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第五章
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ソフィアは、何度目かの吐息を小さく漏らした。
頬にはまだ涙の跡が残り、指先はシーツをぎゅっと握り締めたまま。だが、その身体の奥では、まだ微かに余韻が脈打っていた。
ルゥは彼女の髪を梳きながら、静かに囁いた。
「大丈夫、もう何も恐れることはありませんよ。あなたは、きちんと“選ばれた”のですから」
「……そんなの、勝手に……誰も、私に……」
「……ええ。あなたの意思ではなかった。でも、ここでは――心よりも先に、身体が真実を語るのです」
塔の空気は甘く、ゆっくりと、確実にソフィアを蝕んでいった。
羞恥と快楽と絶望のすべてを、柔らかな光と、心地よい眠気に包み込むように。
ルゥは寝台の傍を離れ、最後に一度だけ振り返った。
「次に目覚めるとき、あなたの心はきっと、ここに根を下ろしていますよ。……“塔の花嫁”として、ね」
そう告げて扉が閉じる。
そして――
夜が来た。
***
その夜、アゼルは部屋を訪れなかった。
代わりに、塔の最上階のバルコニーから、濃い霧に煙る世界を眺めていた。
その横顔は、美しくも冷たく、どこか哀しみすら宿していた。
「……あと、十日。塔の魔力の均衡は完全に整う。彼女の“核”が目覚めれば、この世界はまた動き出すだろう」
彼の掌には、かすかにソフィアの体温が残る指輪があった。
「拒まれてもいい。泣かれてもいい。それでも私は、彼女を……」
その時、静かだった塔の空気に、柔らかな声が響いた。
「アゼル様。……私、少しだけ、あなたのことを知りたいと思ってしまったの」
振り返れば、そこに立っていたのは――
レースのローブに身を包み、まだ震える足で、それでも確かにこちらを見つめるソフィアだった。
「……ソフィア……」
「私は……まだ混乱してる。でも、あなたが私に触れた時、何もかもが消えて、ただ温かかった。だから……」
彼女は目を伏せて、震える声で続けた。
「……せめて、愛される理由がほしい。そうじゃなきゃ、わたし、自分を許せないから」
アゼルはゆっくりと歩み寄り、彼女の頬に触れた。
その指先に、かすかに震える温もりが宿る。
「ならば、教えよう。愛するとはどういうことか。……この手で、お前にすべてを教えてやる」
そして、二人の唇が、静かに重なった。
夜の風が塔を撫でる。
それはまるで、契約を越えた“真の愛”が始まったことを告げる風だった。
千年に一度の“選ばれた花嫁”は、こうして塔の心を知り、魔導師の孤独を溶かしていった。
塔の灯りが、夜空にまたひとつ、優しく揺らいだ――
頬にはまだ涙の跡が残り、指先はシーツをぎゅっと握り締めたまま。だが、その身体の奥では、まだ微かに余韻が脈打っていた。
ルゥは彼女の髪を梳きながら、静かに囁いた。
「大丈夫、もう何も恐れることはありませんよ。あなたは、きちんと“選ばれた”のですから」
「……そんなの、勝手に……誰も、私に……」
「……ええ。あなたの意思ではなかった。でも、ここでは――心よりも先に、身体が真実を語るのです」
塔の空気は甘く、ゆっくりと、確実にソフィアを蝕んでいった。
羞恥と快楽と絶望のすべてを、柔らかな光と、心地よい眠気に包み込むように。
ルゥは寝台の傍を離れ、最後に一度だけ振り返った。
「次に目覚めるとき、あなたの心はきっと、ここに根を下ろしていますよ。……“塔の花嫁”として、ね」
そう告げて扉が閉じる。
そして――
夜が来た。
***
その夜、アゼルは部屋を訪れなかった。
代わりに、塔の最上階のバルコニーから、濃い霧に煙る世界を眺めていた。
その横顔は、美しくも冷たく、どこか哀しみすら宿していた。
「……あと、十日。塔の魔力の均衡は完全に整う。彼女の“核”が目覚めれば、この世界はまた動き出すだろう」
彼の掌には、かすかにソフィアの体温が残る指輪があった。
「拒まれてもいい。泣かれてもいい。それでも私は、彼女を……」
その時、静かだった塔の空気に、柔らかな声が響いた。
「アゼル様。……私、少しだけ、あなたのことを知りたいと思ってしまったの」
振り返れば、そこに立っていたのは――
レースのローブに身を包み、まだ震える足で、それでも確かにこちらを見つめるソフィアだった。
「……ソフィア……」
「私は……まだ混乱してる。でも、あなたが私に触れた時、何もかもが消えて、ただ温かかった。だから……」
彼女は目を伏せて、震える声で続けた。
「……せめて、愛される理由がほしい。そうじゃなきゃ、わたし、自分を許せないから」
アゼルはゆっくりと歩み寄り、彼女の頬に触れた。
その指先に、かすかに震える温もりが宿る。
「ならば、教えよう。愛するとはどういうことか。……この手で、お前にすべてを教えてやる」
そして、二人の唇が、静かに重なった。
夜の風が塔を撫でる。
それはまるで、契約を越えた“真の愛”が始まったことを告げる風だった。
千年に一度の“選ばれた花嫁”は、こうして塔の心を知り、魔導師の孤独を溶かしていった。
塔の灯りが、夜空にまたひとつ、優しく揺らいだ――
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