俺は魔法使いの息子らしい。

高穂もか

文字の大きさ
232 / 239
第二部 プロムナード編

第五話

しおりを挟む
 須々木先輩に連れられ、俺たちは寮に足を踏み入れる。
 校内と同じく、まだ休み中のせいかひっそりしてた。でも、丸っきり無人ってわけじゃねえからか、食堂の前を通るといいにおいがする。――吸い寄せられるように中を覗き込んで、俺はカッと目を見開いた。
 
「おお、見ろイノリ! ランチやってるぞっ」
「ホントだー。しかも、カツカレーだねぇ」
「く、食いてーっ」
 
 じゅる、とよだれが口いっぱいに溢れだす。と、後ろからぎゅっと抱きついてきたイノリが、弾む声で言う。
 
「ねえ、食べて行こっかぁ? お昼まだだしー、ちょっとくらい」
「おう……いや、流石にアカンって!」
 
 待ち合わせあんだから! うっかり頷きかけた自分に喝を入れ、誘惑を振り切った。イノリは「ちぇー」としょんぼりして、肩になついてくる。
 か、かわいく甘えてもダメだぞ!
 
「おーい、二人とも! 早よおいでー!」
 
 と――いつの間にか、かなり小さくなっている須々木先輩が、大きく手を振っている。
 
「うっす! よし、行くぜイノリっ」
「はぁい」
 
 俺はイノリの腕を引き、高速の早歩きで後を追った。
 


 
 
 
「こっちやでー」
 
 須々木先輩は、ロビーに入って「右手側」にあるフロントで、手招きしていた。
 あ、寮の一階には、フロントが二つあるんだぜ。その理由ってえと、学生寮は二つの「会館」があって、その入り口が違うからなんだな。
 まず、入って左手側のフロントの奥に、一般学生の寮室のある棟……「彩雲館」につながる清潔な廊下がある。俺の部屋は彩雲館のほうだから、いつもこっちに行くぞ。
 で、右手側のフロントの奥には、上位序列の生徒の寮室のある棟……「紫雲館」へと続く厳かな廊下がある。イノリと、須々木先輩もこっちだな! 
 ちなみに紫雲館は、序列上位の生徒以外は立ち入り禁止なんだぜ。
 

「お帰りなさいませ、桜沢様」
 
 俺らが近づくと、すんげぇ美形のフロントさんが、隙のない笑みでイノリに頭を下げる。イノリは、「こんにちはぁ」とのんびり会釈を返した。
 
「桜沢様、お荷物をこちらに。お部屋へお運びします」
「ありがとうございまーす。あ、こっちのはいいですー。お土産はいってるし、持って歩きたいんでぇ」
「かしこまりました。では……」
 
 恭しく頭を下げたフロントさんの後ろから、これまた美形の職員さんが、台車を押して現れる。イノリのでかい鞄を乗せて、しずしずと廊下の奥に姿を消した。
 
「ふおお……」
 
 俺は繰り広げられる大人なやり取りに、キョドキョドしちまった。
 何これ、高級なテルホーみてぇじゃねえ?! 俺がいつも行ってる左手のフロント、もっとフランクだぞ? 「おっす、ただいまです!」「ああ、吉村くん帰ってきたのー?」みてえな感じだもん。
 
「イノリ、お前すげぇな……」
「えー、なになに? 照れちゃう」
 
 堂々としてる幼馴染が、急に大人に見えちまうぜ。尊敬のまなざしを向けると、イノリは不思議そうに小首をかしげている。 
 と、フロントさんと談笑してた須々木先輩が、笑顔で振り返った。
 
「よっしゃ、ほな行くで。うえの喫茶店で待ち合わせやからなー」
「あ。じゃあ、俺はこのへんで! イノリ、パーティ頑張れよ」
「ありがと、トキちゃん……! すぐ帰るからねぇ」
 
 固く握手して、別れを惜しんでいると、須々木先輩がきょとんとしてる。
 
「何言うてんねん。きみも行くで」
「へっ!?」
「桜沢連れてきてもろたのに、ただで帰しては、ぼくの気が済まんさかい。上で、ごはんくらいご馳走させてよ」
「あっ、そんな悪いすよ。ってか――」
 
 気持ちは嬉しいが……俺、紫雲館には入れねえぞ。
 おろおろしてたら、イノリが「ああ!」と明るい声を上げ、俺に笑顔を向ける。
 
「そうだ、そうだー! トキちゃん、制服のネクタイ出して!」
「えっ、お、おう」
 
 イノリに急かされ、バッグを探り、箱ごとネクタイを取り出した。
 
「この子、この前の決闘大会で上がったんです。さあ、吉村くん!」
 
 須々木先輩が、俺をフロントさんの前にどーんと突き出して言う。フロントさんに完璧なスマイルを向けられ、俺はびくつきながら、会釈した。
 
「そちら、拝見してもよろしいですか?」
「あ、はい!」
 
 促されるまま、ネクタイを見せる。――鳶尾から譲り受けた、まだサラピン同然のそれが、明かりの元でつやつやと光ってる。フロントさんはじっくりと眺めて、俺ににっこりと笑みを向けた。
 
「――ありがとうございます。お名前をお聞かせ願えますか?」
「はいっ。吉村時生です」
 
 背をピンと伸ばし、答える。フロントさんは微笑みながら、お手本みたいな礼をする。
 
「おめでとうございます、吉村様。序列「赤」の生徒は、紫雲館への立ち入りが認められます。どうぞ、ごゆるりとお寛ぎください」
 
 綺麗に整えられたつむじを見て、俺はポカンとする。横から、イノリが「やったねぇ」って抱きついて来て、ようやく我に返った。
 
 ――そ、そうか。俺……本当に序列が上がったんだなあ。
 
 イノリの側に行きたい一心だったけど…こういうことまで、変わるのか。赤いネクタイを握りしめると、胸がドキドキし始める。
 
「うおー! やった!」
 
 こっちに出入りできるってことは……イノリの部屋にも、遊びに行けるんだよな! つい万歳すると、イノリと須々木先輩が、「おめでとう」って言ってくれた。
 すんげぇ嬉しくて、「あざーす!」て叫んじまった。
 
 
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

処理中です...