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第三章~お披露目~
百七十三話【SIDE:陽平母】
会場と続きの空中庭園に出て、私と野江夫人は向き合った。だって、人目のある所で、話すことじゃないでしょう。
ざあ……と高層階を吹き抜ける風が、庭園の瑞々しい花々を揺らしていく。
「野江さん。いったい、どういうおつもりかしら?」
私は開口一番、鋭く問いかけた。
すると野江夫人は、笑顔に多少の困惑を乗せて、言う。
「ええと……城山さん。それは、どういうつもりとは?」
「とぼけないでくださいな! あのお披露目のことに決まってますッ。不貞行為を働いたオメガを、野江家の一員と認めるなんて……野江家は、城山を馬鹿にしていらっしゃるの?!」
とぼけた顔を睨みつけると、野江夫人は「あわわ」と奇声を発し、両手を横に振った。
「馬鹿にだなんて、とんでもないことですっ。僕たちにとって、城山さんは大切なご友人ですし、尊敬しておりますとも……!」
「では、どうして? 私の息子を隠れ蓑に、宏章さんと不貞をしていたオメガを、迎え入れたのです!? あえて、大々的に発表することで周りを圧し、城山に口を噤ませようというお気持ちではないのですか?!」
「え、え~と……」
私が獅子のように吠えれば、野江夫人は、おろおろと視線をさ迷わせる。
やっぱりね、って思う。――生まれの悪い人間は、人を圧し慣れていないわよね。人を脅すとき、内容は何でもいい。ただ上から強く殴りつけて「お前は下だ」と解らせれば、相手は言う事を聞くものなのよ。
――本当に、くだらない男。どうせ、今回のことも野江に言われてやったんでしょう? あんた一人なら、何もできないのよね!
眉を下げた情けない顔を、私は軽蔑を持って眺めた。
「ねえ、野江さん。私も、息子の名誉を守る権利はありますよね? 宏章さんと成己さんが、うちの息子に隠れて不倫していたこと……城山に、泣き寝入りしろなんて仰いませんわよねぇ?」
「……!」
はっきりと言葉にしてやると、野江夫人は、糸のような目を見開いた。
ここで、「申し訳ない」でも「やめてくれ」でもいい。あんたが息子の不貞行為を認めているという、言質さえとってしまえばいい。
私はさりげなく、ドレスのベルトに触れた。そこには、超薄型・高性能のボイスレコーダーが作動している。
絶対に、相手の隙は逃さない為の装備。
――録ってしまえば、首に縄をつけたも同然……! 後は、どうとでも料理できるわ。
そう――『野江夫人は、息子が友人一家の婚約者を寝取ったことを容認し、あまつさえ権力で威嚇して、口を噤ませようとした。』とか言ってね。
権力者の呆れた傲慢だと、社交界に噂を流してやる。
大丈夫よ。二人の肉体関係がいつかなんて、すでに悪魔の証明だもの。宏章さんと成己さんが結婚して、ほぼひと月。もう、とっくに抱き合っているでしょうからね!
