いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
174 / 505
第三章~お披露目~

百七十三話【SIDE:陽平母】

 会場と続きの空中庭園に出て、私と野江夫人は向き合った。だって、人目のある所で、話すことじゃないでしょう。
 ざあ……と高層階を吹き抜ける風が、庭園の瑞々しい花々を揺らしていく。
 
「野江さん。いったい、どういうおつもりかしら?」  
 
 私は開口一番、鋭く問いかけた。 
 すると野江夫人は、笑顔に多少の困惑を乗せて、言う。
 
「ええと……城山さん。それは、どういうつもりとは?」
「とぼけないでくださいな! あのお披露目のことに決まってますッ。不貞行為を働いたオメガを、野江家の一員と認めるなんて……野江家は、城山を馬鹿にしていらっしゃるの?!」
 
 とぼけた顔を睨みつけると、野江夫人は「あわわ」と奇声を発し、両手を横に振った。
 
「馬鹿にだなんて、とんでもないことですっ。僕たちにとって、城山さんは大切なご友人ですし、尊敬しておりますとも……!」
「では、どうして? 私の息子を隠れ蓑に、宏章さんと不貞をしていたオメガを、迎え入れたのです!? あえて、大々的に発表することで周りを圧し、城山に口を噤ませようというお気持ちではないのですか?!」
「え、え~と……」
 
 私が獅子のように吠えれば、野江夫人は、おろおろと視線をさ迷わせる。
 やっぱりね、って思う。――生まれの悪い人間は、人を圧し慣れていないわよね。人を脅すとき、内容は何でもいい。ただ上から強く殴りつけて「お前は下だ」と解らせれば、相手は言う事を聞くものなのよ。
 
 ――本当に、くだらない男。どうせ、今回のことも野江に言われてやったんでしょう? あんた一人なら、何もできないのよね!
 
 眉を下げた情けない顔を、私は軽蔑を持って眺めた。
 
「ねえ、野江さん。私も、息子の名誉を守る権利はありますよね? 宏章さんと成己さんが、うちの息子に隠れて不倫していたこと……城山に、泣き寝入りしろなんて仰いませんわよねぇ?」
「……!」
 
 はっきりと言葉にしてやると、野江夫人は、糸のような目を見開いた。
 ここで、「申し訳ない」でも「やめてくれ」でもいい。あんたが息子の不貞行為を認めているという、言質さえとってしまえばいい。
 私はさりげなく、ドレスのベルトに触れた。そこには、超薄型・高性能のボイスレコーダーが作動している。
 絶対に、相手の隙は逃さない為の装備。
 
 ――録ってしまえば、首に縄をつけたも同然……! 後は、どうとでも料理できるわ。
 
 そう――『野江夫人は、息子が友人一家の婚約者を寝取ったことを容認し、あまつさえ権力で威嚇して、口を噤ませようとした。』とか言ってね。
 権力者の呆れた傲慢だと、社交界に噂を流してやる。
 大丈夫よ。二人の肉体関係がいつかなんて、すでに悪魔の証明だもの。宏章さんと成己さんが結婚して、ほぼひと月。もう、とっくに抱き合っているでしょうからね!
 
「さあ、どうなのです!? 黙ってないで、答えて下さいな!」
 
 勝利を確信し、私は畳みかける。
 すると、野江夫人は「ううん」と唸り……ようよう口にした。
 
「何と言いますか……ただ、めでたくお披露目してやりたかっただけなんですよ。親心で、それ以外になんの意図もありません」
「は? ですから……それが、うちの気持ちを軽んじていると、お気づきになりません」
 
 何をずれた反応してるのよ。苛々と睨むと、野江夫人は言う。
 
「あなたの気持ちを、逆撫でするつもりはなかったんです。と、言いますのも……僕は、息子を信じていますから。お披露目しても、誰に申し訳なく思う事はないなあ、と思いまして」
「!」
 
 私は、目を見開く。
 目の前の男は、おどおどしていたのが、嘘のように……のんびりとほほ笑んでさえいた。
 
「それは……私が噓を吐いていると言いたいの!?」
「いえいえ。しかし、宏章は野江の次男です。不倫をするような、そんな度胸の定まらないアルファじゃないと、僕は知っているだけです。そして、あれの選んだ成己さんも、優しい良い子ですからね。不倫などとんでもない」
「あなたの印象などどうでもいいのです! 二人が不倫をしたことは、事実でしょう!」
「いいえ、いいえ。僕はそんな風には思っていません」
 
