いつでも僕の帰る場所

高穂もか

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第八章~遥かな扉~

四百八十一話

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 転機が訪れたのは、思いのほかすぐやった。
 その日の夜――お風呂上りに、ベッドで寛いでいたときなん。
 

 
 ぼくは、ほかほかと湯気を立てながら、ベッドの上で決意していた。
 
 ――まずは、手紙で気もちをつたえよう!
 
 ふんす、と気合を入れる。せめて、綾人にちゃんと言葉を伝えたいと思ったん。ぼくのスマホは、城山さんに攫われた時に壊れてしまって、自由に連絡もままならへんから。

「せめて、直筆のお手紙なら、気もちが伝わるかもやんね……明日、なんとかポストまで行かせてもらって……」

 お昼に書き上げた手紙を胸に抱えてたら、ベッドの片側がギシリと沈んだ。

「成、どうした?」
「あっ、宏ちゃん」

 ぼくと同じく、湯上りでほかほかの宏ちゃんが、不思議そうにのぞき込んでいる。ぼくは、わたわたと手紙を置いて、話す。

「あのね……じつは、聞いてほしいことがあるんよ」
「ふむ?」

 宏ちゃんは目を丸くして、ふっとほほ笑む。

「じゃ……その前に、髪を乾かそうな。おいで」
「わぁっ」

 宏ちゃんがふかふかのタオルで、ぼくの頭を包んでくれた。優しく髪の水分を拭われたら、次第に緊張が解けて、うっとりとしちゃう。
 
 ――きもちいい……ごくらくです。
 
 寝込んでから、宏ちゃんはこうしてぼくの髪を乾かしてくれるん。もともとは、ぼくがすぐに眠り込んでしまうので、寝室にドライヤーを持ち込んだのが、きっかけやった。
 さすがに、もう体調もいいのに断るべきかと思うのやけど……構ってもらえるのが嬉しくって、ついつい甘えてしまうんよ。

「……熱くないか? 成ちゃん」
「はぁい」

 甘い声で問い、宏ちゃんはドライヤーを操る。熱すぎない格別の温風を当てながら、髪を指で梳かされて……心地良くて目が閉じてきちゃう。宏ちゃん、髪を乾かすのがとっても上手なんやもん。ふらふらと、倒れ掛かりそうになっていると、「こーら」と優しく抱き留められた。

「布団に入るまで、起きてなさい」
「ふふ……うん」

 ふわふわになった髪を、大きな手で撫でられて、唇がほころんだ。
 
 ――宏ちゃんの手、やさしい……
 
 厚い胸に片頬をくっつけていると、お布団をはぐって、大事に寝かされる。隣に寝転んだ宏ちゃんに、そっと抱き寄せられた。

「ありがとう、宏ちゃん」
「なんの、これくらい」

 宏ちゃんは笑うと、前髪を寄せて、額の花にキスをしてくれる。これね……「俺のだよ」って教えられてるみたいで、きゅんとする。ぼくは、甘く急き立てるような衝動のままに、広い背に腕をまわした。

「大好き、宏ちゃん……」
「俺もだよ、成」

 頬を包まれて、口づけられる。唇を甘く啄まれていると、お腹の奥がふわふわとあたたかい。

「苦しくないか?」
「大丈夫やで」

 大きな体に包まれていると、これ以上なく安心してしまう。頭のてっぺんから、つま先までが宏ちゃんに守られていると思えるん。ぴったりとくっついて、にこにこしていると――宏ちゃんが、ゆったりと背を撫でてくれながら、言う。

「……体調は、よくなってきてるかな」
「はいっ。おかげさまで、ばっちりです」

 こくりと頷くと、宏ちゃんは目元を和らげた。

「そっか……なあ、成。ちょっと相談があるんだが」
「なあに?」
「母さんが、うちにお祝いを持ってきたいと言ってるんだよな。綾人君と一緒に」
「え……っ」

 思わず、目を見ひらいた。

「成は、まだ本調子じゃないと伝えたから、長居はしないと思うんだが……成は、どうしたい?」
「会いたいっ!」

 ぎゅ、と胸元にしがみつくと、宏ちゃんは苦笑した。ぼくの答えを、きっとわかってくれていたんやね。

「じゃあ、母さんに連絡しておくよ」
「うん……あ、でも……会っても、いいの?」

 力強く頷きかけて、はっとする。
 宏ちゃんは、ぼくと綾人が会っても、傷つかへんやろうか……?
 新薬発表のパーティは、やっぱり例外やったって思うんよ。「お互いの予定が被ったんだから、気にするな」って言うてはったし……宏ちゃんが、ぼくのことをとても心配してくれてることは、わかるから。
 
 ――その上、陽平のことでも、心配をかけたばかりやし……とても、自分からは言い出せへんと思っていたん……また宏ちゃんを傷つけたら、って思ったら……。
 
 不安を吐露すると、灰色がかった瞳が優しく細まった。大きな手が、頬を包んでくれる。

「気を遣わせて、ごめんな。俺は、成が幸せならいいんだよ。それに――俺が側についてさえいれば、お前を危険な目には遭わせない、と思えるんだ」
「宏ちゃん……!」

 あたたかな言葉が、ぬくもりが……胸にしみわたってくる。
 宏ちゃんが、ぼくを励まそうとしてくれているのが、伝わってきたからなん。ぼくが、パーティに出られなくて寂しかったの、言わなくても気づいていてくれたんや。

「ありがとう、宏ちゃん」

 感激して、涙が滲んだ。宏ちゃんは小さく笑い、ぼくの眦にキスをする。ぽろりと零れた涙を、唇で吸い取ってくれた。

「きっと、綾人君驚くぞ」

 宏ちゃんが、少し楽しげな声で言う。ぼくは、うんと何度も頷いた。
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