「さあ、どうなのです!? 黙ってないで、答えて下さいな!」
勝利を確信し、私は畳みかける。
すると、野江夫人は「ううん」と唸り……ようよう口にした。
「何と言いますか……ただ、めでたくお披露目してやりたかっただけなんですよ。親心で、それ以外になんの意図もありません」
「は? ですから……それが、うちの気持ちを軽んじていると、お気づきになりません」
何をずれた反応してるのよ。苛々と睨むと、野江夫人は言う。
「あなたの気持ちを、逆撫でするつもりはなかったんです。と、言いますのも……僕は、息子を信じていますから。お披露目しても、誰に申し訳なく思う事はないなあ、と思いまして」
「!」
私は、目を見開く。
目の前の男は、おどおどしていたのが、嘘のように……のんびりとほほ笑んでさえいた。
「それは……私が噓を吐いていると言いたいの!?」
「いえいえ。しかし、宏章は野江の次男です。不倫をするような、そんな度胸の定まらないアルファじゃないと、僕は知っているだけです。そして、あれの選んだ成己さんも、優しい良い子ですからね。不倫などとんでもない」
「あなたの印象などどうでもいいのです! 二人が不倫をしたことは、事実でしょう!」
「いいえ、いいえ。僕はそんな風には思っていません」
野江夫人は、何を言ってものらくらと応える。
「城山さん、あなたには感謝しているんです。社交界で、根も葉もない噂が出回ってると忠告して下さって……おかげさまで、ちゃんとお披露目して、二人を守ることができました。ですから……お気に召さないとは夢にも思わなくて」
「……!」
そう言って、野江夫人は悲し気にため息を吐く。――被害者ぶり始めたわよ、この男……! どうあっても、確信的な録れ高が得られないことに、私は拳を握りしめる。
その時――ざ、と地面を踏みしめる音が聞こえた。
「叶夫さん」
「あ、政近さん」
会話に割り込んできたのは、威圧的なまでの美丈夫――野江家の当主だった。妻である野江夫人を探しに来たようだったわ。
野江夫人の肩を抱き、私に目礼する。
「申し訳ない。お話し中でしたか」
「あ……いえ」
切れ長で美しいけれど、硝子玉のような気味の悪い瞳に見つめられ、少し気圧されてしまった。いえ――気圧されたことに不快になって、余計に苛立った。
「政近さん、どうしたの」
「探しに来たんです。叶夫さんの姿が見えなくて、お客様が不安そうにしてらしたので」
「そうか、ありがとう。じゃあ、戻らないとだ。――城山さん、すみませんが、そういうわけですので……」
ぺこり、と笑顔で頭を下げて、野江夫人は話を終わらせてきた。
――は?! この私を置き去りにするなど、ふざけないでよ!
「ちょっと、話は終わってませんわ!」
「いえ、でも。僕の気持ちはお伝えしましたので」
「……城山さん、妻が何かいたしましたか?」
野江が、静かに尋ねてくる。慇懃であっても、怪訝そうな目をしてるわ。私は、カッとなった。
「いいえ、もう結構です! 友人の忠告など、野江様にはどこ吹く風ですわよね。ただ、センター出身のオメガには、くれぐれも注意あそばせ。私達の考えもつかないことをしますから」
そう言い捨てて……ぎくりとする。静かに笑んでいた野江の顔が、能面のようになっていたの。
「城山さん。それは、息子の妻が……私の妻がセンター出身だと、ご存じの上での発言ですか?」
「……あっ……!」
失言に気づき、口を覆う。
「妻の友人であるあなたが、そのような偏見を持っていらっしゃるとは――残念です」
低く温度のない声が、淡々と言葉を紡ぐ。野江は、ただ静かだった。言葉でも、フェロモンで威圧されてもいない。なのに……体の芯から、震えが来た。
かちかちと歯が鳴るのを止められない。
「――こら。すみません、城山さん。今日は来てくださってありがとう。最後まで、楽しんで行ってくださいね!」
野江夫人が、慌てたように夫の腕を引く。それから、私をヘラヘラと振り返り、夫の背を押して去って行った。
二人の足音が遠ざかり――私は、やっと息を吐いた。 気力で立っていた足が萎えて、へなへなと座り込んでしまう。
――悔しい……! この私が、気圧されたなんて!
□□□
一方――
野江夫人は、城山夫人から十分に距離をとったことを確認すると、ようやく息を吐いた。
「ふう……あぶなかった」
「かなさん。大丈夫?」
心配の色を浮かべ、自分を見つめる夫に、野江夫人はからりと笑いかける。
「大丈夫だよ。なんか、やたらめったら、煽られて参っちゃったけど。家族に迷惑かけることは、なにも言ってないと思う」
「……お疲れ様」
野江は、人知れず奮闘していた妻を労わるように、肩を抱きよせた。
「城山夫人も、ご苦労なことだ。自ら、あのような噂を流してまで」
オメガとの婚約破棄など、アルファの名誉に傷がつくことだ。相手がどんな毒婦であれ、わざわざ噂にして広めたいものは居ない。
「うん。どうして、あんなに必死に成くんを悪者にしたいのかなあ? いい子なのに……」
「恐らく、城山が婚約解消した背景に、よほど後ろ暗いことがあるんだろうね。その辺も、じきに解ることだが……家族を傷つけられて、不快なことに変わりはないな」
夫人は、にっこりとほほ笑んで、憤る夫の手を握りしめる。
「政くん。僕たちで、大事な家族を守ろう! せっかくの楽しい新婚生活に、水を差しちゃ可哀そうだもの」
「――ああ」
二人は強く頷き合い、客をもてなすべく場内へと戻っていった。
□□□
私は、屈辱的で死にそうだったわ。
パーティに戻れるまでに、精神が回復するまでに、かなりの時間が必要だったんだもの。
――許さない……野江!
