いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
128 / 505
第三章~お披露目~

百二十七話【SIDE:陽平】

 案の定、佐田の顔が屈辱に紅潮した。
 
「あんたが、どれだけ人の恋人に手を出したか。私達が、知らないと思ってるの!?」 
「もう行っていい? 俺、授業には出たいから」
「っ、待ちなさい……!」
 
 かっとなった佐田が、晶の背に掴みかかろうとした。――その手を、ぱしりと受け止める。
 
「佐田さん、やめてくれませんか?」
「……城山くん!」
 
 佐田が、はっと目を見開く。俺は、晶を背に庇い、彼女らを見下ろした。
 
「晶は潔白ですよ。それに――手を出したとか、誘ったとか……いい淑女が、往来で叫ぶことに思えないっすけどね」
「……!」
 
 冷静に指摘してやると、佐田の顔がさっと赤らんだ。ギャラリーの好奇の目に気づいたのか、悔し気に唇を引き結び、引き下がる。
 
「陽平……」
 
 呆然と俺を呼ぶ晶の肩を、ぱんと叩く。
 
「ばーか。お前、先に行ってんじゃねえよ」
「……うるさいな。お前が寝坊するからだろ」
「んだと」
 
 いつも通り、憎まれ口をたたく様子に、ホッとする。
 晶は、抑制剤の効かない体質のせいで誤解されやすく、さっきのような言いがかりは少なくない。
 だからといって、傷つかないわけじゃないのだ。
 
 ――俺以外は、なんでか気づいてやらねえけど……
 
 もどかしい思いを持て余し、舌打ちをする。女学生たちが、びくりと肩を跳ねさせたのを一瞥し――俺は晶の肩を押した。
 
「行こうぜ」
「あ、ああ」
 
 戸惑い気味に、歩を進める晶の肩を抱く。
 すると、背後から鋭い声が上がった。
 
「ちょっと、待ってください!」
「……芽実めいみ!?」
 
 佐田が、涙の浮かんだ目でこっちを睨んでいる。隣にいた女が、ぎょっとしている。――そのはずで、佐田の伯父は城山の下請けの社長だった。
 親戚の立場を慮って、口をつぐむと思ったのに意外だった。
 
「なんですか」
「城山くん、目を覚ましてください……! 婚約者のいる蓑崎に肩入れなさっても、得るものなんてありませんっ!」
「はぁ?」
 
 まるで、俺が晶に誑かされているかのような言い方が、癇に障る。
 
「あんたに口出しされる言われはない」
「……っ」
 
 睨み据えると、佐田が涙ながらに叫ぶ。
 
「そんなに、蓑崎が大切ですか……? 春日くんを、酷い目に遭わせるほど……!」
「――!」
 
 成己のことを引き合いに出され、目を見開く。
 佐田が泣き崩れ、女学生たちが慌てて肩を抱いている。言い返すことも、立ち去ることもできず――その場に釘付けになっていると、車輪の音が聞こえた。
 西野さんが自転車に乗って、こっちにやって来る。
 
「――芽実!? え。みんな、どうしたの?」
「友菜……!」
 
 異変に気付いた西野さんが、驚いた様子で自転車から飛び降りた。すぐに、泣いている佐田の肩を抱き、慰めはじめる。
 グループのリーダーである彼女が現れたことで、彼女らは元気を取り戻したらしい。口々に、事情を説明している。
 
「芽実ってば。あたしのために、無理しちゃって……」
「わかってるけど。とても、黙ってられなかったのよ」
「芽実……!」
 
 西野さんが佐田を抱きしめると、友人たちも泣き出した。
 
「ぅわ……」
 
 晶は、繰り広げられる感傷的なシーンに辟易した様子で、俺の腕を引く。
 
「行こうぜ、陽平。授業に遅れる」
「……ああ、そうだな」
 
 俺は疲れた気分で、頷く。……正直、この場を脱するタイミングを得て、助かった。
 踵を返そうとすると――「待って」と静かな声に引き留められる。
 西野さんだった。
 
「……」
 
 ばつの悪い思いに、口の中が苦くなる。
 近藤のことは好きじゃねえけど、西野さんには世話になっていたと思う。面倒見の良い彼女を、成己も良く慕っていた。
 
 ――でも、あんたがあいつを諫めないから、こんなことになるんだ。
 
 そう思うと、反抗心が湧いてきて……俺は西野さんを挑むように見た。すると、西野さんはただ悲し気に、俺を見かえす。
 
「城山くん。――後悔しないんだよね?」
「!」
 
 予想外の言葉に、虚をつかれる。
 
「成己くんのこと、後悔しない?」
「……っ」
「あたしが言いたいのは、それだけ――芽実、みんな。行こう」
 
 西野さんは、友人たちを促し去って行く。
 そのきっぱりとした背中を、俺はぼんやりと見送る。
 
「おい、陽平。どうしたんだよ?」
 
 晶に、焦れたように、肩を揺すられる。だけど俺は、動けない。
 
 ――成己くんのこと、後悔しない?
 
 その静かな声が、ずっと谺していた。

感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

私の弟なのに

あんど もあ
ファンタジー
パン屋の娘マリーゼの恋人は、自警団のリートさん。だけど、リートには超ブラコンの姉ミラがいる。ミラの妨害はエスカレートしてきて……。

言葉が通じない暴君皇帝の運命の番として召喚されました〜炎を鎮めたら冷徹な彼が甘々になりました〜

水凪しおん
BL
帰宅途中の夜道、突然の光に包まれた青年・アオイが目を覚ますと、そこは見知らぬ異世界の宮廷だった。 言葉も通じず、隔離された離宮に閉じ込められた彼が出会ったのは、ソラリア帝国を統べる皇帝・レオニダス。 強大な竜の血を引き、その力に肉体を焼き尽くされそうになりながら孤独に耐える冷徹なアルファ。 だが、特別な魔法を持たないはずのアオイには、彼の荒れ狂う魔力を静かに鎮める「不思議な波長」が備わっていた。 「触れるな」 お互いを傷つけることを恐れ、遠ざけようとする不器用な皇帝。 だが、アオイは苦しむ彼を見捨てられず、自ら灼熱の炎の中へと飛び込んでいく。 言葉の壁を越え、魂の波長が重なり合った時、冷徹な皇帝の態度は一変。 誰よりも優しく、独占欲に満ちた重すぎる溺愛が始まって――。 孤独な竜と、彼を癒やすただ一人のオメガ。 二人が真の「運命の番」となるまでの、切なくも温かい異世界救済ボーイズラブ。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。 お話を追加いたしました。