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第1章 オルドウ編
夕連亭 9
結局、決定的な情報を手に入れることはできなかったが、それでも酒の入ったウィルさんからいくつかの情報を手に入れることには成功した。
今夜の宿泊客が俺以外に8組いるということ。その内、3組は常連客だということ。
ウィルさんたち従業員は11刻(22時)から11刻半(23時)には就寝すること。
ヨマリさんは、宿でひとり何かを考え込んでいる時間があるとのこと。
明後日には故郷の村に戻ること。
などなど。
ちなみに、あの怪しい2人組は常連客ではない。
ウィルさんが言うには、面識がないとのことだ。
明らかに、ヨマリさんは知っていそうなのだけど、ウィルさんは知らないということなんだろうな。
……。
大した情報ではないが、何もないよりはましだな。
しかし、通常なら11刻半には就寝するウィルさんが、なぜあんな時間に食堂にいたのだろうか。
24時から厨房に籠ろうと考えていたが、ウィルさんの部屋を見張った方がいいのか?
いや、従業員室の前で見張るのは現実的ではないな。
24時になった。
どうすべきか悩んだが、ここは初志貫徹。厨房の一隅に隠れることにする。
忍び足で1階に降り食堂へ向かう。
前回と違い扉は閉まっている。物音もしない。
夕食後、ウィルさんの部屋の前で見張りはできないものの、ずっと神経を集中して宿内の音に耳を傾けていた。今のところ、何も起こっていないはずだ。
突発的な事態にも対応できるよう身構えながら、ゆっくりと扉を開ける。
「……」
よかった、まだ何の異状もないようだ。
ホッと胸をなでおろす。
食堂の中に足を踏み入れる。
前回同様にうっすらと明かりが灯っている。
そして、これは、違和感?
「……」
思わず足が止まってしまう。
前回も感じたような気がする、この違和感。
全く見当がつかない。
「……」
食事時にはほとんど感じることもないのだが、前回に続き深夜の食堂ではなぜだか感じてしまう。
とはいえ、今はもうあまり感じない。
すぐに消えてしまう程のものでもあるし、身体に問題もない。
うーん?
ひょっとすると、精神的なものなのか?
警戒心のあまり、感じてしまうとか。
考えても無駄だな。
そんなことより、今はすることがある。
食堂内を歩き問題がないか確認した後、厨房に入る。
当然のことながら、厨房内にも誰もいない。
厨房の一隅、食堂内からは簡単に見えないが、食堂入り口を監視できるような場所に腰を下ろす。
「ふぅ~」
ここまでは予定通り。
問題なのは、俺が隠れているのを看破されないかということ。
この世界には気配を察知したり消したりすることに長けている者がいるのかもしれないからな。
そんな者が襲撃してくるとなると、隠れている俺に気付く可能性もある。
もちろん、俺も気配を消すことくらいはできる。どちらかというと、得意なくらいだ。
伊達に30年も異世界を想定して武術を修行していない。
ただ、それがこのオルドウで通用するかどうかが問題だ。
ゆっくり深く呼吸をし、己の気配を薄めていく。
「……」
可能な限り気配を消して、あとは待つだけ。
オルドウの時間に合わせた時計を眺める。
俺が首を斬られた時間まで約2時間。
それまでの間にウィルさんが食堂に入って来るはずだ。
「……」
あの時は背後に人の気配など感じなかった。
ウィルさんの姿に動揺していたので気付かなかったと思っていたが、あの時俺が食堂に入った時点で第三者が食堂内にいた可能性もある。
ということは、ウィルさんの前に誰かが入ってくる可能性もあるな。
まあ、いずれにしても己の気配を操ることに長けた者がいるということだろう。
自分の気配を自在に操ることができる手練れか。
「……」
そんな奴とこれから対峙するんだな。
武者震いするような興奮が俺を包んでくる。
が、それと同時に。
「……くっ」
少し息が苦しくなってしまう。
「はあ」
ずっと考えないようにしていたけれど。
この厨房、この薄明かり、否応なくよみがえるあの記憶。
……。
だめだ、考えるな。
「はあ、はあ」
苦しくない、大丈夫だ。
この息苦しさなんて、脳の作り出したまやかし。
それに、リセットがある。
いざとなれば戻れるんだ。
だから、落ち着け。
……。
大丈夫。
そんなことより、今はウィルさんを助けることだけに注力するんだ。
それだけに心を傾ける。
そう、それだけ。
約1時間経過するも何も変わりがない。
「……」
ある程度、この状況に慣れてきた俺が厨房内を眺めていると、どうにも気になるものが目に入ってきた。
厨房の片隅にある台座の上に置かれた円柱形の木彫りの物体。
半径4、5センチ、高さ20センチほどのそれは、何と言うかこの厨房に似合わない。
表面に文様が彫られており、それが顔にも見えるため、こけしのように感じてしまう。
が、角度を変えてみると厳かな雰囲気の彫り物にも見えてくる。
どうにも気になって……。
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