場内を闊歩して、晶ちゃんと陽平の姿を探す。
もちろん、帰るの。目論見が外れた以上、長居は無用だからね。かつかつと、ヒールが床を打ち鳴らすリズムは、我ながら急いて聞こえる。
だって、上手くいかなくて、苛立っているんだもの。
――このままじゃ、陽平ちゃんと晶ちゃんを盛大に結婚させてあげられない……? いいえ、弱気になってはダメよ。
結婚は、オメガの夢よ。アルファの権威の象徴よ。――私の息子たちに、惨めな思いなどさせて堪るものですか!
私は、歩みを止めるわけにいかないわ。
わあ……!
突然、歓声が響いて来た。
「何かしら?」
不思議に思って、そちらを見て――私は、目を見開く。
「晶ちゃん……!?」
晶ちゃんが、あの子の婚約者の腕に抱かれ、運ばれていくところだった。晶ちゃんは、遠目にも青褪めて、ぐったりとしている。まるで、抵抗できない様子に、私は血の気が引いた。
――晶ちゃんの体が弱いことに、つけこむ気?!
私は、晶ちゃんを救うべく、人だかりをかき分けた。
「晶ちゃん。っ晶ちゃ……?!」
あと少しで、男の背広に手が届く――そう思ったとき。
「……さわらぎ、さん……」
晶ちゃんが、甘い声で彼を呼んだ。そして、腕を伸ばし……縋るように、抱きしめたの。
とても愛おし気で……恋人にする仕草、そのもので。
――え?
私は、思わず足を止めてしまう。その間に、彼らは場内を出て行ってしまった。
「晶、ちゃん……?」
晶ちゃんは、陽平を好きなのよね?
冷たい婚約者じゃなく、私の息子をあいしているから……助けを求めてきたのよね。
「そう、そうに決まってる!」
何度も、そう言いきかせながら。
私の脳裏には、あの男に縋る晶ちゃんの姿が焼き付いていた――
ざあ……と高層階を吹き抜ける風が、庭園の瑞々しい花々を揺らしていく。
「野江さん。いったい、どういうおつもりかしら?」
私は開口一番、鋭く問いかけた。
すると野江夫人は、笑顔に多少の困惑を乗せて、言う。
「ええと……城山さん。それは、どういうつもりとは?」
「とぼけないでくださいな! あのお披露目のことに決まってますッ。不貞行為を働いたオメガを、野江家の一員と認めるなんて……野江家は、城山を馬鹿にしていらっしゃるの?!」
とぼけた顔を睨みつけると、野江夫人は「あわわ」と奇声を発し、両手を横に振った。
「馬鹿にだなんて、とんでもないことですっ。僕たちにとって、城山さんは大切なご友人ですし、尊敬しておりますとも……!」
「では、どうして? 私の息子を隠れ蓑に、宏章さんと不貞をしていたオメガを、迎え入れたのです!? あえて、大々的に発表することで周りを圧し、城山に口を噤ませようというお気持ちではないのですか?!」
「え、え~と……」
私が獅子のように吠えれば、野江夫人は、おろおろと視線をさ迷わせる。
やっぱりね、って思う。――生まれの悪い人間は、人を圧し慣れていないわよね。人を脅すとき、内容は何でもいい。ただ上から強く殴りつけて「お前は下だ」と解らせれば、相手は言う事を聞くものなのよ。
――本当に、くだらない男。どうせ、今回のことも野江に言われてやったんでしょう? あんた一人なら、何もできないのよね!
