あやかしの髪結い処 〜北鎌倉あやかし日誌〜

泥水すする

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第六章 雨に濡れた髪

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 そして、次の休日。

「龍之介、お前ちょっと離れて歩けよ。連れと思われたくねぇ」

 僕の姿を見るなり、げんなりとした表情になる大吾。またその隣にいる蘭子ちゃんも、大吾までとはいかないが若干引きつった顔で僕を見つめていた。

 なぜ彼らがそんな態度を見せるのかについては、僕の怪しいファッションがそうさせているのだろう──深々と被った黒いハットに、サングラスとマスク、それに茶色のロングコートという、側から見れば変質者と思われてもおかしくない格好だ。

 でも、これにはちゃんと理由があるんだ。

「北鎌倉と違ってさ、ここには若い人がいっぱいいるし。もしかしたら『桐生龍之介』を知ってる人がいるかもしれないでしょ?」

 今僕らがいるのは、ここ数年で土地開発が進みがらりと街の雰囲気を一新させた東海道線辻堂駅だ。かつては工業地としてあまり注目されなかった場所だが、駅直結型の大型モールが出来て以降、たちまち人気スポットとして定着しつつある。その証拠に、平日の午後というのにも関わらずたくさんの人々が駅構内を行ったり来たりしていた。というわけで、僕は身バレを恐れて変装してきた次第だ。

 クリスマスが近いということもあって、モール内はクリスマスモード一色だった。

 さて、それはそうとして僕と大吾の「蘭子ちゃんクリスマスデート大作戦」とは始まった。

 若い女の子たちが集まるショップに入り、あーでもないこーでもないと着せ替えをしていく。
 いくのだが……

「うーん、どうですか?」

 そう不安げな声で、試着室から出てくる蘭子ちゃん。いやどうなんだろう、美容師として女の子の服装を理解してつもりだが、いざとなると正直よく分からなかった。

「大吾は、どう思う?」

「知らん。俺に聞くな。てかよぉ、蘭子。お前もう制服のままデートに行けばいいじゃねーか? そっちのが無難だろ」

「確かにそれが一番楽だけど……クリスマスの日ってもう休みに入ってるし、別に用事もないのに制服姿って変でしょ。なんか私服持ってないサラリーマンみたいで、痛いっていうか」

「今更なに言ってんだ。まんまその通りだろうが」

「だ、だからこうやって買いにきたんでしょうがぁあっ!? あんたなんなのよ!? あたしの乙女心をいじめて楽しいわけ!?」

「あーもう、こんなとこで喧嘩しないでよ!?」

 やはりうまくいかない。薄々と分かっていたことが、どうやらひと筋縄ではいかないみたいだ。



「はじめからこうしとけば良かったんだ」

 大吾は盛大なため息を吐いて、ショップ前のベンチに腰を落とした。

 結局、蘭子ちゃんのファッションについてはショップ店員さんに丸投げすることとなった。「今度デートに行くので、可愛らしくしてあげてください」と今時風の女性店員さんに頼めば、快く了承してくれた。彼女に任せれば、なんの心配もないはず。

 ただ、そうだな。

「それで、どちらの方とデートですか?」

 店員さんが僕と大吾を交互に見てそう聞いてきた時はさすがに焦った。大吾は知らないふりをするし、僕はなんて答えればいいか分からずあたふたしてしまっていた。

 ただ、そこは蘭子ちゃんが機転を利かせてくれたから助かったんだけど。

「二人は、その……あたしの、お兄ちゃんです」

 もじもじと恥ずかしそうな蘭子ちゃんだったけど、店員さんは「優しいお兄さんたちですね」と納得してくれた。

「俺は雨男になったつもりはねえぞ」

「もう、そんなこと言わなくていいじゃん。多分、本当のことを言うのが恥ずかしかったんだよ」

「俺にはなにが恥ずかしいのか分からねえな」
「だろうね。大吾は乙女心ってものをなにも理解してないだろうからさ」

「ざっけんな。俺は誰よりも乙女心理解してるんだが?」

「それは少女漫画の話でしょうに」

「少女漫画とは少女に向けて描かれた漫画だ。それで少女がきゅんきゅんするんだったら、同じくきゅんきゅんした俺も少女の気持ちを理解している。つまりはそういうことなんだよ」

 とんでも理論過ぎやしませんねぇ。そもそもの話、乙女心を少女漫画基準で語っている時点で無理があるんじゃないのかな。

「そもそもさぁ、大吾って彼女いたことあるの?」

「なんで急にそんな話になるんだよ」

「だって、そこまで乙女心を理解してるって豪語するんなら、彼女の二、三人でもいたのかなってさ……それで、どうなの?」

 僕が再度尋ね直せば、大吾は足を組み直しながら太々しく、

「俺はいないんじゃない。作らないだけだ」

 でたー、よくある言い訳だ。こんな台詞、漫画の世界以外で聞くのは始めてかもしれない。

 我慢できなくて、ついに笑いが声に出てしまう。その後も顔を真っ赤にしてあれこれ言ってくる大吾がなおさら可笑しくて、笑いが止まらなかった。

 またこの大吾という美容師とずっと一緒に働けたら楽しいだろうなって、改めてそう思うのだった。
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