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停滞は滅びへの道
その十
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「何しに来たんだ?」
唐突に訪れた友人に俺はつい詰問口調でそう尋ねてしまった。
色々ありすぎて気持ちに余裕がなくなっているようだ。
自覚があるのにそれを抑えることが出来ないのは俺の未熟さだが、そんな風な態度になってしまったのは、伊藤さんと同じように相手が自分にとっての日常の象徴だったからなのかもしれない。
「何しにとはご挨拶だね。長く欠勤している友人を見舞うのに理由がいるのか?」
「いやいや、お前今までここに来たことなかったろ? 急に来たら驚くだろ普通」
口にしてみて改めて気づいたが、アパート時代は気軽に訪れることもあったこいつが、マンションに移ってからは全く遊びに来ることが無くなっていた。
おそらくはセキュリティが面倒というよりも伊藤さんと付き合い出していたから遠慮していたのだろう。
そう言えば以前は週に一度は誘ってくれていた飲みにも誘われなくなっていたな。
そういう当たり前の日常や人間関係を思うだけでも今は痛みが伴う。
当たり前だったはずの、当たり前にするために築いて来たはずの日常がほんの僅かな間に酷く遠くなっていた。
「考えたんだが、俺も何か役に立つんじゃないかってね」
「何言ってるんだ?」
会社帰りなのか、ぴしりとスーツを着こなした男は俺の同僚であり、親友でもある流だ。
いきなり訪ねて来たと思ったら俺と伊藤さんのいない間の職場の様子を業務連絡よろしく話し出した。
そんな話をしに来たわけではないことぐらいは、いくらなんでもわかる。
だからこそ俺は真正面から何しに来たのか聞いてみたのだ。
確かに俺と流が友人であることは社内でも知られているし、伊藤さんに何かおかしなことが起きているということは、会社側も把握してはいる。
しかしそこで流に様子を見てきて欲しいという話になるかというと、それは無いと言えるのだ。
流に何かをさせることが出来る人間なんぞいない。
と言うか、そもそも流に何かを頼むという発想がまず浮かばないというのが流の周りの意識というか、環境だ。
社長ですら流に指示を出すということを考えもしないだろう。
変な話だが、人は無意識に流の意思に従おうとするようなのだ。
流本人の言うところでは、流自身は意識などしていないが、自然とそういう力が働いてしまうらしい。
厄介なことだとぼやいていたのをよく覚えている。
「ん~、なんと言えばいいのかな? そう、ここに来るべきだと思ったんだ」
「なるほど」
流の言い分はおかしなものだったが、下手に理屈をこねられるよりも俺にはその言い方のほうがわかりやすかった。
なんとなくそうしなければならないという感覚はうちの身内にもよくあるもので、そういう直感は蔑ろにするものではないからだ。
いや、しかし、待てよ。
そうするとまさかこいつを迷宮に連れて行けってことなのか?
いやいや、と俺は自分の考えを否定した。
流が訪ねて来たからって例の不足しているパーティメンバーに結びつけるのは短絡的というものだろう。
まずは流の感覚が何を掴んだのかを知るのが先決だ。
「実はお前には話してなかったが、以前ちょっとした相手と因縁が出来てね」
「へぇ、それは珍しいな」
因縁という言い方からすればそれは悪い縁ということだ。
ヤクザすら下手に出るというこいつとそんな悪縁を結べる相手がいたとは驚きである。
「俗に言うところの酒呑童子という相手なんだが」
「ごふっ!」
俺は自分で淹れたコーヒーにむせた。
「ああ、これはいつか返礼をすべき時が来るなと思っていたんだが、その貸しを返してもらえるという予感がするんだよな」
「ちょっとまて! お前いつの間にあいつとやりあってたんだ! てか何でいままで黙ってた?」
「いや、お前に話すと気にしそうだったからな。それにちょっとしたガンの付けあいみたいなもので、大したことはなかったんだよ。本当にね」
「ガンの付けあいって学生の喧嘩かよ」
流は微笑んでいるが、かなり真剣に闘争心を燃やしていることがわかる。
相手は神にも届こうかという怪異で、普通は出会って命があったら泣きながら祝杯あげてもいいぐらいの相手なんだぞ?