 野江夫人は、何を言ってものらくらと応える。
 
「城山さん、あなたには感謝しているんです。社交界で、根も葉もない噂が出回ってると忠告して下さって……おかげさまで、ちゃんとお披露目して、二人を守ることができました。ですから……お気に召さないとは夢にも思わなくて」
「……!」
 
 そう言って、野江夫人は悲し気にため息を吐く。――被害者ぶり始めたわよ、この男……! どうあっても、確信的な録れ高が得られないことに、私は拳を握りしめる。
 その時――ざ、と地面を踏みしめる音が聞こえた。
 
「叶夫さん」
「あ、政近まさちかさん」
 
 会話に割り込んできたのは、威圧的なまでの美丈夫――野江家の当主だった。妻である野江夫人を探しに来たようだったわ。
 野江夫人の肩を抱き、私に目礼する。
 
「申し訳ない。お話し中でしたか」
「あ……いえ」
 
 切れ長で美しいけれど、硝子玉のような気味の悪い瞳に見つめられ、少し気圧されてしまった。いえ――気圧されたことに不快になって、余計に苛立った。
 
「政近さん、どうしたの」
「探しに来たんです。叶夫さんの姿が見えなくて、お客様が不安そうにしてらしたので」
「そうか、ありがとう。じゃあ、戻らないとだ。――城山さん、すみませんが、そういうわけですので……」
 
 ぺこり、と笑顔で頭を下げて、野江夫人は話を終わらせてきた。
 
 ――は?! この私を置き去りにするなど、ふざけないでよ!
 
「ちょっと、話は終わってませんわ!」
「いえ、でも。僕の気持ちはお伝えしましたので」
「……城山さん、妻が何かいたしましたか?」
 
 野江が、静かに尋ねてくる。慇懃であっても、怪訝そうな目をしてるわ。私は、カッとなった。
 
「いいえ、もう結構です! 友人の忠告など、野江様にはどこ吹く風ですわよね。ただ、センター出身のオメガには、くれぐれも注意あそばせ。私達の考えもつかないことをしますから」
 
 そう言い捨てて……ぎくりとする。静かに笑んでいた野江の顔が、能面のようになっていたの。
 
「城山さん。それは、息子の妻が……私の妻がセンター出身だと、ご存じの上での発言ですか?」
「……あっ……!」
 
 失言に気づき、口を覆う。
 
「妻の友人であるあなたが、そのような偏見を持っていらっしゃるとは――残念です」
 
 低く温度のない声が、淡々と言葉を紡ぐ。野江は、ただ静かだった。言葉でも、フェロモンで威圧されてもいない。なのに……体の芯から、震えが来た。
 かちかちと歯が鳴るのを止められない。
 
「――こら。すみません、城山さん。今日は来てくださってありがとう。最後まで、楽しんで行ってくださいね!」
 
 野江夫人が、慌てたように夫の腕を引く。それから、私をヘラヘラと振り返り、夫の背を押して去って行った。
 二人の足音が遠ざかり――私は、やっと息を吐いた。 気力で立っていた足が萎えて、へなへなと座り込んでしまう。
 
――悔しい……! この私が、気圧されたなんて!
 

 
 
 □□□
 
 
 一方――
 野江夫人は、城山夫人から十分に距離をとったことを確認すると、ようやく息を吐いた。
 
「ふう……あぶなかった」
「かなさん。大丈夫?」
 
 心配の色を浮かべ、自分を見つめる夫に、野江夫人はからりと笑いかける。
 
「大丈夫だよ。なんか、やたらめったら、煽られて参っちゃったけど。家族に迷惑かけることは、なにも言ってないと思う」
「……お疲れ様」
 
 野江は、人知れず奮闘していた妻を労わるように、肩を抱きよせた。
 
「城山夫人も、ご苦労なことだ。自ら、あのような噂を流してまで」

 オメガとの婚約破棄など、アルファの名誉に傷がつくことだ。相手がどんな毒婦であれ、わざわざ噂にして広めたいものは居ない。

「うん。どうして、あんなに必死に成くんを悪者にしたいのかなあ? いい子なのに……」
「恐らく、城山が婚約解消した背景に、よほど後ろ暗いことがあるんだろうね。その辺も、じきに解ることだが……家族を傷つけられて、不快なことに変わりはないな」
 
