『Make the King Cry』《メイク・ザ・キング・クライ》  ──王者に涙を

NAYUTA

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控室〜折れた王者

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静まり返った控室。

床に響くのは、ソファの軋みとスマホの通知音だけだった。

「……誰も、入ってくるな」

その一言で、人影は消えた。

スタッフも、マネージャーも、言い返せる者などいない。

ひとり残された鷹城大牙は、筋肉の痛み以上の重さに苛まれながら、ソファへと崩れ落ちた。

全身から熱が引き、肉体はまるで、ただの重く湿った肉塊と化していた。

額に手を当て、深く息を吐く。

喉は渇いていた。だが、水を飲む気にもなれない。

その指の間を、振動が滑り込んできた。

スマートフォンの通知。

いつも通りのことだった。

彼は、“鷹城大牙”という名前が付いた投稿があれば自動通知が来る設定にしていた。

王者としての自負。世間の目に晒され続ける者の、矜持。

しかし、その夜。 

その通知は、まるで刃物のようだった。

恐る恐る、ロックを解除する。 

画面には、派手な見出しが踊っていた。


《“伝説のケツ固め”爆誕!》

《三崎陸翔が王者に放った美技。まるで芸術》

《鷹城大牙、悶絶! 顔が、尻が……すべてが晒された夜》

《SNSトレンド1位「#ケツ固め」爆進中》

《プロレスファンも唸る完璧な尻技。これは名シーンだ!》

指が止まる。

そして、震え出す。

大牙は、硬直したまま、投稿をタップした。

映像が始まる。

スロー再生。

──それは、紛れもなく、自分だった。

絞られた背筋。

張り出した大腿筋。

しかし、そこには“誇り”ではなく“敗北”が刻まれていた。

三崎陸翔が、王者の身体を完璧にコントロールしている。

その脚で腰を挟みこみ、鍛え抜かれた王者の身体を反らせ、無様なほどに尻を突き出させ、胸を床に押しつけて――

完璧なエビ固め。

まるで美術館の彫像のように、照明が汗を光らせる。

「ほら! この角度、この曲線! あの王者の……この尻を見てください!」

解説者の声が、痴笑に近い色気を帯びていた。

スタジオのMCが、耐えきれないというように吹き出す。

「すごいっすね……いや、いや……これ“本当に”芸術ですよね!?」

「まさか“鷹城大牙”の……こんなセクシーショットで盛り上がるとは……」

「まじで“永久保存版”だわ。スクショが止まらん」

観客席からも拾われた声が入っていた。

「ヤッバ、あの王者のケツ、めっちゃ美しいじゃん……」

「三崎の腕と太ももエグい! エロすぎる!」

「ケツ固め、伝説!」

「伝説!」

「伝説!」

もはや、映っていたのは“勝者の背”ではなかった。

自分の顔。

歯を食いしばり、汗と苦悶にまみれた表情。

そこに「美しさ」など存在しない。

あったのは“痛み”と“屈辱”だけだった。

だが――その“屈辱”こそが、彼らの歓喜の源だった。

「っ……あ……」

呻いた声が喉奥で引っかかった。

拳が震え、スマホを落とす。

画面が床にぶつかって、跳ねて、裏返った。

逃げられたはずの映像が、瞼の裏に焼き付いて消えない。

「……伝説の、ケツ……固め……?」

その言葉を、誰よりも信じたくなかった。 

だが、否応なく心に染み込んでくる。

鷹城大牙。

最強の王者。

誇り高き男。

その名が、今夜からは――

“あの尻の人”

そう記憶される。

脂汗が、背中を伝う。

心臓が、まるで空洞を殴られているように脈打つ。

呼吸が浅い。

肩が震える。

身体の熱が、指先から抜けていく。

どれほどの鍛錬を重ねようと、どれほどの勝利を積み重ねようと、たったひとつの敗北で、すべては、嘲笑へと変わる。

王者は、リングでは負けた。

だが今、この部屋の中で──

鷹城大牙は、男として、人格として、魂ごと折られていた。

誰にも見られず、誰にも救われず。

一人、照明の落ちた控室で。


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