俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか

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第一部 決闘大会編

二百二十三話

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「ふーん、ふんふん」
 
 腹へったな~。
 夕飯どきで、田野先生はいない。部屋に一人だから、のびのびと鼻歌なんか歌っちまうぜ。 
 ベッドの上で柔軟して、固まった筋をほぐす。だいぶ、からだが動くようになってきたぞ。
 と、ガラっと音を立てて、扉が開かれる。
 
「へっ」
 
 見れば、鳶尾が立っていた。俺は、目をまん丸にして、鼻歌を止める。
 決闘以来、鳶尾を見るのは初めてだったからさ。葛城先生から、とっくに復帰してるってのは聞いてたんだけど。
 鳶尾は、フンと鼻を鳴らす。
 
「何、その間抜け面? ウザいんだけど」
「んだよっ。田野先生なら、メシでいねえぞ」
「ふん。別に、先生に用があったんじゃない」
 
 じゃ、YOUは何しにここへ。まさか、俺の見舞いってんでもねえだろ。
 戸惑う俺に構わず、鳶尾はベッド脇へ歩いてくると――布団の上にバサリと何か放り出した。分厚いプリントの束と冊子、レポート用紙の巻いたやつだった。
 
「何これ?」
「葛城先生から、お前の冬休みの課題を預かってきた。お前がボッチだから、クラス委員のボクが面倒を被ったんだよ」
「あ、マジで。ありがとう」
 
 わざわざ悪い。ペコリ、と頭を下げると、鳶尾はギュッと口を一文字にした。
 
「……」
「……」
 
 き、気まずい。
 いっつも言い合いになるから、そうじゃないと何を話せばいいのやら。
 普通のクラスメイトなら、こないだの決闘のことに触れて、互いにファイトをたたえ合ったりすんだろうけど。俺と鳶尾で、それはレベルが高すぎでは。
 
「ええと……そうだ。もう帰省すんの?」
「……はあ?」
「いや、ほら。私服着てるからさ」
 
 鳶尾は、学校指定じゃない仕立てのいいコートを着て、肩からでかい鞄を下げていた。どう見ても、帰省前の学生のスタイルだろ。
「どうだ、糸口だぜ」と思ってたら、鳶尾の次の言葉に度肝を抜かれる。
 
「違う。転校するから」
「え」
 
 ――転校!?
 
 返しが予想外過ぎて、言葉が出ない。ボー然としてる俺に、鳶尾は肩を竦めてみせた。
 
「留学して、イチからやり直すんだ。ボクの父は、息子が「黒」なんて惨めな状態で、学園に通うのをよしとはしないのさ」
「そ、そうか……」
「何? その顔。喜べばいいだろ、キライな奴がいなくなるんだし」
「喜ぶって……!」
「出来ないって? とんだ偽善者だな、お前」
 
 その言葉に、うっと言葉に詰まる。
 偽善者か。……たしかに、そうかもしれねえ。
 俺が、序列を上げるってことは――鳶尾が「黒」になるってことだ。それを知ってても、俺は勝ちたかった。――今だって。その結果、鳶尾が転校するって知ってても、わざと負けようなんて思わない。
 だから……今、「申し訳ない」とか、思うのはサイテーなんだ。
 
「俺、謝らねえからな」
 
 俺は腹に力を入れて、鳶尾を真っすぐに見た。
 
「……へえ?」
「真剣勝負だ。俺は、お前に勝てて嬉しいから、ぜってえ謝らん」
「!」
 
 鳶尾は、目を見開いた。
 俺は、鳶尾じゃない。だから、何が正解かなんてわかんねえし――俺の気持ちをぶつけるしか出来ねえ。
 ギュッと奥歯を噛み締めて、鳶尾を見つめ続ける。鳶尾は黙りこんで、俺の目を見返していた。
 それから、深くため息を吐く。
 
「ほんっと、うざいなお前」
「……おう」
「……謝ったら、ぶん殴ってやろうと思ってたのに。最後まで、ボクをスッキリさせない」
「!」
 
 鳶尾は力が抜けたように、ちょっと笑った。目を丸くする俺の前で、ゴソゴソとでかい鞄を漁りだす。
 
「これ」
「え?」
 
 ぐい、と目の前に突き出されたのは、細長い箱だった。ぼうっと見ていると、鼻を潰されそうになったので、慌てて受け取る。
 開けていいのか? 戸惑いつつ、蓋を開けて――俺は目を見開いた。
 中に入っていたのは、真新しい赤いネクタイ。
 
「これ……」
「予備に買っておいたものだ。もう必要ないから、やるよ」
「えっ、でも」
 
 なんで? 問いが目に出ていたらしい。
 鳶尾は、フンと鼻で笑う。
 
「買ったら勿体ないと思ったのさ。お前なんか、どうせ、すぐに色が変わるんだから」
「なんだよ、それっ?」
 
 いつもの嫌みに憤慨すると、鳶尾は踵を返した。
 
「あっ」
「じゃあな。もう、二度と会わないだろうけど」
 
 もういう事はねえって感じで、鳶尾は部屋から出てこうとする。俺は、慌てて声を上げた。
 
「ありがとな! ――俺、頑張るから!」
 
 鳶尾は、扉に手をかけたまま――足を止めた。
 ネクタイを、箱ごとぎゅっと握りしめる。
 これは、お前なりの激励ってやつだって――俺は受け取ったぜ。
 俺は、これからも闘う。イノリの側にいくために、もっともっと、強くなりてえから。
 でも、この一戦のこと――絶対に忘れないでいる。
 
「――」
 
 出てく直前、鳶尾はなんか呟いた。聞き取れなかったけど――穏やかな響きだった。
 
 


 
「鳶尾……」
 
 思えば……お前とは、色々あったよな。いやな野郎だな~、と思ったことも数知れずだぜ。
 でも、キライじゃなかった。
 すげえ奴だってわかってたし。――それに、お前は忘れてるだろうけど。
 
 ――きみ、転入生? 職員室に行くなら、案内しようか? ……
 
 ここに転入する前、魔力の測定に来たときさ。
 お前、イノリとはぐれて迷子になってる俺を、案内してくれたんだぜ。
 同じクラスで嬉しくて、話しかけたのにさー。お前の返しが尖りすぎてて、言いだせなかったけどよ。
 
「ずずっ……」
 
 俺は、鼻を啜る。
 嫌な奴だけど、悪い奴じゃねえのは知ってた。
 だから。
 
「頑張れよ、鳶尾」
 
 俺は、田野先生が帰ってくるまで――ネクタイを握りしめて、ずっと扉を見つめていた。
 
 
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