いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第七章~おごりの盾~

四百六十六話【SIDE:陽平】

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 逸る想いで、眠る成己の服を脱がせていく。
 ぷつり、ぷつりと。シャツのボタンを一つ外すごとに、プレゼントの包みを剥がすような喜びと背徳に胸が支配された。
 
「あ、っと……ここは」
 
 腕の拘束のために、シャツを脱がすことはできない。出来る限り小さく丸めて、腕に巻き付ける。
 華奢な脚からパンツをするりと抜きとり――俺は息を飲んだ。
 
 ――成己ッ……綺麗だ……!
 
 白く滑らかな肌。どこもかしこも華奢な輪郭が、ぼうとけぶるようだった。
 なだらかな胸に浮かぶ桃色の突起。あわく浮き上がった肋骨。閉じた太ももの奥の、淡い色の蕾……。
 
「あぁ……」
 
 瞬きも忘れ、見惚れてしまう。
 心臓が壊れそうに鼓動し、頬が燃えるように熱を持った。
 絵画の天使のように、犯しがたい。……あちこちに散る野江の痕跡がいたましく、下等なものに思えてならなかった。
 
「……くそッ……あの野郎!」
 
 胸の真ん中にある、真っ赤な痣を睨みつける。――”この心臓さえ俺のものだ”、という野江の執着が見てとれて、不愉快だ。
 
 ――浅ましい真似を……成己を、我が物顔に……!
 
 衝動のまま、赤い痣に爪を立てると、成己は微かに身を捩った。
 
「う……っ」
 
 はっとして、指を引く。幸い、目を覚ます気配はない。
 
「――」
 
 成己は自分の肌が男にさらされているとも知らず、静かな寝息を立てている。その無垢さに、罪悪感に胸が軋んだ。
 
『陽平、恥ずかしい……』
 
 ふと、泣きそうな声が蘇る。
 俺達の最後の日――成己を手に入れかけたときのことを、急に思い出していた。
 
 
 
 最初は、別れたくないと泣いた成己を、もっと深く傷つけてやりたかっただけだった。……野江に差し出したなら、と見当違いに嫉妬していたのもあったかもしれねえ。
 
『陽平……許して』
 
 けれど、怯えながらも従順に身を差し出した成己に、いつしか燃え立つような欲望を覚えていた。俺の愛撫に、泣きながら震える成己が、びっくりするほど愛おしくて。
 強引に組み敷いて、別れるつもりなのも忘れて、俺は――。
 
「ごめんな……」
 
 華奢な身体を、そっと抱きしめる。白い肌から、濃密な薔薇の匂いが立ち上った。――作り物の匂いは、成己の肌に染みついたアルファのにおいを紛らわす。
 
 ――でも……かわりに、お前の香りの邪魔もしてる。
 
 あのときは、お前の匂いしかしなかったのに。
 
『怖いよっ……いやだぁ……』
 
 怯えた泣き声が耳に蘇る。
 ちゃんとわかってたのに……優しくしてやれなくて、ごめんな……。
 白い肩に額づき、記憶の中で泣く成己に謝る。頬を包み、やわらかな唇にくちづけた。反応を返さない唇を優しく吸うと、成己は吐息をもらす。
 
「……ひろ、ちゃ……」
「……っ」
 
 夢うつつに、野江の名を呼ぶ。
 お前が望んでいないことを、俺はしているよな。……でも、もう一度愛したい。俺に、愛する余地はあるのか、お前が示してみせてくれ――。
 
「成己……」
 
 俺は、手のひらで両頬をつつんだ。やわらかに俺の手を押し返す肌を傷つけないように、優しく撫でおろす。細い首を、肩を慰撫すると……成己は小さく眉を寄せた。
 
「……ん……っ……」
「成己……痛くないか?」
 
 小さな体を傷つけないよう、こわごわと触れる。俺の手の中で、成己は吐息を震わせ、身を捩った。
 もっと深く触れたい。同時に、今まで触れたどんなものより、優しく扱いたかった。
 
