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第六章~鳥籠の愛~
三百七十二話【SIDE:晶】
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「お前は――物心もつかぬころから、優秀な子だった。だから、私の後継として厳しく育てた。……そのせいで、お前が素直に甘えることも出来ないほど、自分を律する癖をつけさせるとは思わずに」
「……!」
「……すまなかった」
初めて聞く、父の思いだった。
俺と同じ黒い目に浮かんでいるのは、悔恨だろうか。
「待ってください。俺は、あなたの後継者から外されました。アルファに劣る、オメガだから……それに、今だって。とんでもない醜聞をおこしたんですよ? 俺が優秀だなんて、そんなこと……」
とても信じられずに頭を振ると、父は俺の手を握った。冷たい手は、強張って震えている。あの大きな父が――緊張しているかのように。
俺は、振り払うことが出来なくなる。
「後継から外したのは、お前を自由にしてやりたかったからだ。お前が、氷のように頑なになってしまったのは、私がオメガとしての幸福を取り上げたせいだと思った。もう一度、笑って欲しくて……だから、妻にアルファを生ませた。でなければ、お前に敵うところのない出来損ないの妹を、後継にしておく理由がない」
「そ、んな……」
言葉の最中、感極まった父にがばりと抱きしめられた。キャパシティオーバーを起こした俺は、茫然と父の香水の香りに包まれる。
――俺がオメガだから、疎んじたのじゃなかったの? 玻璃を重んじて、愛しているからじゃなかったのか……?
父はさらに続けた。
「今回の件だって、お前は被害者だろう。城山の倅が勝手にのぼせ上っただけだ。――椹木が、お前が信ずるに足らない男だったからではないか。責任感の強いお前だから、気に病むのはわかるが……はき違えてはいけない」
父さんの声は、断固として響いた。
――まさか、一番俺を憎んでいるはずの父が、そんな風に言ってくれるなんて……信じられない。
胸が、感激に激しく震える。瞼がじんと熱くなり、頬を涙が伝った。
すると――冷たい指が、涙を拭ってくれる。
「晶……どうか私を許してくれ。私の見る目が無かったために、辛い思いをさせた」
「お父さん……」
「これからは、何でも頼って欲しい。椹木が気に入らぬ男なら、結婚しなくてもいい。好きな男が居れば、何人でも娶せてやる。後継になりたければ、お前のために玻璃を引きずり降ろそう。仮の婚約者として宛がう男など、いくらでもいる」
真剣な声音に、鼓動が激しく脈打つ。
「どうして、そこまで……」
「私は晶の為ならば、何百億積んでも惜しくはない」
「――!」
まるで、何より大切だと言われた気がして――脳が、じゅわりと溶けそうになる。
こんな父は知らない。こんな思いを抱えていてくれたことなんて、知らなかった。
「ううっ、ひっ……」
「晶……」
嗚咽を漏らすと、背に回った腕に力がこめられる。突然、色んなことを言われ過ぎて、立っていられなくなりそうだ。
――苦しい。だれか、助けて……
でも、父の胸に縋ることも出来ず、俺の手は宙をさ迷っていた。と……気づいた父は俺の手を取ってくれる。涙に霞む視界に、痛ましそうに顔を歪める父が映っている。
「晶……愛している」
「あ……」
「私の愛する子どもは、お前だけだ」
ひぐひぐとしゃくりあげる俺の背を、父の手が不器用に撫でてきた。
――信じちゃだめだ……きっと、すぐに裏切られるんだ……!
父さんが、どれだけ冷たい人だったかを忘れるな。
俺から全てを奪って、玻璃に与えて。婚約者だって、勝手に決めたんだぞ。
何度、去っていく父の背に向かい、「お父さん、俺を愛して」と心の中で叫んだか――忘れるな!
