エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

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蠱毒の壷

その八

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 言い訳無用で俺が明子さんを襲ったと思われたようだ。
 まああの状況じゃあなあ、俺だって誤解するけどさ。
 妹と弟の冷たい視線に晒された挙げ句、大木の馬鹿からは敵に認定されたっぽい。
 いや、大木くんは別にどうでもいいんだが、うちの連中の軽蔑は到底許容出来ない。
 明子さん、早く泣きやんで事情を説明してくれないかな。
 俺は思わずゲッソリとした気分で天を仰いだ。

 そう、明子さんは安心したのか、他の連中を見た途端泣き出してしまったのだ。
 女の子らしくていいんだけどね。
 ……うん。
 おかげで言い訳も出来ない状態で女の敵認定された俺の心はクラッシュ寸前です。

「めいちゃん、大丈夫、俺がついてるから。頼りないかもしれないけど君を守れる男になるから」

 すげえよ、大木。たとえどさくさ紛れでも俺はお前を見なおしたぞ。
 ああいう台詞、マジで一回でいいから言ってみたいな。

「兄さんゆかりんに言い付けるから」

 由美子がぼそりと脅迫の言葉を零す。
 これが俺の現実だ。
 ゆかりんというのは伊藤さんのことだ。
 どうやらいつの間にか愛称で呼び合う仲になっていたらしいんだよなこれが。
 ああ、いや、現実逃避している場合じゃないぞ。

「いや、伊藤さん関係ないから。というか何でもかんでも彼女に情報流すのは止めなさい」
「だって、姉様だから」

 なん、だと……?
 さり気なく落とされた爆弾に俺は愕然とする。

「兄さん、いつの間に結婚したんですか?」

 浩二が邪気の無さそうな声で聞いて来る。
 怖いぞ。
 いや、聞きたいのは俺のほうだから。

「ユミ、どっからそんな話になったんだ?」

 さすがにこれは俺一人の話ではない。
 ちゃんと訂正しておかないと、伊藤さんの名誉に関わる。

「ゆかりんが、兄さんとなんでも見せあえる間柄になったって嬉しそうにしてたから。それってつがうってことだよね?」

 待った!
 なんかだいぶおかしい。
 でも言ってることは間違ってない気がする。
 いや、まだつがってないから!
 って、まだって何だよ俺ぇ!

「何だと! そんな相手がいるのにめいちゃんに手を出したのか? いくら英雄色を好むと言ってもモラルというものがあるでしょう!」

 俺が大混乱に陥っているのに、横から大木が口を挟んだ。
 いらっとする。
 家族の問題に口を挟む馬鹿はそろそろ集まり始めた怪異共に食わせてやっても良いかな?

「ち、違うの。いえ、違うのです」

 グスグスと鼻をすすり上げながら明子さんがようやく落ち着いて来たらしく弁解してくれた。

「木村リーダーは私を救助してくださったのです。装備が破損したのはモンスターの攻撃のせいで、リーダーに責任はありません。むしろ私の迂闊な行動でチームにご迷惑をお掛けして、それに取り乱してしまって申し訳ありませんでした」

 大木に上着を借りたのか、際どい所を隠しながら立ち上がる。
 明子さんは先程少女のように泣いていたのが嘘のようなしかめっ面で敬礼をしてみせた。
 でも俺軍人じゃないから答礼とかしないからな。
 大木はそれでもちょっとばかり疑いが残ってそうな顔だったが、同じように敬礼すると、「変に疑ってすんませんでした!」と謝罪した。
 ピシッと出来ない男のようだった。

「五時と一時の方向から中型の怪異接近探知」

 もはや気持ちを切り替えたのか、しれっと由美子が報告を入れる。
 浩二も驚きもしていない。
 お前ら便乗して俺を虐めたかっただけか?

「謝罪や詳細については取り敢えず後だ。先へ進もう」

 解けた怪異の肉があった場所から残ったモノを拾い上げる。
 親指の先ほどの大きさの夢のカケラだ。
 色合いがあまり綺麗じゃないから力自体はそんなに大きくはなさそうだが、ガソリンなんかと比べたらエネルギー効率は段違いにいい。
 まあ変換エネルギーの基準自体が違うから単純に比較するのが間違いなんだけどね。
 どうやらこの陸ギンチャクはそれなりに力ある個体だったらしい。
 俺は手にしたそれを大木に放った。

「へ? あ! うわあっ!」

 大袈裟な奴だな、全く。

「え? ちょ、これ! なに投げてんですか!」

 泣きそうになるな。

「その怪しげな乗り物に燃料がいるんだろうが」

 俺がそう言うと、やっと思い至ったようで、「これは思ったより罰当たり、末端価格いくらだ」などと呟きながら恐る恐るソレをポーチに落とし込んだ。
 アホか、末端価格とか意味ないだろ、許可証が無ければ業者でも扱えないんだぞ、個人で市場に持ち出せる訳がない。
 そもそもここでなに見つけても俺達の誰一人として懐に入れらんないからな。
 国有財産だ、馬鹿め。

