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第30話 聖女の印象
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ははぁ、なるほどね。
それがギルド《聖女の祈り》のギルドマスター・白亜聖《はくあひじり》と副長の龍円静《りゅうえんしずか》と対面した時の正直な感想だった。
探索者協会内にある少し狭めの会議室、その中で博と共に相手の到着を待っていたら、扉が控えめに叩かれ、博の「どうぞ」という促しに従って入ってきたのがこの二人だった。
「お久しぶりです、博様。今回はこのような機会をわたくし達に頂きまして、本当にありがとうございます」
そう言ってまず博に握手を求めた少女が白亜聖であり、俺もテレビで比較的見慣れている顔だった。
わかりやすいアイドルフェイス、と言っていいそれだが、しかしテレビ越して見るのと実際に見るのとではやはりレベルが違った。
昔から芸能人というものはそういうものだと分かってはいても、実際にこうして会う経験など普通に生きていればあまりない。
俺も初めて、というわけではないにしろ、かなり新鮮な経験ではあった。
加えて、白亜聖は芸能人の中でもトップクラスに位置するだろう造詣の良さで、探索者などというヤクザな商売にわざわざつかずともそのまま芸能人としてやっていけそうなほどだ。
浮かべる表情や仕草も極めて優雅かつ可愛らしく、親しみが持てるもので、こういう人間もこの世には普通に存在しているのだな、となんだか妙な感慨まで湧き出てしまう。
博も満更でもない様子で、
「いえいえ、私は外務省の所属ですが、探索者の方々について様々な便宜を図るのも一つの仕事ですから。さ、どうぞおかけになって。龍円さんも」
「ええ、ありがとうございます。聖、座りましょう」
静の方もそう言って俺と博の対面に二人で腰掛ける。
ちなみに、博は流石に俺に対する砕けた口調ではなく、丁寧な敬語だったな。
スキルの補助があるとは言え、よくもこれほどまでに流暢に喋れるようになったものと感心してしまう。
この世界で普通に生活していた俺の方が発音が下手だ。
まぁ、それはこのゴブリンの体での日本語の発音に未だになれないからだから、仕方がないのだが。
やっぱり早いところ普通に喋れるようになるのは急務だな。
片言で喋るのも、こういう交渉の場だと舐められやすいだろうし。
今日は博がいるから適度に頼らせてもらうつもりだが、そうでなければ困る。
もちろん、こんな交渉ごとなど今後発生する予定はないつもりだが《はぐれ》に出くわした場合、先日のようにその辺の棒状のものをいつまた《魔剣化》してしまわないとも限らないからな。
そういう時のことを考えるとやはり備えはしておく必要があるだろう。
「まずは自己紹介からいきましょうか。私については皆さんすでにご存知かと思いますので……」
博がそう言ったので、聖と静がそれぞれ俺の方を向いて、
「ギルド《聖女の祈り》のギルドマスターを務めさせて頂いております、白亜聖と申します。どうぞよろしくお願いします」
「……同じく、副長の龍円静です。よろしくお願いします」
そう言った上で名刺を手渡してきた。
名前と電話番号、ギルドの住所などが記載してあるものだ。
受け取りつつ、しかし俺の方は持っていないため、
「外部岩雄ト言イマス。ヨロシクオ願イシマス。名刺ガナクテ申シ訳ナイノデスガ」
と言った。
それに少し怪訝な顔をした二人だったが、特に突っ込みはしなかった。
無職を気遣って、というより何か余計なことを言って俺の機嫌を損ねたくなかったのかもしれない。
釘バットを手に入れるまでは可能な限り俺とは良好な関係でないとならないだろうからな。
それから博が、
「さて、着いたばかりのところ、早速で申し訳ないのですが……」
と話を進める。
この場の仕切りは基本的に博が行う。
俺はそこまで喋る予定はない。
これは喋らなくていいことまで俺が喋りそう、というのもないではないが、単純に俺がこういう場に慣れていないからだ。
向こうの世界じゃ、それなりに場数は踏んできたが、多くは腕っぷしでの解決に頼ってきたからな。
普通の交渉など、久しぶりすぎて……。
それに博は職業柄極めて慣れている。
