30年待たされた異世界転移

明之 想

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第2章 エンノア編

珈紅茶館 1

「それより、早くオルドウに戻った方がいいですよ。診察も必要ですからね」

「そうでした……弟の怪我なのにすみません」

「ここからだと、獣道に戻れば常夜の森からもすぐに出ることができますので」

「あの……ここまでしていただいて厚かましいのは重々承知しているのですが……。一緒にオルドウまで戻っていただけないでしょうか?」

「姉さん、おれなら大丈夫だ」

「アル、でもね」

「いいですよ、私も帰るところでしたから」

「本当ですか、ありがとうございます」

「では、私の後についてきてくださいね」

「その前に、魔物はあのままでいいのか?」

 ん?
 ああ、素材か。




 常夜の森で助けた姉弟。
 姉のシアと弟のアルを連れてオルドウに戻った俺はギルドに寄らず宿屋に直行。
 その日はそのまま日本に帰還することにした。

 明けて翌日。
 翌日、いや翌々日なのか?
 もう、よく分からなくなってきたな。

 ここのところ、以前にもまして時間の感覚がおかしくなってきた気がする。日本とオルドウを頻繁に行き来して、さらに時間の進み具合も違うときたら、そりゃ、体内時計もおかしくなってしまうというものだ。

 オルドウと日本での時間のやりくりについて、ある程度は規則的な行動パターンを身につけた方が良いのかもしれないな。

 それと……やっぱり、1人暮らしも始めた方がいいか。

 突然部屋からいなくなって数時間後に部屋に直帰なんていう生活を不規則に行っている現状。
 もし家族に気付かれでもしたら、困ったことになる。
 1度や2度はごまかせても、頻繁に見つかってしまうとなぁ。
 下手をすれば露見につながる危険性もある。

 となると、問題はお金だ。
 20歳のこの身では貯えている金額も大したことはない。
 1人暮らしを維持するために必要な金額を考えると、心許ないものがある。
 苦しいところだが、何とかするしかないか。




********************




「それで、少しは落ち着いたか?」

 20歳に戻ってから頻繁に訪れている珈紅茶館。
 当初の懐かしい気持ちはとっくになくなり、今や常連のような感覚になっている。

 そんな珈紅茶館で珈琲を飲んでいる俺の隣には、この暑いのに相変わらず長袖を着た幸奈が座っている。

「うん……全部解決したとは言えないけど、家の方も少しずつ落ち着いてきたよ」

 この珈紅茶館にふたりでいる時に幸奈の親から電話があった日から随分時間が経過したように感じられるが、実際はそんなに日数は経っていない。

「それは良かった」

 とは言ったものの、幸奈の顔を見ていると、その言葉がふさわしいようには思えない。
 いつもの明るい表情が嘘のように翳っているからな。

「ありがと……」

 こちらに気を遣ってそう言っているだけで、家の中はまだ大変なんだろう。

「……詳しいことは聞かないんだね」

「幸奈が話したかったら、いつでも聞くけど」

「……」

「無理に聞く気はないよ。この前も……いや、いつもそうだけど、幸奈だって俺が話したくないことを強引に聞かないだろ」

 幸奈はそういう性格だ。
 普段は強引なところもあるが、大事な局面では無神経なことはしない。
 先日俺が悩み落ち込んでいる時も、詳しいことは聞かずに励ましてくれた。
 本当に感謝している。

「そうだけど」

「それとも、今話してくれるか?」

「それは……」

「まっ、また気が向いた時にでも話してくれたらいい」

「……うん」

 今は話がしづらい状況なんだろう。
 それでも、幾分か表情はましになった。

「いつも、ありがと」

「お礼を言われることじゃない」

「そんなことないよ。でも……その時が来たら聞いてね」

「もちろん。嫌と言っても聞いてやるから」

「フフ、ありがと」

「これ以上ありがとは要らないぞ」

 話を聞くことなど、なんて事はない。
 少しでも力になれたら、それでいい。

「了解。はい、こんな話はもうやめです」

 ポン、ポンと両手の掌を軽く叩き笑顔を見せる幸奈。
 翳りは嘘のように消えている。

 切り替えが早いのは美点だよな。



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