いつでも僕の帰る場所

高穂もか

文字の大きさ
207 / 505
第四章~新たな門出~

二百六話【SIDE:陽平】

 思えば、その片鱗が見えたのは――成己が「襲われかけた」と言った時だったかもしれない。
 
『本屋さんで、変な人に絡まれたん……偶然、居合わせた宏兄が助けてくれて、なんもなかってんけど。フェロモンのせいやないかなって、怖くて……』
 
 その日、ひどく不安そうな顔で、成己は訴えてきた。
 じっと俺を見上げる目には――「側に居て欲しい」という期待が見えるようで。その様子に、むらむらと怒りがこみ上げた。
 
 ――襲われたなんて、そんな簡単に言えることか? 晶は、誰にも言えずに悩んでいたのに。
 
 そもそも、開花前の成己のフェロモンは温和だ。
 俺でさえ、理性が揺るがされそうになる晶のフェロモンと、あまりに性質が違う。幼げな容姿と相まって、他人の欲情をそそったりしないはずだ。
 詳しく聞けば、やはり顔見知りの店員だったらしい。
 
 ――何やってんだよ……ほいほい勘違いさせやがって!
 
 成己は、不必要に愛想が良いところがある。誰にでも笑いかけて親切にしてやるせいで、勘違いされてしまうこともしばしばだった。出会ったときから、何度苛ついたか知れない。
 襲われない様に気をつけていても、怖い目に遭う奴がいるのに――成己の軽率さに、腹が立って仕方なかった。
 
『俺にどうしろって?』
『え……』
 
 きつい言葉をぶつけてやると、成己は目を見開いて、「信じられない」と言う顔をした。青褪めて、しどろもどろに弁明し始めるのが、後ろ暗いことがある証に思えて、苛立ちが治まらなかった。
 そもそも、「野江に助けられた」だなんて……他のアルファを引き合いに出すところも、あてつけがましい。
 
 ――お前は、俺のオメガだろうが。もっと自覚持てよ!
 
 俺の存在を軽んじられた気がして、めちゃくちゃ面白くなかった。
 その後、晶が成己に自己防衛の大切さを説いてくれなければ、もっと怒鳴っていたかもしれない。
 
『ごめんなさい』
『……っ』
 
 泣きそうに、小さくなっている成己を見たとき――少し罪悪感が湧いたけれど。厳しく言うのは、あいつの為でもあると思った。
 晶と一緒に居て、オメガがどれだけ危険と隣合わせが、初めて知った。
 成己と過ごす日々に、そんなことは感じなかった。だから――不注意で、身を危険に曝して、傷つくのは成己なんだ。
 
『陽平。成己くんって、世間知らずなところあるし……そう責めてやんなよ。世話になってるぶん、俺が色々教えてやるから、安心しろ』
『……サンキュ。頼む』
 
 晶の申し出が有り難かった。成己も、これでしっかりするだろうって。
 そう思ったのに、間違いだった。
 成己は、俺の心配も晶の気遣いも、全部ふいにし――あろうことか、野江を頼り始めた。
 

 
 
『なんで、野江の奴と……!』
 
 晶の付添いで行ったセンターで、野江と寄り添っている成己を見た時、愕然とした。
 
 ――あれ程、言ったのに。フリーのアルファの側に居るって、馬鹿なのか?!
 
 成己は悪びれるどころか、俺に反抗さえした。
「大切な用の付き添いを頼んだだけだ」、「陽平が無視するから悪い」と。
 確かにその日、俺は成己を無視した。だが……前夜、近藤に襲われた晶を庇いもせず、責めるような真似をしたあいつに、お灸を据える意図だった。
 
 ――『ひどいよ。ぼくのことは、怒るのに……』
 
 晶を悪者にした成己に失望しなかったのは、あいつへの友情のたまものだ。
 自分が未開花だからって、晶の苦労を解りもせず……俺を責めるなんて、馬鹿な真似だと。くだらない嫉妬は止めて、自らを省みて欲しかったのに。
 反省するどころか、野江を頼るなんて――俺が思っていたより、成己は余程したたかな奴だったらしい。
 