経験豊富な者に任せてしまった方がいいだろう。
「そんなことはありませんよ。むしろ、この後にも予定が詰まっておられるでしょうし……確か《スーサイド・レミング》と《アウターズ》の方々も交渉されるとお聞きしました」
「ええ、そのような段取りになっています。ですから、この場では金額などの条件面の提示をしていただくのが基本になります。ただ、それでいいのかどうか、を釘バットの所有者のゲ……外部さんに聞けますので、柔軟な交渉も可能かと思います」
「そうですね、それはありがたいです。他のことについてはお話ししても? 雑談とか……」
聖が言ったことに博は一瞬迷ったようだが、時計を確認してから、
「一つのギルドにつき、三十分程度の時間をとっておりますので、多少でしたら。しかしあまり長すぎる話は……」
「分かっておりますわ。許可をありがとうございます。では、交渉を始めましょうか」
「外部さんもそれでよろしいですか?」
博に敬語で、しかも外部と言われると変な感じがするが、ここでそれを突っ込むわけにもいかない。
俺は頷いて、
「エエ、ソレデ構イマセン」
そう言った。
「あら……外部さんは随分と日本語がお上手ですのね? それ、翻訳スキルなどと使っているわけでは……?」
聖が少し目を見開いてそう言った。
俺は頷き、
「エエ、マァ」
と言葉少なに答えた。
あまりにも美少女過ぎてなんだか妙な緊張をしているというのもあるが、ちょっと俺は危険を感じたからだ。
聖の声と目に、力を感じる。
「博さん、外部さんは優秀な方のようですね?」
目を向けられた博が、少しばかりおかしな声色で、
「……ええ。そう、ですね……」
「例えば、どのように?」
「例の、釘バットを手に入れた、ように……」
「ソウソウ、釘バットナンデスケド」
これ以上続けさせるとまずそうだな、と思った俺は、背中に背負ったバッグから釘バットを取り出して言う。
あまり話を遮るような感じではなく、言葉がちょうど途切れた瞬間を狙ってのことだった。
聖は博にまだ何か聞きたそうだったが、実際に釘バットを取り出されるとそちらの方が気になったようだ。
質問を中断し、釘バットを見る。
それから静に尋ねた。
「静、これはあのオークションサイトで見たものに相違ありませんか?」
「ええ、間違いないわ。宿っている魔力も……間違いなく、十層クラス。それもレアものよ。滅多に見つからないレベルだわ。と言うか、まだ世界でもこれほどのものは見つかっていないでしょうね」
「そうですか……やはり、欲しいですわ。外部さん、もし可能ならでいいのですけど、この場で即決していただけたりはしませんか? こちらには一千万円までなら出せる用意があるのですが……?」
そう言って視線を俺に合わせてくる。
遠慮が一切ない瞳だ。
声も同じ……。
あぁ、これはないな、と俺は思う。
印象が良くない。
しかし、ここであまりにも抵抗するとかえって怪しまれることだろう。
先ほど博との会話を遮断した意味も失われる。
仕方ないから、勘違いさせた上で、ギリギリ譲歩する、というところに治めることにする。
博の挙動を若干真似し、
「……即決……ソレデモイイ、カナ……デモ、他ノギルドモアルシ……博サンガ即決ダケハ避ケロッテ言ッテタナ……」
すると、聖は少しだけ苦々しい顔をし、それから、静と顔を見合わせて頷き合ってから、
「……申し訳ないです。無理を言いました。ですけど、私たちがどうしてもこれを欲しい、と言うことだけ忘れないでいただけたらありがたいですわ、外部さん……」
「……ウン、分カッタ……」
「では、そう言うことで」
そう言った瞬間、博がハッとした様子で元に戻ったので、俺もまた彼と同様の仕草で辺りを見廻す。
博は、
「……ん? 今何か……」
と言ったが、彼に聖は、
「どうかされましたか?」
「いや……それで交渉はどこまで進んだところでしたかね?」
「とりあえず、こちらからお出しできる金額は、一千万円ほどだとお話しした程度です。他には、もしも何かで怪我や病気をされた場合、ご家族などでもいいですが、そう言ったときには私が直接治癒をかけに行くことをお約束できますわ。これでいかがでしょうか? 外部さん」
と、俺に水を向けてきたので、それに一応頷いて、
