令嬢連続誘拐事件

明之 想

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 どれだけの時間意識を失っていたのだろう。

「……もう、やめて……」

「……ですが……」

「だから……あなたの話は聞きたくないのよ……」

 ナナ嬢の金切り声を耳にして、急激に意識が浮上していく。

「ナナ嬢、言葉が過ぎるぞ」

「そちらのメローネ嬢が、あり得ないことばかり口にするからですよ」

「メローネは希望を捨てていないだけだ」

「希望? この期に及んで希望?」

「ああ、希望だ」

 今はナナ嬢とククミス嬢が言い争っている。

「希望なんて、どこにもないんです」

「どうして断言できる?」

「見たからですよ、現実を」

 諦観に身を任すナナ嬢の顔には、さっきまでの怯えは全く残っていない。

「ククミス様も見たでしょ?」

「……」

「シトロン嬢がバケモノに連れ去られるところを」

 えっ!
 シトロン嬢が?

 さっきの悲鳴は彼女の声だったのか?

「あれを見れば一目瞭然です」

「……」

「バケモノ相手に希望なんて持てるわけがない」

「そんなことないです!」

 口を噤むククミス嬢に代わって強く言い放ったのはメローネ嬢。

「希望は消えてませんから」

「はは、馬鹿馬鹿しい」

「馬鹿馬鹿しくもありません」

「メローネ嬢……。あなたはどうしてそこまで楽観できるんです?」

「それは……」

「自分だけは助かると思ってるんですか?」

「ち、違います」

「違うなら、なぜ楽観ばかりを? 妹たちもアポ嬢もシトロン嬢も連れ去られたというのに」

「……」

「まさか、あなた内通してるんじゃ?」

 内通?
 メローネ嬢が裏切っていると?

「っ!?」

「即座に否定しないとは……」

 さらに顔色が悪化しているナナ嬢。
 異常な圧力を醸し出している。

「やはり、あやしいな」

「ナナ嬢、それ以上はやめてもらおう」

「……」

「こんな状況下でも、グリーン家への侮辱は見過ごせないぞ」

「私は侮辱したわけではありませんよ。ただ、いつまでも楽観的なメローネ嬢が怪しいと思っただけで……」

 内通者の存在があり得ないわけじゃない。
 私も何度か考えたものだ。

 とはいえ、この4人の中に内通者がいるというのも……。
 そもそも、内通してどんな利点があるというんだ?

「いつまでもということなら、いつまでもここに残っているナナ嬢もあやしいだろ」

「なっ! 妹たちを連れ去られた私が内通者なわけないでしょ」

「どうだかな」

「……」

「……」

 室内の空気がとんでもないことになっている。
 
「……」

「……」

 これまでの経緯を見て、4人の中に内通者がいるとはとても思えない。
 ただし、もし仮に内通者がいるとしたら、恐ろしい程の演技力だ。
 そんな令嬢がここに……。


「……」
「……」
「……」
「……」

 室内に沈殿する疑心に満ちた空気を斬り裂いたのは。

 ゴゴォォォ!!

 またしても、あの扉だった。


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