『Make the King Cry』《メイク・ザ・キング・クライ》  ──王者に涙を

NAYUTA

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復帰へのプレリュード

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鷹城大牙──かつて“絶対王者”とまで謳われたその名が、今では異なる文脈で語られている。

「……もう、戻ってこないんじゃないか」

「いや、怪我って話だけど、実質の引退でしょ」

誰もが口には出さずとも、空気が物語っていた。

控室の中、誰ひとり彼と目を合わせようとはしない。

若手選手はぎこちなく頭を下げ、すぐに距離を取る。

関係者もまた、わざとらしい気遣いと無言を取り繕って彼を避けた。

SNSでは毎日のように、あの屈辱の映像が拡散されている。

「伝説のケツ固め」──そう名付けられた技のGIFは、幾つもの角度から繰り返し投稿され、大牙の名は敗北の象徴として消費され続けた。

苦悶の表情を浮かべる彼の姿。

極められ、宙に浮き、無様に崩れ落ちた肉体。

コメント欄には、

《美しすぎて笑える》

《まさに芸術、彼の尻がなければ完成しなかった》

《ケツを極められた王者www》

──拳が、震えて止まらなかった。

スマートフォンは既に通知を切っている。

けれど、見ていないだけで、すべては流れ続けているのだという実感が、何よりも重かった。

自分の名が、かつてないほど広まっているというのに──それは全て、恥辱の記号としてだった。

そして、団体の誰もがそれを口にしない。

練習場にも顔を出さず、誰とも話さず、ただ沈黙の中で彼は存在を薄めていく。

絶対王者は、沈黙の檻の中に閉じ込められていた。

一方、団体の本社屋にある会議室には重く沈んだ空気が漂っている。

昼下がりの蛍光灯の下、スーツ姿のフロント陣が一様に資料に目を落とし、しかしその多くは、そこに記された数字ではなく、目の前に座る男の表情をうかがっていた。

「鷹城は……正直、もう無理でしょう」

最初に沈黙を破ったのは営業部の課長だった。

年季の入った革靴を組み替えながら、目線を斜めに落としつつも断言する。

「年齢的にもピークは過ぎてましたし、例の“ケツ固め”の件以降、彼の名前が出るたびに笑いがついて回る。プロレスラーとしては、致命的ですよ。スポンサーの反応も冷ややかです」

別の役員がそれに頷いた。

彼は書類の山の奥から一枚、SNS上でバズっているGIF画像を印刷した紙を取り出す。

「今や“鷹城大牙”で検索をかけると、出てくるのは全部、例の技を極められてる瞬間ですよ。あの表情、決まりすぎてて“芸術”だなんて揶揄まで飛び出してる始末です」

「もう、あの人をリングに戻す理由がないってことでしょ。観客は新しさを求めてる、、そこに三崎が彗星のように現れた、有難いことだ」

ざわめきの中、誰かが口にした名前に空気が変わる。

「三崎陸翔。あの試合以降、フォロワー倍増ですよ。数字も爆伸び。女子人気、スポンサー受け、話題性――すべて揃ってる」

「俺たちは“稼げる素材”を選ぶだけ。鷹城が居なくなっても、団体は痛くも痒くもないさ。むしろ、若手の時代を押し出せる分、都合がいいくらい」

そんな意見に同調するように、数人のフロントが小さく頷いた。

「その通り。三崎さえ、その気になってくれたら……」

そこまで言ったときだった。

静かに、会議室のドアが開いた。

「――その気、ですか?」

全員が振り返った。黒のジャージを纏った三崎陸翔が、足音もなく入室してきた。 

若さと切れ味をまとったその佇まいに、一瞬、空気が凍る。

「俺は、別に誰かを蹴落としたくて勝ったわけじゃない。でも、団体が俺で稼ぎたいって言うなら、ひとつだけ提案があります」

張り詰めた空気の中、彼はさらりと告げた。

「鷹城さんを、俺のスパーリングパートナーとして復帰させてください」

どよめきが起こる。

「え……でも彼は……」

「怪我でまともに動けないって話もあるし……」

「むしろ、三崎くんと並ばせることで商品価値が下がるって見方もある」

そんな反対の声に、三崎は静かに言葉を重ねた。

「分かってます。でも、俺はもう一度、あの人と向き合いたい。口じゃなく、身体で言葉を交わす。リングの上で、あの人に“何か”を取り戻してもらいたいんです」

沈黙の後、三崎は薄く笑った。

「面白いからですよ。団体にとっても、俺にとっても。“敗れた王者を救った英雄”って話、悪くないでしょ。しかも、あの鷹城大牙がですよ」

その響きに、会議室の空気が再びざわつき出す。

「確かに……話題にはなるな」

「“再起不能の王者が、スパーリングで蘇る”って筋書き、いけるんじゃないか?」

「グッズも展開できるだろ。“伝説のケツ固め”技フィギュアとか。Tシャツとか。イベント化すれば、メディアも来る。スポンサーにも押せる」

「PVに“もう一度、ゼロから始めさせてください”の台詞を入れれば、熱い演出になるぞ」

誰かが笑いながら言ったその瞬間だった。

三崎は静かに、しかしはっきりと言った。

「じゃあ、復帰の条件として、リングで言わせましょう。“俺は三崎陸翔に勝てなかった。だから、彼に従う”って」

空気が、止まった。

その場にいた全員が三崎を見た。ふざけていない。本気だ。その瞳には、あの夜、崩れ落ちた“王”の姿を見据える、残酷なほどの冷静さが宿っていた。

――しかし、それが全てではなかった。

三崎の目に浮かぶのは、あの瞬間、リングで苦悶しながらも誇りを捨てなかった鷹城の背中。

あの王者は、まだ終わっていない。だからこそ、再び立たせるために、誰よりも深く突き落とすのだ。

英雄の物語には、時に冷たさが必要だった。

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