「ナルホド、分カリマシタ。デハ、トリアエズ、コノアタリデ……」
と話を打ち切ることにしたのだった。
それがギルド《聖女の祈り》のギルドマスター・白亜聖《はくあひじり》と副長の龍円静《りゅうえんしずか》と対面した時の正直な感想だった。
探索者協会内にある少し狭めの会議室、その中で博と共に相手の到着を待っていたら、扉が控えめに叩かれ、博の「どうぞ」という促しに従って入ってきたのがこの二人だった。
「お久しぶりです、博様。今回はこのような機会をわたくし達に頂きまして、本当にありがとうございます」
そう言ってまず博に握手を求めた少女が白亜聖であり、俺もテレビで比較的見慣れている顔だった。
わかりやすいアイドルフェイス、と言っていいそれだが、しかしテレビ越して見るのと実際に見るのとではやはりレベルが違った。
昔から芸能人というものはそういうものだと分かってはいても、実際にこうして会う経験など普通に生きていればあまりない。
俺も初めて、というわけではないにしろ、かなり新鮮な経験ではあった。
加えて、白亜聖は芸能人の中でもトップクラスに位置するだろう造詣の良さで、探索者などというヤクザな商売にわざわざつかずともそのまま芸能人としてやっていけそうなほどだ。
浮かべる表情や仕草も極めて優雅かつ可愛らしく、親しみが持てるもので、こういう人間もこの世には普通に存在しているのだな、となんだか妙な感慨まで湧き出てしまう。
博も満更でもない様子で、
「いえいえ、私は外務省の所属ですが、探索者の方々について様々な便宜を図るのも一つの仕事ですから。さ、どうぞおかけになって。龍円さんも」
「ええ、ありがとうございます。聖、座りましょう」
静の方もそう言って俺と博の対面に二人で腰掛ける。
ちなみに、博は流石に俺に対する砕けた口調ではなく、丁寧な敬語だったな。
スキルの補助があるとは言え、よくもこれほどまでに流暢に喋れるようになったものと感心してしまう。
この世界で普通に生活していた俺の方が発音が下手だ。
まぁ、それはこのゴブリンの体での日本語の発音に未だになれないからだから、仕方がないのだが。
やっぱり早いところ普通に喋れるようになるのは急務だな。
片言で喋るのも、こういう交渉の場だと舐められやすいだろうし。
今日は博がいるから適度に頼らせてもらうつもりだが、そうでなければ困る。
もちろん、こんな交渉ごとなど今後発生する予定はないつもりだが《はぐれ》に出くわした場合、先日のようにその辺の棒状のものをいつまた《魔剣化》してしまわないとも限らないからな。
そういう時のことを考えるとやはり備えはしておく必要があるだろう。
「まずは自己紹介からいきましょうか。私については皆さんすでにご存知かと思いますので……」
博がそう言ったので、聖と静がそれぞれ俺の方を向いて、
「ギルド《聖女の祈り》のギルドマスターを務めさせて頂いております、白亜聖と申します。どうぞよろしくお願いします」
「……同じく、副長の龍円静です。よろしくお願いします」
そう言った上で名刺を手渡してきた。
名前と電話番号、ギルドの住所などが記載してあるものだ。
受け取りつつ、しかし俺の方は持っていないため、
「外部岩雄ト言イマス。ヨロシクオ願イシマス。名刺ガナクテ申シ訳ナイノデスガ」
と言った。
それに少し怪訝な顔をした二人だったが、特に突っ込みはしなかった。
無職を気遣って、というより何か余計なことを言って俺の機嫌を損ねたくなかったのかもしれない。
釘バットを手に入れるまでは可能な限り俺とは良好な関係でないとならないだろうからな。
それから博が、
「さて、着いたばかりのところ、早速で申し訳ないのですが……」
と話を進める。
この場の仕切りは基本的に博が行う。
俺はそこまで喋る予定はない。
これは喋らなくていいことまで俺が喋りそう、というのもないではないが、単純に俺がこういう場に慣れていないからだ。
向こうの世界じゃ、それなりに場数は踏んできたが、多くは腕っぷしでの解決に頼ってきたからな。
普通の交渉など、久しぶりすぎて……。
それに博は職業柄極めて慣れている。
経験豊富な者に任せてしまった方がいいだろう。
「そんなことはありませんよ。むしろ、この後にも予定が詰まっておられるでしょうし……確か《スーサイド・レミング》と《アウターズ》の方々も交渉されるとお聞きしました」