「伊藤くんやお前のこともあるし、俺もたいがい腹が立ってね」
「いや、腹が立ってって、何があったかわかってるのか?」
会社が把握しているのは伊藤さんの行方不明と、それを俺が探しているということだけだ。
それはその組織内にいる流にしても同じである。
友人だからと特別に相談したりもしなかったしな。
「お前が付き合っていた女性が行方不明になったということはお前の敵のせいなんだろう?」
敵とか味方とか勧善懲悪の世界じゃないんだぞ?
「すっげえ短絡的な考えだな。天才発明家の肩書が泣くぞ」
「いや、そんな肩書無いから」
「む? 奇才なる発明家だったかな?」
「うぬ、ちょっと心誘われる肩書だな」
「奇才はいいんだ」
「奇という言葉が好きだからな」
「お、おう」
語る内に、なんとなく俺の中にあった焦りのような物が穏やかになるのを感じる。
どこに走りだしていいのか空回りしていた気持ちが、根を下ろすべき場所を見つけたようなそんな感じだ。
「という訳で、俺の個人的な理由で関わることにした」
「いや、その『という訳』はちょっとわからないんですが」
「俺を利用しろ。役に立つぞ」
なんだこのイケメン、モテるはずだよ。
「お前さ、迷宮潜る気ある?」
口にして驚いた。
いくら魔導者の血筋とは言え相手は対怪異ではずぶの素人だ。
流に話を持って行くぐらいなら伊藤さんの親父さん達に頼るほうが数倍マシなはずである。
なんで俺、するっとこんなこと言ってるんだろう。
「迷宮か。それもまた因縁だな」
「え?」
流は俺の淹れたコーヒーに冷蔵庫から取り出した紙パックの牛乳を注いで適度に混ぜるとそれを口にした。
「お前、魔導者の成り立ちを知っているか?」
「噂しか」
魔導者はこの世の理から外れた人間、いや現人神であると言われている。
噂では神の迷宮の攻略者であるとも言われていた。
その噂が真実だったということだろうか。
「魔導者となった者は最初七人いた。彼らは同じパーティメンバーとして神の迷宮を攻略した」
「噂ってたまに真実なんだな」
「今も現存している攻略者は四人。その一人から直接聞いたことがある」
「え?」
「彼らが攻略したのは神も神、どうも自然系の神の迷宮だったらしい。正に幻夢の世界だ。神の迷宮というものは本来人間が攻略出来るようなものではないという話は知っているだろう? しかし彼らはそれをうっかり攻略してしまって神がごとき力を手に入れた。具体的に言うと不老と異能だ」
「不老と異能……」
「まぁ人間の尺度で言うとそう表現するのが近いといったものだ。ともかく人が持つには過ぎた力だ。彼らは超越者として、極力表に立たないことに決めて、平等になるようにバラバラに違う国の相談役のような立場に潜り込んだ。長い歳月を過ごし、その中で三人は既に超越者でいる事に飽いて眠りに就いた」
「すげえ端折ってるけど大変な話だな」
「うむ、門外不出の話だ」
「ちょ、おい!」
「大丈夫。いざとなったら記憶を改竄することぐらい出来る。殺されはしないさ」
「いやいや、記憶いじられるとか嫌だから」
「俺も嫌だからばれないようにな」
「お前ね!」
そんな重大な打ち明け話を不味そうなカフェオレを飲みながら語るな!