 夫人は、にっこりとほほ笑んで、憤る夫の手を握りしめる。
 
「政くん。僕たちで、大事な家族を守ろう! せっかくの楽しい新婚生活に、水を差しちゃ可哀そうだもの」
「――ああ」
 
 二人は強く頷き合い、客をもてなすべく場内へと戻っていった。
 
 

 □□□

 
 
 私は、屈辱的で死にそうだったわ。
 パーティに戻れるまでに、精神が回復するまでに、かなりの時間が必要だったんだもの。
 
 ――許さない……野江!
 
 場内を闊歩して、晶ちゃんと陽平の姿を探す。
 もちろん、帰るの。目論見が外れた以上、長居は無用だからね。かつかつと、ヒールが床を打ち鳴らすリズムは、我ながら急いて聞こえる。
 だって、上手くいかなくて、苛立っているんだもの。
 
 ――このままじゃ、陽平ちゃんと晶ちゃんを盛大に結婚させてあげられない……? いいえ、弱気になってはダメよ。
 
 結婚は、オメガの夢よ。アルファの権威の象徴よ。――私の息子たちに、惨めな思いなどさせて堪るものですか!
 私は、歩みを止めるわけにいかないわ。
 
 わあ……!
 
 突然、歓声が響いて来た。
 
「何かしら?」
 
 不思議に思って、そちらを見て――私は、目を見開く。
 
「晶ちゃん……!?」
 
 晶ちゃんが、あの子の婚約者の腕に抱かれ、運ばれていくところだった。晶ちゃんは、遠目にも青褪めて、ぐったりとしている。まるで、抵抗できない様子に、私は血の気が引いた。
 
 ――晶ちゃんの体が弱いことに、つけこむ気?!
 
 私は、晶ちゃんを救うべく、人だかりをかき分けた。
 
「晶ちゃん。っ晶ちゃ……?!」
 
 あと少しで、男の背広に手が届く――そう思ったとき。
 
「……さわらぎ、さん……」
 
 晶ちゃんが、甘い声で彼を呼んだ。そして、腕を伸ばし……縋るように、抱きしめたの。
 とても愛おし気で……恋人にする仕草、そのもので。
 
 ――え?
 
 私は、思わず足を止めてしまう。その間に、彼らは場内を出て行ってしまった。
 
「晶、ちゃん……?」
 
 晶ちゃんは、陽平を好きなのよね? 
 冷たい婚約者じゃなく、私の息子をあいしているから……助けを求めてきたのよね。
 
「そう、そうに決まってる!」
 
 何度も、そう言いきかせながら。
 私の脳裏には、あの男に縋る晶ちゃんの姿が焼き付いていた――
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

私の弟なのに

あんど もあ
ファンタジー
パン屋の娘マリーゼの恋人は、自警団のリートさん。だけど、リートには超ブラコンの姉ミラがいる。ミラの妨害はエスカレートしてきて……。

言葉が通じない暴君皇帝の運命の番として召喚されました〜炎を鎮めたら冷徹な彼が甘々になりました〜

水凪しおん
BL
帰宅途中の夜道、突然の光に包まれた青年・アオイが目を覚ますと、そこは見知らぬ異世界の宮廷だった。 言葉も通じず、隔離された離宮に閉じ込められた彼が出会ったのは、ソラリア帝国を統べる皇帝・レオニダス。 強大な竜の血を引き、その力に肉体を焼き尽くされそうになりながら孤独に耐える冷徹なアルファ。 だが、特別な魔法を持たないはずのアオイには、彼の荒れ狂う魔力を静かに鎮める「不思議な波長」が備わっていた。 「触れるな」 お互いを傷つけることを恐れ、遠ざけようとする不器用な皇帝。 だが、アオイは苦しむ彼を見捨てられず、自ら灼熱の炎の中へと飛び込んでいく。 言葉の壁を越え、魂の波長が重なり合った時、冷徹な皇帝の態度は一変。 誰よりも優しく、独占欲に満ちた重すぎる溺愛が始まって――。 孤独な竜と、彼を癒やすただ一人のオメガ。 二人が真の「運命の番」となるまでの、切なくも温かい異世界救済ボーイズラブ。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。 お話を追加いたしました。