「ユミ、ボス部屋への入口がありそうな場所があるか?」
「この樹海の中心に石造りの大きな建物があるからそこかな?」
「了解。んじゃ進みますか」
「わかりました」

 俺の言葉に浩二が頷く。
 細かいことは言わずにさっさと話が進むのは、俺達が元々パーティで役割分担が出来ているからだ。
 ということで、俺がうっとおしい藪のような場所を強引に薙ごうとした時、後ろから声が掛かった。

「ちょ、何やってるんですか、早く乗ってください」

 大木だ。
 ちっ、うるさい奴だな。

「嫌だ」
「なに言ってんすか。徒歩で先に進むなんて自殺行為っすよ」

 いや、どうみてもその怪しい乗り物の方が危険度は高そうだろうが。
 離脱前まで一応車っぽいシルエットをしていた特殊装甲車なる物は、今や出来損ないのウサギのオモチャのような姿に成り果てていた。
 いや、ウサギよりもっとそっくりな動物をテレビジョンで観たことあるぞ。
 そうそう砂漠の跳びネズミだ。
 尻尾はないが。

「そいつ、どう見ても乗り心地がやばそうだろ」

 俺は冷静に指摘した。
 大木はふるふると首を横に振って否定する。

「大丈夫、大丈夫ですよ。本機にはジャイロセンサーが搭載されていて、乗り心地は問題ありません」

 怪しい。
 そも機械からくりという物は、いかにカタログスペックが高かろうと設計思想がまともでないとそれを活かせないものだ。
 魔法使いクレイジー軍属のメカニックマニアックが設計したというこの機体を信用しろと言うほうが無理だ。
 俺は大木から目を逸らし、妹と弟に視線を投げた。
 俺の視線を了解して二人は口を開く。

「そんなには揺れなかった」
「酷くは揺れませんでした。遊園地の乗り物に似ていますね」

 なるほど了解。 
 それから浩二、それ揺れない証明にならないからな。

「とにかく遠慮する。それにサンプル集めをいちいち降りてやるのは手間だろうが。俺がやってやるから封緘を渡せ」

 ここは理屈で押し切るべきだろう。
 大木もさすがにこの理屈はわかるのか、渋々頷いた。

「登録解除しないままマニュアル設定したんで、まだこいつの性能、限定解除なんですよ。はあ、……仕方ないですね」

 そもそもそういう特殊車両とかは環境が判明してからが活躍の場だろうが。
 未知のフィールドで全力出せってほうが無理だろう。

「それじゃあ役割的に僕はあっちに行きますね」

 浩二が自主的に装甲車に乗り込む。
 ちらりと口元に笑みを浮かべていたのは面白がっていたのか?
 ほっとけ! そんな飛び跳ねそうなもんに乗れるかよ!
 そんな風に俺らが揉めている間に車内で装備変更して来たらしい明子さんが大木に上着を返しながらベルトに装着するタイプの小型ケースをこちらに寄越した。

「封緘ひと揃いです。オートポイント設定に戻したので少しもたつきが出ると思いますが、大丈夫でしょうか?」
「了解。周囲の安全確認してから使うよ。ありがとう」

 やっぱ彼女、目視で正確な位置取りが出来るらしい。
 封緘使うには最適の人材だよな。

「接敵まで約五十秒、カウントしますか?」

 由美子が報告を入れて来る。
 いやいや、こんな樹海の入口で団子状態の戦いとかごめんだぞ。

「進もう。撹乱かくらんたのむ」
「わかった。撹乱かくらんします」

 由美子が数枚の式を飛ばし、俺の合図と共に怪しげな跳びネズミロボもどきが進み出す。
 二本足が上手いことバランスを取りながら歩いている。
 外から見る分にはなかなかいい機体だ。
 シュンと、空気を軽く裂く音がして、跳びネズミロボもどきの行く手の草木が刈り取られた。
 前面が光ったということは、あれは魔術の一種か。
 エアーカッターとかそんなんかな?
 うん、絶対あれの前には出ないようにしないとな。

「兄さん乗って」

 さすがに徒歩は不味いと思ったのか、由美子が式で出したのは巨大で真っ白なムカデだった。
 二匹いるけど俺は徒歩でもよかったのにな。
 まあいいか。
 その姿はここの一層のボスを思い出すが、色というのは不思議なもので、白いだけでイメージが変わる。
 と言っても由美子の式がことごとく白いのは、単に色などに設定を割きたくないからなのだそうだが。
 ムカデ型の式は、乗るとほとんどベルトコンベアに乗っているような感じになる。
 上下震がほとんど無いのもそう感じる原因だろうな。
 本物のムカデと違って、こいつにはたてがみのようなものがあり、そこに掴まって立ったまま乗ると見晴らしも良くて面白い。
 水上スキーというスポーツがあるが、姿勢的にはあれに似ているかもしれない。

 しばらく進むと由美子が眉を寄せて報告して来た。

「兄さん、この樹海、動いてる」

 またか。
 終天の野郎がやりそうなことだ。
 詳しく聞くと、中心の建造物を巡るようにゆっくりと回転しているらしい。
 おいおい、樹海って言っても海じゃないんだからな、ったくいい加減にしてくれよ。
 俺はこの迷宮の設計者に向かって口の中で思いつく限りの悪態を吐いたのだった。
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