てか由美子と浩二を部屋に戻らせておいてよかった。
ついでにカラス対策にカーテン閉めておいてよかった。
「そういう訳でうちの家系は迷宮にはある程度詳しい。だが、今ここに出来た迷宮は少々普通の物とは違うな」
「そうだな」
普通迷宮というのはその迷宮を作り出した怪異の夢の世界だ。
とりとめもなく、物理法則がむちゃくちゃで、何が起こるかわからない世界、それが迷宮というものである。
しかしこの街に出現した迷宮はそういった今まで知られている迷宮とは全くおもむきが違っていた。
大きな違いとしては、決まった到達点に行く必要はあるが、そこを使って攻略途中でも出入りが出来るということ。まるでゲームのセーブポイントのようなものがあるのだ。そしてなによりも全ての物事に一定の法則性がある。
特集番組でも言われていたが、この街に出来た迷宮は、ほとんどゲームのような迷宮なのである。
というか、終天がわざわざゲームを真似して作ったと考えていいだろう。
「で、迷宮の話が出たということは、伊藤くんは迷宮に囚われたということでいいのか?」
「あ、うん、実はもうちょっと複雑なんだけどな。正直なんでそうなったのか未だにわからないというか」
「細かいことはいい。迷宮に潜るなら俺の力はおそらく役立つ。連れて行け」
「えっ!」
「俺も初代の力に比べたら大したことはないが、ある意味迷宮とは相性のいい力を持っている。友人と同僚を助けることが出来るなら日常に役立たないこの力も意味があったというべきだろう」
「いいのか?」
「ついでに貸している勝負に決着を付けたい」
「いや、それ、貸しているって酒呑にだよな? 無茶はやめろよ?」
「どの口がそれを言うかな? とは言え、俺の力に決定力はないからな。勝負を付けるのはお前に譲る」
「そう、か」
流が伊藤さん救出に付き合ってくれるとなって、俺は急激に押し寄せる不安に震えた。
吐き気がするような気分の悪さの理由はわかっている。
流も伊藤さんも俺にとっては怪異とは関わらない日常の象徴だった。
とうとうその境目が入り混じってしまったという後悔と、そして同時に感じる安堵に、俺自身に対して嫌気が差したのだ。
もうどちら向けの仮面も被る必要もない。
俺は俺でいいのだと、一瞬そんな風に安心してしまった。
そんな場合ではないのに、そんな気持ちになった自分にムカついたのだ。
「ダメだなぁ俺は」
「馬鹿だな。完璧な人間には友達なぞ出来ないんだぞ。ダメでよかっただろうが」
どんな理屈だよと思いはしたが、その理屈にどうしようもなく救われている自分もやっぱりいるのだった。
唐突に訪れた友人に俺はつい詰問口調でそう尋ねてしまった。
色々ありすぎて気持ちに余裕がなくなっているようだ。
自覚があるのにそれを抑えることが出来ないのは俺の未熟さだが、そんな風な態度になってしまったのは、伊藤さんと同じように相手が自分にとっての日常の象徴だったからなのかもしれない。
「何しにとはご挨拶だね。長く欠勤している友人を見舞うのに理由がいるのか?」
「いやいや、お前今までここに来たことなかったろ? 急に来たら驚くだろ普通」
口にしてみて改めて気づいたが、アパート時代は気軽に訪れることもあったこいつが、マンションに移ってからは全く遊びに来ることが無くなっていた。
おそらくはセキュリティが面倒というよりも伊藤さんと付き合い出していたから遠慮していたのだろう。
そう言えば以前は週に一度は誘ってくれていた飲みにも誘われなくなっていたな。
そういう当たり前の日常や人間関係を思うだけでも今は痛みが伴う。
当たり前だったはずの、当たり前にするために築いて来たはずの日常がほんの僅かな間に酷く遠くなっていた。
「考えたんだが、俺も何か役に立つんじゃないかってね」
「何言ってるんだ?」
会社帰りなのか、ぴしりとスーツを着こなした男は俺の同僚であり、親友でもある流だ。
いきなり訪ねて来たと思ったら俺と伊藤さんのいない間の職場の様子を業務連絡よろしく話し出した。
そんな話をしに来たわけではないことぐらいは、いくらなんでもわかる。
だからこそ俺は真正面から何しに来たのか聞いてみたのだ。
確かに俺と流が友人であることは社内でも知られているし、伊藤さんに何かおかしなことが起きているということは、会社側も把握してはいる。
しかしそこで流に様子を見てきて欲しいという話になるかというと、それは無いと言えるのだ。
流に何かをさせることが出来る人間なんぞいない。
と言うか、そもそも流に何かを頼むという発想がまず浮かばないというのが流の周りの意識というか、環境だ。
社長ですら流に指示を出すということを考えもしないだろう。
変な話だが、人は無意識に流の意思に従おうとするようなのだ。
流本人の言うところでは、流自身は意識などしていないが、自然とそういう力が働いてしまうらしい。
厄介なことだとぼやいていたのをよく覚えている。
「ん~、なんと言えばいいのかな? そう、ここに来るべきだと思ったんだ」
「なるほど」
流の言い分はおかしなものだったが、下手に理屈をこねられるよりも俺にはその言い方のほうがわかりやすかった。
なんとなくそうしなければならないという感覚はうちの身内にもよくあるもので、そういう直感は蔑ろにするものではないからだ。
いや、しかし、待てよ。
そうするとまさかこいつを迷宮に連れて行けってことなのか?
