エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

文字の大きさ
82 / 233
蠱毒の壷

その九

しおりを挟む
 明子さんがデータ端末を操作して記録を編集している。
 ここまで撮り溜めた映像なども添付して、一度外部に送信しておくらしい。

「しかしこれってどうなってるんだ? 界が隔たっているのにデータ送信が出来るとか」

 言ってる間にも正面ディスプレイには外から送られてきた通信が解析されて表示されていた。
 通信の方はモールスとは言え、トン・ツーなどと人が手で打つ必要はない。
 電算脳コンピュータが文章を解析して発信と受信をしてくれるのだ。
 まあモールスだからあんまり複雑な文章は送れないが。

「双子石通信は知ってるっしょ?」

 大木が説明する。
 双子石通信というのは単結晶分体通信の俗称だ

「知ってるが、あれは通信可能域はかなり狭いだろ。ましてや界越えなんて出来るはずもない」

 単結晶分体通信とは同一結晶から分かたれた鉱石が持つ共振作用を利用した通信の事だ。
 既にローテクだが、現在の全ての通信の元となった技術と言っても過言では無い。
 使い方によっては電気などの外部エネルギーに頼らなくても通信が出来るので、緊急時の通信手段として未だに公共施設には備えられていると聞く。

「その双子石に魔法使いの人が直接術式を書き込んで、通信出来るようにしたらしいっすよ。ほら、接点を持つ界同士には必ず共鳴が起こるとかなんとか言ってたっしょ? まあ俺もあんまり理屈はわからなかったけど」

 うん、わからんな。

「まあそれは納得するとして、データが送れるのはどういう訳だ? あれは到底共振通信で送れるようなものではないだろう?」

 俺の言葉に大木は盛大に眉を寄せた。

「それについては俺もほとんど理解してないっす。どうもあの魔法使いの人の説明によると、コイル状に加工したミスリルによって立体起動の魔法陣がなんたら」

 要領を得ない説明だが、突然ピンと来た。

「おい、それって携帯式の転送陣、ゲートじゃないか? もしマジならとんでもない発明だぞ」

 もし移動式のゲートが実現して、それを大型化出来れば迷宮からいつでも脱出可能になる。
 通信やナビなどと比べ物にならない革新的発明だ。
 あの馬鹿高い札に頼らなくていいのだ。

「それがそう上手く行かないのです」

 データ転送を終えた明子さんが残念そうに言った。

「この転送システムはラグが酷いんです。早くて一時間、遅い時には数日掛かります。その上、魔法使い殿によると、物質転送の場合は再構成にほとんど失敗するそうです」
「う……」

 転送失敗と聞いて、俺はゲートの試運転で起こった痛ましい事故のことを思い出した。
 大々的に世界同時中継で行われたそれは、現在年齢制限付きのグロ動画としてグローバルネットの海を漂っている。
 ゲートの便利さに対して利用者が極端に少ないのはこの事故が尾を引いているからだ。
 現在は安全性はほぼ保証されていて事故る確率は航空機より遥かに少ないと謳われているのだが、不安は根強く残っている。
 その安全性の説明がまた、「失敗の確率が高まったら空打ちをして解消する」とかいうのなんで、いまいち信用しきれないというのもあるだろう。
 空打ちってなんだよ、空打ちってのは。
 単純に料金が高いってのもあるんだろうけどな。

「なるほど、そういう不安な方法でもデータ転送が出来れば一種の保険にはなるということか」

 いつ届くかわからない情報でも、事前に送っておけば、たとえこのチームが全滅しても次のための資料に出来る。
 全体主義の軍らしい考え方だ。
 冒険者なら絶対にそんな風には考えないだろう。

 俺達は現在、中心にあった石造りの建物、仮に「遺跡」と呼んでいる場所の入り口をくぐった所で休憩かたがた簡単なミーティングをやっている所だ。
 この遺跡と外の樹海はエリアが切り替わっていて、エリアチェンジ直後のこの場所は一応セーフティゾーンっぽくなっているのでちょっと一息が出来た訳だ。

「取り敢えずこれで第二階層の樹海部分の攻略も固まりそうです」
「へえ」

 明子さんの説明に全員が意識を向けた。

「樹海部分はこの遺跡を中心に、外側に向かって渦を巻くようにゆっくり回転しています。ここまではいいですね」

 全員が頷く。
 嫌な仕掛けだ。
 うっかりすると気づいたら樹海の縁に逆戻り、一からやり直しということになってしまうのだ。

「これの攻略方は高い視点を持つことだと思います。迷宮では方角を知るにはマッピングしかない訳ですが、あの樹海では逆にマッピングは意味を成しません。しかし高所に視点を置けさえすればひたすら直線で中心を目指せばいいだけですから」
「ちなみに第一階層の攻略はどんなかんじなんだ?」

 俺がそう聞くと、明子さんも大木も不思議そうに俺を見た。
 んー?
 あ、そうか、一階層を最初に攻略したのが俺だと思ってるからだな。
 踏破と攻略ってのは違うんだけどね。