「ええ、そのような段取りになっています。ですから、この場では金額などの条件面の提示をしていただくのが基本になります。ただ、それでいいのかどうか、を釘バットの所有者のゲ……外部さんに聞けますので、柔軟な交渉も可能かと思います」
「そうですね、それはありがたいです。他のことについてはお話ししても? 雑談とか……」
聖が言ったことに博は一瞬迷ったようだが、時計を確認してから、
「一つのギルドにつき、三十分程度の時間をとっておりますので、多少でしたら。しかしあまり長すぎる話は……」
「分かっておりますわ。許可をありがとうございます。では、交渉を始めましょうか」
「外部さんもそれでよろしいですか?」
博に敬語で、しかも外部と言われると変な感じがするが、ここでそれを突っ込むわけにもいかない。
俺は頷いて、
「エエ、ソレデ構イマセン」
そう言った。
「あら……外部さんは随分と日本語がお上手ですのね? それ、翻訳スキルなどと使っているわけでは……?」
聖が少し目を見開いてそう言った。
俺は頷き、
「エエ、マァ」
と言葉少なに答えた。
あまりにも美少女過ぎてなんだか妙な緊張をしているというのもあるが、ちょっと俺は危険を感じたからだ。
聖の声と目に、力を感じる。
「博さん、外部さんは優秀な方のようですね?」
目を向けられた博が、少しばかりおかしな声色で、
「……ええ。そう、ですね……」
「例えば、どのように?」
「例の、釘バットを手に入れた、ように……」
「ソウソウ、釘バットナンデスケド」
これ以上続けさせるとまずそうだな、と思った俺は、背中に背負ったバッグから釘バットを取り出して言う。
あまり話を遮るような感じではなく、言葉がちょうど途切れた瞬間を狙ってのことだった。
聖は博にまだ何か聞きたそうだったが、実際に釘バットを取り出されるとそちらの方が気になったようだ。
質問を中断し、釘バットを見る。
それから静に尋ねた。
「静、これはあのオークションサイトで見たものに相違ありませんか?」
「ええ、間違いないわ。宿っている魔力も……間違いなく、十層クラス。それもレアものよ。滅多に見つからないレベルだわ。と言うか、まだ世界でもこれほどのものは見つかっていないでしょうね」
「そうですか……やはり、欲しいですわ。外部さん、もし可能ならでいいのですけど、この場で即決していただけたりはしませんか? こちらには一千万円までなら出せる用意があるのですが……?」
そう言って視線を俺に合わせてくる。
遠慮が一切ない瞳だ。
声も同じ……。
あぁ、これはないな、と俺は思う。
印象が良くない。
しかし、ここであまりにも抵抗するとかえって怪しまれることだろう。
先ほど博との会話を遮断した意味も失われる。
仕方ないから、勘違いさせた上で、ギリギリ譲歩する、というところに治めることにする。
博の挙動を若干真似し、
「……即決……ソレデモイイ、カナ……デモ、他ノギルドモアルシ……博サンガ即決ダケハ避ケロッテ言ッテタナ……」
すると、聖は少しだけ苦々しい顔をし、それから、静と顔を見合わせて頷き合ってから、
「……申し訳ないです。無理を言いました。ですけど、私たちがどうしてもこれを欲しい、と言うことだけ忘れないでいただけたらありがたいですわ、外部さん……」
「……ウン、分カッタ……」
「では、そう言うことで」
そう言った瞬間、博がハッとした様子で元に戻ったので、俺もまた彼と同様の仕草で辺りを見廻す。
博は、
「……ん? 今何か……」
と言ったが、彼に聖は、
「どうかされましたか?」
「いや……それで交渉はどこまで進んだところでしたかね?」
「とりあえず、こちらからお出しできる金額は、一千万円ほどだとお話しした程度です。他には、もしも何かで怪我や病気をされた場合、ご家族などでもいいですが、そう言ったときには私が直接治癒をかけに行くことをお約束できますわ。これでいかがでしょうか? 外部さん」
と、俺に水を向けてきたので、それに一応頷いて、
「ナルホド、分カリマシタ。デハ、トリアエズ、コノアタリデ……」
と話を打ち切ることにしたのだった。
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