いやいや、と俺は自分の考えを否定した。
流が訪ねて来たからって例の不足しているパーティメンバーに結びつけるのは短絡的というものだろう。
まずは流の感覚が何を掴んだのかを知るのが先決だ。
「実はお前には話してなかったが、以前ちょっとした相手と因縁が出来てね」
「へぇ、それは珍しいな」
因縁という言い方からすればそれは悪い縁ということだ。
ヤクザすら下手に出るというこいつとそんな悪縁を結べる相手がいたとは驚きである。
「俗に言うところの酒呑童子という相手なんだが」
「ごふっ!」
俺は自分で淹れたコーヒーにむせた。
「ああ、これはいつか返礼をすべき時が来るなと思っていたんだが、その貸しを返してもらえるという予感がするんだよな」
「ちょっとまて! お前いつの間にあいつとやりあってたんだ! てか何でいままで黙ってた?」
「いや、お前に話すと気にしそうだったからな。それにちょっとしたガンの付けあいみたいなもので、大したことはなかったんだよ。本当にね」
「ガンの付けあいって学生の喧嘩かよ」
流は微笑んでいるが、かなり真剣に闘争心を燃やしていることがわかる。
相手は神にも届こうかという怪異で、普通は出会って命があったら泣きながら祝杯あげてもいいぐらいの相手なんだぞ?
「伊藤くんやお前のこともあるし、俺もたいがい腹が立ってね」
「いや、腹が立ってって、何があったかわかってるのか?」
会社が把握しているのは伊藤さんの行方不明と、それを俺が探しているということだけだ。
それはその組織内にいる流にしても同じである。
友人だからと特別に相談したりもしなかったしな。
「お前が付き合っていた女性が行方不明になったということはお前の敵のせいなんだろう?」
敵とか味方とか勧善懲悪の世界じゃないんだぞ?
「すっげえ短絡的な考えだな。天才発明家の肩書が泣くぞ」
「いや、そんな肩書無いから」
「む? 奇才なる発明家だったかな?」
「うぬ、ちょっと心誘われる肩書だな」
「奇才はいいんだ」
「奇という言葉が好きだからな」
「お、おう」
語る内に、なんとなく俺の中にあった焦りのような物が穏やかになるのを感じる。
どこに走りだしていいのか空回りしていた気持ちが、根を下ろすべき場所を見つけたようなそんな感じだ。
「という訳で、俺の個人的な理由で関わることにした」
「いや、その『という訳』はちょっとわからないんですが」
「俺を利用しろ。役に立つぞ」
なんだこのイケメン、モテるはずだよ。
「お前さ、迷宮潜る気ある?」
口にして驚いた。
いくら魔導者の血筋とは言え相手は対怪異ではずぶの素人だ。
流に話を持って行くぐらいなら伊藤さんの親父さん達に頼るほうが数倍マシなはずである。
なんで俺、するっとこんなこと言ってるんだろう。
「迷宮か。それもまた因縁だな」
「え?」
流は俺の淹れたコーヒーに冷蔵庫から取り出した紙パックの牛乳を注いで適度に混ぜるとそれを口にした。
「お前、魔導者の成り立ちを知っているか?」
「噂しか」
魔導者はこの世の理から外れた人間、いや現人神であると言われている。
噂では神の迷宮の攻略者であるとも言われていた。
その噂が真実だったということだろうか。
「魔導者となった者は最初七人いた。彼らは同じパーティメンバーとして神の迷宮を攻略した」
「噂ってたまに真実なんだな」
「今も現存している攻略者は四人。その一人から直接聞いたことがある」
「え?」