必死に心に念じて、積年の恨みをぶつけてやろうとするのに……
「お父さん……!」
頬を伝う涙が、熱かった。
子どもみたいに泣き声をあげる俺を、父さんはおろおろと抱きしめる。
「うわああん……!」
「晶……よしよし……」
父さんのことを許せない。――俺を捨てた背中を、忘れられないから。
……でも。
――ほんの少しだけ、信じたい……
父の言うことは嘘ではない。俺は、かけらくらいは愛されているのだと……信じてみたくなる。
俺が泣き止むまで、父は抱きしめてくれていた。
不器用だけど……暖かな腕、だった。
「……!」
「……すまなかった」
初めて聞く、父の思いだった。
俺と同じ黒い目に浮かんでいるのは、悔恨だろうか。
「待ってください。俺は、あなたの後継者から外されました。アルファに劣る、オメガだから……それに、今だって。とんでもない醜聞をおこしたんですよ? 俺が優秀だなんて、そんなこと……」
とても信じられずに頭を振ると、父は俺の手を握った。冷たい手は、強張って震えている。あの大きな父が――緊張しているかのように。
俺は、振り払うことが出来なくなる。
「後継から外したのは、お前を自由にしてやりたかったからだ。お前が、氷のように頑なになってしまったのは、私がオメガとしての幸福を取り上げたせいだと思った。もう一度、笑って欲しくて……だから、妻にアルファを生ませた。でなければ、お前に敵うところのない出来損ないの妹を、後継にしておく理由がない」
「そ、んな……」
言葉の最中、感極まった父にがばりと抱きしめられた。キャパシティオーバーを起こした俺は、茫然と父の香水の香りに包まれる。
――俺がオメガだから、疎んじたのじゃなかったの? 玻璃を重んじて、愛しているからじゃなかったのか……?
父はさらに続けた。
「今回の件だって、お前は被害者だろう。城山の倅が勝手にのぼせ上っただけだ。――椹木が、お前が信ずるに足らない男だったからではないか。責任感の強いお前だから、気に病むのはわかるが……はき違えてはいけない」
父さんの声は、断固として響いた。
――まさか、一番俺を憎んでいるはずの父が、そんな風に言ってくれるなんて……信じられない。
胸が、感激に激しく震える。瞼がじんと熱くなり、頬を涙が伝った。
すると――冷たい指が、涙を拭ってくれる。
「晶……どうか私を許してくれ。私の見る目が無かったために、辛い思いをさせた」
「お父さん……」
「これからは、何でも頼って欲しい。椹木が気に入らぬ男なら、結婚しなくてもいい。好きな男が居れば、何人でも娶せてやる。後継になりたければ、お前のために玻璃を引きずり降ろそう。仮の婚約者として宛がう男など、いくらでもいる」
真剣な声音に、鼓動が激しく脈打つ。
「どうして、そこまで……」
「私は晶の為ならば、何百億積んでも惜しくはない」
「――!」
まるで、何より大切だと言われた気がして――脳が、じゅわりと溶けそうになる。
こんな父は知らない。こんな思いを抱えていてくれたことなんて、知らなかった。
「ううっ、ひっ……」
「晶……」
嗚咽を漏らすと、背に回った腕に力がこめられる。突然、色んなことを言われ過ぎて、立っていられなくなりそうだ。
――苦しい。だれか、助けて……
でも、父の胸に縋ることも出来ず、俺の手は宙をさ迷っていた。と……気づいた父は俺の手を取ってくれる。涙に霞む視界に、痛ましそうに顔を歪める父が映っている。
「晶……愛している」
「あ……」
「私の愛する子どもは、お前だけだ」
ひぐひぐとしゃくりあげる俺の背を、父の手が不器用に撫でてきた。
――信じちゃだめだ……きっと、すぐに裏切られるんだ……!
父さんが、どれだけ冷たい人だったかを忘れるな。
俺から全てを奪って、玻璃に与えて。婚約者だって、勝手に決めたんだぞ。
何度、去っていく父の背に向かい、「お父さん、俺を愛して」と心の中で叫んだか――忘れるな!
必死に心に念じて、積年の恨みをぶつけてやろうとするのに……
「お父さん……!」
頬を伝う涙が、熱かった。
子どもみたいに泣き声をあげる俺を、父さんはおろおろと抱きしめる。
「うわああん……!」
「晶……よしよし……」
父さんのことを許せない。――俺を捨てた背中を、忘れられないから。
……でも。
――ほんの少しだけ、信じたい……
父の言うことは嘘ではない。俺は、かけらくらいは愛されているのだと……信じてみたくなる。
俺が泣き止むまで、父は抱きしめてくれていた。
不器用だけど……暖かな腕、だった。
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