 ――すげえ、きもちいい……。
 
 成己はなめらかで、やわらかくて……永遠に触れていたかった。ぎゅっと抱きしめて、胸にキスをする。
 
「あ……」
 
 薄く開いた唇から、甘い吐息が漏れる。胸を衝かれ、頬に血が上るのを感じた。
 
「成己……もっと……もっと、聞かせてくれ」
 
 俺は成己を見上げ、懇願する。――ここが、心地いいのか? 成己の反応を窺いながら、唇で愛撫する。
 
「……ぁ……っふ……」
 
 成己は眠ったまま、愛撫に感応していた。愛しいオメガが、俺のために……そう思うと、魂の奥底から震えるような、喜びが溢れてくる。
 俺の指や、からだに成己が感じてくれている。その事実が、こんなに嬉しい。征服欲や、欲望を駆り立てるだけじゃない。愛するオメガに許されている実感だった。
 
 ――成己、成己……俺を受け入れてくれるのか? だったら、ここは……?
 
 脚の間に、そっと手を伸ばす。濡れた蕾を手に包み、快楽を与えると、成己は子猫のような声を上げた。
 
「あぁ……っ」
 
 なんて、甘い。――耳から、幸福の震えが走った。
 もっと聞きたい。夢中で手を動かすと、成己は「ああ」と可愛らしく泣く。興奮に息を荒らげて、夢中で愛撫を与えていると、成己の吐息がますます切羽詰った。苦しそうによった眉根に、愛おしく口づける。
 
 ――大丈夫。このまま、いかせてやるから。
 
 俺がお前を……そう思ったときだった。
 
「ひろ、ちゃん……」
 
 小さな唇が、あいつを呼ぶ。
 俺は、ひゅっと息を飲んだ。


 
「……ひろちゃ……」
「……っ!」
 
 成己は顔を真っ赤にし、身を捩る。浅く速くなる吐息の合間に、成己は野江の名を呼んだ。何度も、そばにいることに疑問などないように。
 そのとき悟った。かたく閉じられたまぶたの裏で、成己は野江と睦みあっている……。
 俺じゃ、ない。
 
「……なんでッ!」
 
 泣きたいほどの嫉妬に、喉の奥から唸り声が漏れる。
 
 ――成己……違う! お前に触れているのは、俺なんだ……!
 
 ベッドに押し倒し、愛撫を激しくする。成己は、きれぎれにあの男の名を呼んだ。このキスも、愛撫も……あの男だから許しているのだと、その従順さで俺にしめすように。
 
 ――くそ……、くそ……くそっ……!
 
 熱い涙が、きつく噛み締めた唇を伝った。
 
「あ、ああ……ひろ、ちゃぁ……っ」
 
 細い脚が、俺の手をきゅうと挟みこんだ。それから、くたりと力を失う――手の中にとろりと蜜が伝うのを感じた。何の達成感もない。
 
「は……うう……」
「ぁ……ふ……」
 
 甘く細い吐息と、俺の啜り泣きが、部屋にこだまする。
 
 ――野江を、そこまで……おまえはっ……!
 
 あまりの虚しさに、嗚咽する。とろりと熟した水蜜桃のようにベッドに横たわる成己を、ボウと見つめた。喉がカラカラに乾き、胸から血を噴きだすようだ。
 
「でも、俺は……はなしてやれねえ……」
 
 自分でもゾッとするほど暗い声が、唇からこぼれだした。
 細い足首を、両手に掴んだ。指が食い込むほど、力を込める。
 
 ――全部、塗り替えればいい。俺のものに……
 
 お前の中にいる野江を追い出してやる。
 真っ黒い衝動のまま、成己に覆いかぶさる。濡れた唇を奪おうとしたとき――目の前で、長い睫毛が震えた。
 
「――え?」
 
 そして、はしばみ色の目が、驚愕をもって見ひらかれた。
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