『俺の都合がつかなきゃ、他の男を頼るのかよ! 晶とは大違いだな』
 
 正直、裏切られた気分だった。
 成己は――裏表がない、良い奴。世間知らずの、純なお人よし。そう言う、自分の中の「評価」が覆るような感覚。
 息苦しいほどに腹が立って、成己に色々と言葉をぶつけたと思う。けれど、成己は傷ついた顔をしても、反抗し続けた。――野江を悪く言うのを止めろ、と。
 その頑なさに、ますます焦燥した。
 
 

 
『何よ、それ! 成己さんって、やっぱりセンターのオメガね。慎みがないったら』
 
 成己の顔を見たくなくて実家に帰れば、母さんが待ち構えていて。根掘り葉掘り聞かれる内に、事情をすべて話してしまっていた。
 アルファとして、叱責されるのかと思いきや、母さんは烈火のごとく成己に怒った。
 俺の方が狼狽えて、成己を庇うほどの勢いで。
 
『慎みが無いって。成己と野江は、幼馴染だし……さすがに、浮気なんて』
『甘いわよ、陽平ちゃん。オメガはねぇ、その気のないアルファと二人きりになんてならないの!』
 
 母さんは、きりきりと眉をつり上げていた。
 
『間違いが起きたに決まってる。だから、アルファの店でバイトなんて反対だったのに。お父さんが甘やかすからだわ』
 
 成己が野江の店で働きたいと言った時、母さんは猛反対していた。俺も嬉しくはなかった。ただ、父の言いつけで進学を諦めた成己に、それまで制限するのは流石に憚られて、口を噤んだ。
 その思いが――こんな形で、裏切られるとは思わなかった。
 
『許せないわ。晶ちゃんは、酷い婚約者で我慢してるのに。成己さんたら浮気して、うちの子をないがしろにするなんて』
 
 俺を気遣う母さんの言葉が、胸に刺さった。やはり、客観的に見ても、成己は俺に当て付けようとしているとわかって。
 
――あの成己が、俺に不満を持って、野江と浮気を……? 
 
 そんな奴じゃない。
 流石に、浮気なんて……成己は、そんな汚い奴じゃないはずだ。
 成己のことが、わからなくなりかけていた。
 
 
感想 280

あなたにおすすめの小説

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

私の弟なのに

あんど もあ
ファンタジー
パン屋の娘マリーゼの恋人は、自警団のリートさん。だけど、リートには超ブラコンの姉ミラがいる。ミラの妨害はエスカレートしてきて……。

言葉が通じない暴君皇帝の運命の番として召喚されました〜炎を鎮めたら冷徹な彼が甘々になりました〜

水凪しおん
BL
帰宅途中の夜道、突然の光に包まれた青年・アオイが目を覚ますと、そこは見知らぬ異世界の宮廷だった。 言葉も通じず、隔離された離宮に閉じ込められた彼が出会ったのは、ソラリア帝国を統べる皇帝・レオニダス。 強大な竜の血を引き、その力に肉体を焼き尽くされそうになりながら孤独に耐える冷徹なアルファ。 だが、特別な魔法を持たないはずのアオイには、彼の荒れ狂う魔力を静かに鎮める「不思議な波長」が備わっていた。 「触れるな」 お互いを傷つけることを恐れ、遠ざけようとする不器用な皇帝。 だが、アオイは苦しむ彼を見捨てられず、自ら灼熱の炎の中へと飛び込んでいく。 言葉の壁を越え、魂の波長が重なり合った時、冷徹な皇帝の態度は一変。 誰よりも優しく、独占欲に満ちた重すぎる溺愛が始まって――。 孤独な竜と、彼を癒やすただ一人のオメガ。 二人が真の「運命の番」となるまでの、切なくも温かい異世界救済ボーイズラブ。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

愛され方を教えて

あちゃーた
BL
主人公リハルトは自分を愛さなかった元婚約と家族のために無惨に死んだ…はずだった。 次に目が覚めた時、リハルトは過去に戻っていた。 そこは過去のはずなのにどこかおかしくて…

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。 お話を追加いたしました。