眉を下げた情けない顔を、私は軽蔑を持って眺めた。
「ねえ、野江さん。私も、息子の名誉を守る権利はありますよね? 宏章さんと成己さんが、うちの息子に隠れて不倫していたこと……城山に、泣き寝入りしろなんて仰いませんわよねぇ?」
「……!」
はっきりと言葉にしてやると、野江夫人は、糸のような目を見開いた。
ここで、「申し訳ない」でも「やめてくれ」でもいい。あんたが息子の不貞行為を認めているという、言質さえとってしまえばいい。
私はさりげなく、ドレスのベルトに触れた。そこには、超薄型・高性能のボイスレコーダーが作動している。
絶対に、相手の隙は逃さない為の装備。
――録ってしまえば、首に縄をつけたも同然……! 後は、どうとでも料理できるわ。
そう――『野江夫人は、息子が友人一家の婚約者を寝取ったことを容認し、あまつさえ権力で威嚇して、口を噤ませようとした。』とか言ってね。
権力者の呆れた傲慢だと、社交界に噂を流してやる。
大丈夫よ。二人の肉体関係がいつかなんて、すでに悪魔の証明だもの。宏章さんと成己さんが結婚して、ほぼひと月。もう、とっくに抱き合っているでしょうからね!
「さあ、どうなのです!? 黙ってないで、答えて下さいな!」
勝利を確信し、私は畳みかける。
すると、野江夫人は「ううん」と唸り……ようよう口にした。
「何と言いますか……ただ、めでたくお披露目してやりたかっただけなんですよ。親心で、それ以外になんの意図もありません」
「は? ですから……それが、うちの気持ちを軽んじていると、お気づきになりません」
何をずれた反応してるのよ。苛々と睨むと、野江夫人は言う。
「あなたの気持ちを、逆撫でするつもりはなかったんです。と、言いますのも……僕は、息子を信じていますから。お披露目しても、誰に申し訳なく思う事はないなあ、と思いまして」
「!」
私は、目を見開く。
目の前の男は、おどおどしていたのが、嘘のように……のんびりとほほ笑んでさえいた。
「それは……私が噓を吐いていると言いたいの!?」
「いえいえ。しかし、宏章は野江の次男です。不倫をするような、そんな度胸の定まらないアルファじゃないと、僕は知っているだけです。そして、あれの選んだ成己さんも、優しい良い子ですからね。不倫などとんでもない」
「あなたの印象などどうでもいいのです! 二人が不倫をしたことは、事実でしょう!」
「いいえ、いいえ。僕はそんな風には思っていません」
野江夫人は、何を言ってものらくらと応える。
「城山さん、あなたには感謝しているんです。社交界で、根も葉もない噂が出回ってると忠告して下さって……おかげさまで、ちゃんとお披露目して、二人を守ることができました。ですから……お気に召さないとは夢にも思わなくて」
「……!」
そう言って、野江夫人は悲し気にため息を吐く。――被害者ぶり始めたわよ、この男……! どうあっても、確信的な録れ高が得られないことに、私は拳を握りしめる。
その時――ざ、と地面を踏みしめる音が聞こえた。
「叶夫さん」
「あ、政近さん」
会話に割り込んできたのは、威圧的なまでの美丈夫――野江家の当主だった。妻である野江夫人を探しに来たようだったわ。
野江夫人の肩を抱き、私に目礼する。
「申し訳ない。お話し中でしたか」
「あ……いえ」
切れ長で美しいけれど、硝子玉のような気味の悪い瞳に見つめられ、少し気圧されてしまった。いえ――気圧されたことに不快になって、余計に苛立った。
「政近さん、どうしたの」
「探しに来たんです。叶夫さんの姿が見えなくて、お客様が不安そうにしてらしたので」
「そうか、ありがとう。じゃあ、戻らないとだ。――城山さん、すみませんが、そういうわけですので……」
ぺこり、と笑顔で頭を下げて、野江夫人は話を終わらせてきた。
――は?! この私を置き去りにするなど、ふざけないでよ!
