
「いえ、それには及びません。あなたさまがそうおっしゃるならそうなのでしょう」
導師らしき男は、そう言いながらも勇者を全く信じていない言い方をした。
やはりそうだ。
こいつ、明らかに勇者を挑発している。
なんだ? 何が目的だ?
「しかし困りましたな。ドラゴンの素材を装備に加工したというのなら、どこにあるのですか?」
導師らしき男は話題を戻し、ドラゴンの素材について聞いて来た。
そういえば、目で見てわかるようなドラゴン素材の装備は誰も身に付けていないな。
聖女とメルリルのヘアバンドはどう見ても精巧な細工物であり、防具には見えないし、俺の防具は表張りがしてあって、ドラゴン装備の輝きがない。
モンクの籠手、聖騎士の盾、それに俺の剣は部屋に置いて来ている。
「もしや、勇者さま、虚言癖がおありなのでは? ドラゴンとの契約など偽りのものだったとおっしゃっても、私は怒りませんよ?」
壁に立つ神殿騎士たちが小さく笑うのが聞こえた。
言われている勇者はすでに聞き流し態勢に入っているが、周りで聞いている俺たちのほうが段々腹が立って来た。
特に聖女と聖騎士は我慢の限界のようだ。
この男、もしや俺たちの激発を誘っているのか?
大聖堂では罪は罪ではない。もし俺が導師に食って掛かったとしてもそれは咎められることはないとノルフェイデさんは言っていた。
だが、もし、明確な攻撃を向けたらどうだろう?
導師の側から攻撃を加えたらそれは導師の咎であり、いくら罪を問わないとは言え、なんらかの処分はあるだろう。
しかし、先に勇者が攻撃したら?
勇者の攻撃に反撃したのなら、それは導師の咎になるのか?
この男、勇者をまだ未熟と言った。
もしや魔法において、自分が勇者を上回る自信があるからこそ、こうやって勇者を挑発して、合法的に叩きのめす機会を狙っているのではないか?
あまりにも偏執的な考えに思えるが、俺は以前こういうタイプの貴族に会ったことがある。
強いと評判の冒険者を他人の目の前で叩きのめすことにこだわる男だった。
俺は勇者たちに忠告をしようと思ったが、一歩遅かった。
導師らしき男は壇上から下りて来ると、ジロジロと勇者を見て、その腰に装備したナイフに目を止めたのだ。
それこそは、俺たち全員が持つ、ドラゴンの鱗から造られたナイフだ。
「これは……」
男の手が伸びる。
途端に、勇者が激発した。
「触るな!」
バシィ! と、眩しい光が周囲を焼き、思わず目を閉じた。
なんだ、何が起こった?
痛む目を必死にこじ開けて様子を窺うと、片手を振り抜いた形の勇者と、鬼の形相で片手を押さえている導師らしき男が見えた。
「なんと乱暴な! 祀り上げられただけの小僧っ子が! 身の程を知るがよい!」
キイイイイン! と、耳を突き抜ける激しい音と共に、導師らしき男の差し出す手の前に、教会のシンボルでもある光の輪が現れ、それが素早く飛んで勇者の首に嵌った。
周囲の神殿騎士たちがひざまずいて、「おお、聖なる輪だ」「尊いお力だ……」などと呟いている。
勇者の顔色が一気に悪くなった。
血の気が引いた土気色となり、声が出ないばかりか息も出来ないようだ。
「なんということを!」
聖女が涙を浮かべつつ導師らしき男を睨む。
同時に、聖騎士が動いて勇者の首の輪に手をかけようとするが、掴むことすら出来ない。
「アルフ! 教えただろう! 魔力を集めて対抗しろ! お前の力ならそのぐらい跳ね除けられるはずだ!」
思わず叫んだ俺を勇者を血走った目で見てうなずく。
勇者がぐっと噛み締めた唇から血の珠が膨れ上がる。
同時に、体内の魔力が首へと集まるのが見えた。
シャーアアアァンッと、心に響くような美しい音と共に、勇者の首にあった魔法で顕現した輪が砕ける。
「なんだと!」
導師らしき男の目が俺を見た。
「貴様、汚らわしい下賤なものの分際で、勇者を呼び捨てにするとは何事か!」
そこか。
しかし下賤なものね。
「教義では、全ての人間は等しいんじゃなかったか? 神はこの世界そのものということなら、あんたの言う下賤なものも神の一部だろうに」
導師であろう男はフッ、と、笑い飛ばす。
「この世には選ばれた者と選ばれざる者がいる。力ある貴き者に力無き者は従うのが幸せなのだ。体にも役割があるだろう? 頭と手は重要度が違う。手はなくしても生きられるが、頭をなくしては生きられない。ましてや貴様や、そこの亜人の女のようなモノは、切り捨ててもいくらでも生えて来る髪や爪のようなもの、いくらでも換えがいるのだ!」
亜人、亜人だと! こいつメルリルを亜人と呼んだな。
目の前が真っ赤になるような怒りが俺のなかに沸き起こる。
フォルテが頭上から消えて俺のなかへと溶け込んで来るのがわかった。
そうか、必要ないか、必要ないなら失くしてもいいよな?
手に剣はないが、もともと剣はただの座標軸にすぎない。
俺の「断絶の剣」は、師匠によると思った全ての繋がりを断ち切ることが出来る技だ。
俺が未熟で、本来の力を発揮出来なかっただけの話。
しかし、フォルテがいる今なら、本来の意味での魔技を使うことが出来るかもしれない。
「断絶の剣……」
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