「一階層目は迷路ラビリンスになっていますけど、これはごく単純な仕掛けでした。角を曲がった時に向いている方向と曲がった方向に従ってブロックが組み変わるのです。変わったブロックを元に戻すには同じ方向を向いて違う側、つまり前に右に曲がったのなら今度は左に曲がればいい訳です」
「確かにわりやすいが、普通にのんびり歩いてるならともかく戦闘しながらなんだから意図せずに角を曲がることもあるだろう。それで慌てて戻ったらどうなるんだ? 向きが逆で角も逆になるわけか」
「もう一度ブロックが同じ方向にずれますね。つまりずれが大きくなる訳です」
「……地味に嫌らしい仕掛けだな」
「全くだ。幻想迷宮シミュレーターで散々分断された状態での戦闘訓練やってなければやばかったぜ」

 大木が遠い目をしてそう言った。
 かなり苦労したのだろう。
 そこへ今まで自分の装備などを確認していた浩二が声を掛けた。

「役立ってなによりです」

 満足げに言われた言葉に軍人二人が顔色を悪くした。
 うん、まあ、きつかっただろうけどさ、でも訓練は一度は全滅するぐらいが丁度いいんだよな。
 部隊長殿は酷いトラウマを負って軍を辞めた者まで出たとか大袈裟なことを言っていたが、訓練がぬるくて実戦で全滅なんぞしたら目も当てられないし。

「実はリーダー殿の懸念通りこの第一階層で冒険者の損耗が当初の計算より多く出ています。なので軍では現在ラビリンスの攻略を組み込んだオートナビを開発して販売する予定となっています」

 そうか、マップ自体は変わらないんだからナビが自動で方向を指示してくれれば一々記録を取って攻略する必要はなくなるから不慮の事故も防げるということか。
 少々過保護な気もするが、国家としては資源調達が目的なんだから損耗が激しくて人が集まらないのは困るんだろうしな。

「あの、リーダー殿。疑問があるのですがよろしいでしょうか?」

 明子さん、堅すぎだろ。
 まあ仕方ないか。

「なんですか?」
「リーダー殿は第一階層をお一人で攻略なされたと伺っております。しかし迷路の仕組みはご存じ無かった。いったいどうやったのですか?」

 まあ当然の疑問だわな。
 大木も興味津津という顔でこっちを見ている。

「まあなんだ。攻略はしてない。単に踏破しただけだ」

 二人共訳がわからないといった顔になった。

「ええっと、つまりだな、あそこはビジネス街を忠実に再現していただろう」
「まあ、廃墟化してたっすけどね」

 大木がそう言いながら頷く。

「旧都銀本社に緊急用の大仕掛けの魔法陣があったのは知っているか?」
「文化遺産として有名ですから存じています」
「あれを発動させた」

 俺の言葉にそれでもピンと来なかったんだろう。
 二人共全く理解していない顔だった。

「あれは屋内用だったと記憶していますが?」

 明子さんがその疑問を晴らそうと質問を重ねる。

「あー、だから天井を壊した。迷宮だって閉じた空間だしそれ自体が怪異と言っていいだろう? それで仕掛けを停止させて強引に突破した」

 しばしの沈黙が落ちる。
 い、居心地が悪い。

「あの建物、銀行ですから盗難防止のために重機ですら壊せない分厚い天然石で建ててあって、その上で自重で潰れないように、当時の天才的な設計師に依頼して建てたのだと聞いています。だから文化遺産になった訳ですが」

 明子さんのちょっと引き気味の言葉が悲しい。
 うん、だから俺も割りと本気出さないと壊せなかったんだよね。

「おいおい、そりゃあ当たり前だろ! 勇者なんだし!」

 突然大木が大声を出して立ち上がった。

「今まで、こう、普通の人っぽくて実感しにくかったけど、やっぱ鬼より強き鬼の力を有しし勇者なんだよな。俺、感動したっす!」

 お前……ここをどこだと思ってるんだ。

「しっ! 今ので近くを哨戒中の怪異グループが周囲を窺いだしました」

 由美子が飛ばした式からの情報を口にする。

「うっ、すまん」

 大木は自分の口を抑えて小さくなった。
 しばし硬直したように全員がその場で沈黙する。

「警戒を解いて通り過ぎたようです。音に鈍感なタイプでよかったですね」

 淡々とした物言いだが、由美子は別に嫌味を言ってる訳じゃない。
 こういう言い方が通常なのだ。

「本当に申し訳ない」

 そうとは知らない大木は地面に沈みそうに落ち込んでいる。
 まあそのまま反省しとけ。

==============================

第二階層中心の「遺跡」:外観はマヤのピラミッドに酷似している。
外とはフィールドを異にする別エリア。
マッピング無効の樹海エリアとは逆で、このエリアはマッピング必須の階層構造である。
中はそこそこ明るいが、なぜ明るいかは良くわからない。
年季の入った冒険者はその明るさも罠かもしれないと疑うのがデフォだが、まだ低位層なのでそこまでの心配はいらないと思われる。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...