「ちょっと、話は終わってませんわ!」
「いえ、でも。僕の気持ちはお伝えしましたので」
「……城山さん、妻が何かいたしましたか?」
野江が、静かに尋ねてくる。慇懃であっても、怪訝そうな目をしてるわ。私は、カッとなった。
「いいえ、もう結構です! 友人の忠告など、野江様にはどこ吹く風ですわよね。ただ、センター出身のオメガには、くれぐれも注意あそばせ。私達の考えもつかないことをしますから」
そう言い捨てて……ぎくりとする。静かに笑んでいた野江の顔が、能面のようになっていたの。
「城山さん。それは、息子の妻が……私の妻がセンター出身だと、ご存じの上での発言ですか?」
「……あっ……!」
失言に気づき、口を覆う。
「妻の友人であるあなたが、そのような偏見を持っていらっしゃるとは――残念です」
低く温度のない声が、淡々と言葉を紡ぐ。野江は、ただ静かだった。言葉でも、フェロモンで威圧されてもいない。なのに……体の芯から、震えが来た。
かちかちと歯が鳴るのを止められない。
「――こら。すみません、城山さん。今日は来てくださってありがとう。最後まで、楽しんで行ってくださいね!」
野江夫人が、慌てたように夫の腕を引く。それから、私をヘラヘラと振り返り、夫の背を押して去って行った。
二人の足音が遠ざかり――私は、やっと息を吐いた。 気力で立っていた足が萎えて、へなへなと座り込んでしまう。
――悔しい……! この私が、気圧されたなんて!
□□□
一方――
野江夫人は、城山夫人から十分に距離をとったことを確認すると、ようやく息を吐いた。
「ふう……あぶなかった」
「かなさん。大丈夫?」
心配の色を浮かべ、自分を見つめる夫に、野江夫人はからりと笑いかける。
「大丈夫だよ。なんか、やたらめったら、煽られて参っちゃったけど。家族に迷惑かけることは、なにも言ってないと思う」
「……お疲れ様」
野江は、人知れず奮闘していた妻を労わるように、肩を抱きよせた。
「城山夫人も、ご苦労なことだ。自ら、あのような噂を流してまで」
オメガとの婚約破棄など、アルファの名誉に傷がつくことだ。相手がどんな毒婦であれ、わざわざ噂にして広めたいものは居ない。
「うん。どうして、あんなに必死に成くんを悪者にしたいのかなあ? いい子なのに……」
「恐らく、城山が婚約解消した背景に、よほど後ろ暗いことがあるんだろうね。その辺も、じきに解ることだが……家族を傷つけられて、不快なことに変わりはないな」
夫人は、にっこりとほほ笑んで、憤る夫の手を握りしめる。
「政くん。僕たちで、大事な家族を守ろう! せっかくの楽しい新婚生活に、水を差しちゃ可哀そうだもの」
「――ああ」
二人は強く頷き合い、客をもてなすべく場内へと戻っていった。
□□□
私は、屈辱的で死にそうだったわ。
パーティに戻れるまでに、精神が回復するまでに、かなりの時間が必要だったんだもの。
――許さない……野江!
場内を闊歩して、晶ちゃんと陽平の姿を探す。
もちろん、帰るの。目論見が外れた以上、長居は無用だからね。かつかつと、ヒールが床を打ち鳴らすリズムは、我ながら急いて聞こえる。
だって、上手くいかなくて、苛立っているんだもの。
――このままじゃ、陽平ちゃんと晶ちゃんを盛大に結婚させてあげられない……? いいえ、弱気になってはダメよ。
結婚は、オメガの夢よ。アルファの権威の象徴よ。――私の息子たちに、惨めな思いなどさせて堪るものですか!
私は、歩みを止めるわけにいかないわ。
わあ……!
突然、歓声が響いて来た。
「何かしら?」
不思議に思って、そちらを見て――私は、目を見開く。
「晶ちゃん……!?」
晶ちゃんが、あの子の婚約者の腕に抱かれ、運ばれていくところだった。晶ちゃんは、遠目にも青褪めて、ぐったりとしている。まるで、抵抗できない様子に、私は血の気が引いた。
――晶ちゃんの体が弱いことに、つけこむ気?!
私は、晶ちゃんを救うべく、人だかりをかき分けた。
「晶ちゃん。っ晶ちゃ……?!」
あと少しで、男の背広に手が届く――そう思ったとき。
「……さわらぎ、さん……」
晶ちゃんが、甘い声で彼を呼んだ。そして、腕を伸ばし……縋るように、抱きしめたの。
とても愛おし気で……恋人にする仕草、そのもので。
――え?
私は、思わず足を止めてしまう。その間に、彼らは場内を出て行ってしまった。
「晶、ちゃん……?」
晶ちゃんは、陽平を好きなのよね?
冷たい婚約者じゃなく、私の息子をあいしているから……助けを求めてきたのよね。
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