「彼らが攻略したのは神も神、どうも自然系の神の迷宮だったらしい。正に幻夢の世界だ。神の迷宮というものは本来人間が攻略出来るようなものではないという話は知っているだろう? しかし彼らはそれをうっかり攻略してしまって神がごとき力を手に入れた。具体的に言うと不老と異能だ」
「不老と異能……」
「まぁ人間の尺度で言うとそう表現するのが近いといったものだ。ともかく人が持つには過ぎた力だ。彼らは超越者として、極力表に立たないことに決めて、平等になるようにバラバラに違う国の相談役のような立場に潜り込んだ。長い歳月を過ごし、その中で三人は既に超越者でいる事に飽いて眠りに就いた」
「すげえ端折ってるけど大変な話だな」
「うむ、門外不出の話だ」
「ちょ、おい!」
「大丈夫。いざとなったら記憶を改竄することぐらい出来る。殺されはしないさ」
「いやいや、記憶いじられるとか嫌だから」
「俺も嫌だからばれないようにな」
「お前ね!」
そんな重大な打ち明け話を不味そうなカフェオレを飲みながら語るな!
てか由美子と浩二を部屋に戻らせておいてよかった。
ついでにカラス対策にカーテン閉めておいてよかった。
「そういう訳でうちの家系は迷宮にはある程度詳しい。だが、今ここに出来た迷宮は少々普通の物とは違うな」
「そうだな」
普通迷宮というのはその迷宮を作り出した怪異の夢の世界だ。
とりとめもなく、物理法則がむちゃくちゃで、何が起こるかわからない世界、それが迷宮というものである。
しかしこの街に出現した迷宮はそういった今まで知られている迷宮とは全くおもむきが違っていた。
大きな違いとしては、決まった到達点に行く必要はあるが、そこを使って攻略途中でも出入りが出来るということ。まるでゲームのセーブポイントのようなものがあるのだ。そしてなによりも全ての物事に一定の法則性がある。
特集番組でも言われていたが、この街に出来た迷宮は、ほとんどゲームのような迷宮なのである。
というか、終天がわざわざゲームを真似して作ったと考えていいだろう。
「で、迷宮の話が出たということは、伊藤くんは迷宮に囚われたということでいいのか?」
「あ、うん、実はもうちょっと複雑なんだけどな。正直なんでそうなったのか未だにわからないというか」
「細かいことはいい。迷宮に潜るなら俺の力はおそらく役立つ。連れて行け」
「えっ!」
「俺も初代の力に比べたら大したことはないが、ある意味迷宮とは相性のいい力を持っている。友人と同僚を助けることが出来るなら日常に役立たないこの力も意味があったというべきだろう」
「いいのか?」
「ついでに貸している勝負に決着を付けたい」
「いや、それ、貸しているって酒呑にだよな? 無茶はやめろよ?」
「どの口がそれを言うかな? とは言え、俺の力に決定力はないからな。勝負を付けるのはお前に譲る」
「そう、か」
流が伊藤さん救出に付き合ってくれるとなって、俺は急激に押し寄せる不安に震えた。
吐き気がするような気分の悪さの理由はわかっている。
流も伊藤さんも俺にとっては怪異とは関わらない日常の象徴だった。
とうとうその境目が入り混じってしまったという後悔と、そして同時に感じる安堵に、俺自身に対して嫌気が差したのだ。
もうどちら向けの仮面も被る必要もない。
俺は俺でいいのだと、一瞬そんな風に安心してしまった。
そんな場合ではないのに、そんな気持ちになった自分にムカついたのだ。
「ダメだなぁ俺は」
「馬鹿だな。完璧な人間には友達なぞ出来ないんだぞ。ダメでよかっただろうが」
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