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楽園破壊編
祭りの準備を始めました
しおりを挟む魔狼族の子供達を迎え入れて、もうそろそろで数週間が過ぎようとしている。最初はとうなるものかと思っていたが、今ではすっかり魔狼族のみんなもこの地に溶け込んでいた。
ガンブもあの一件以来、勝手に一人で行動することはなくなった。むしろ反省したのか、進んでわたしたちに協力してくれるようになっていた。
『か、勘違いするなよ……俺はただ、恩を着せられたくないだけだ。仲間になったとか、そういうわけじゃねえ!』
と、そう言いながらもせっせと働くガンブは可愛いし、とても良い子だ。口ではどうこう言っても、滲み出るその優しさに、わたしたちはいつもほっこりしている。
さて、それはそうとして、わたしは今現在、野菜を栽培している畑へとやってきていて──
「んっ、ん~!」
「ビルマ、どうしたんだ?」
「あっ、ロクティス。いやね、ほら、あそこ見て」
と、わたしは畑のすぐ近くにある木の上を指差した。
「蜂の巣。いつの間にか、あそこにあったのよ」
「なるほど、な。網を振ってなにやら怪しいダンスをしていたわけではないのか」
「そんなことするわけないでしょ……ちょっと、わたしをなんだと思ってるの」
「ククク、悪かった。だがそんなことせずとも、俺なら一瞬で取り除ける」
と、ロクティスは人差し指を立てて──ゴゥッ! 指の先に、小さな火の玉を出現させた。
「燃やしてしまえば、それで済む」
「ちょちょ、やめて!」
「? どうして止める?」
「なんで燃やすのよ! そんなことしたら、蜂が死んじゃうでしょ⁉︎」
「……? ダメ、なのか?」
不思議そうにしているロクティスに、わたしは頷き言った。
「なにも駆除したいわけじゃないの。ただここにあると、みんなが刺されてしまうかもしれないでしょ? だから、場所を移動させたいだけなの」
「……ククク」
「なにかおかしい?」
「いや、別に。小さき命にも慈悲深いのだな、と……感心しただけだ」
と、ロクティスがわたしの手から網を奪い取った。
「俺がやる。あんたは危ないから、下がっていろ」
「え? いいの?」
「当たり前だ」
ロクティスは、わたしの頭にぽすんと手を置いて言った。
「未来の嫁が、蜂の餌食になってもらっては困るからな」
な、なにそれ……誰が未来の嫁よ……。
でもまあ、今は素直に甘えておこうかな……。
◾️
わたしが苦労していた蜂の巣の引っ越しを、ロクティスはもののあっさりと完遂。森の奥へと移動させ、今はその帰り道だ。
「にしても蜂に追い回される魔王は、見てて面白かったなぁ」
「もう、言わないで」
そうなのである。蜂の巣を移動させている最中のことだ。蜂たちは巣を網の中へ移動させているロクティスではなく、何故かわたしを襲ってきたのだ。逃げ回り過ぎて、足がパンパンである。
──と、丁度開けた場所に差し掛かる。わたしはふと、森の麓から城の方へ目線を移した。みんなが忙しく作業をすすめている姿が見える。
トンカントンカン──釘を打ち付けるリズミカルな音が聞こえてきていた。
「来週かぁ」
「来週……確か、魔王祭だったか?」
「うん、そうだよ。毎年やってるだけどね、今年はいろいろとあって時期を逃してたから、これからやろうって。それに仲間も増えたから、今年は盛大にやろうってみんな張り切ってるの」
「……祭」
と、ロクティスは目を細めて、空を眺めた。
「いいな、祭り……俺も、昔はよく参加した」
「そうなの?」
「ああ。オーガ族は、なにかと祭事が多くてな……皆で集まり、心ゆくまで酒盛りをしたものだ」
「そう言えばロクティス、オーガ族の里の族長なんだったね」
「……ああ。ただ、元族長だ。もう俺には、守るべきものはなにもない」
「え、それはどういう──」
「里は、冒険者どもに滅ぼされてしまった。生き残りは、俺だけだ」
わたしは、言葉を失っていた。
「だから、なのか……お前たちを見ていると、ふと彼らのことを思い出す。あの頃は、幸せだった」
遠い目で語るロクティス──過去を思い出し、切ない気分になっているのだろうか……。
「祭り、盛り上がるといいな」
「……ロクティスは、祭り、参加しないの?」
「俺?」
「うん。だってロクティスも、ここに住むんでしょ? だったら、参加しなよ。魔狼族のみんなみたいにさ」
「俺は……」
と、ロクティスはそこで口籠もってしまう。なにを考えているのか分からない表情で、祭りの準備が進む城の方へ目線を移しながら、
「……すまない。俺にはどうしても、果たさなければならないことがあるのでな……もう、行かなければならない」
え──
「き、聞いてないよ⁉︎」
「ああ、今、初めて打ち明けたからな」
「うそ。わたしはてっきり、ずっとここにいるもんだと……」
「突然で悪いが、近日中にはここを絶とうと思っている」
それならそうと、もっと早めに言って欲しかった。せっかく新しい仲間が増えたと思ったのに、なんだ……もう、行っちゃうのか。
──寂しいな。
「……せめて、祭りには参加していけばいいのに……」
「それはできない」
「どうして? そんなに直ぐ、やらないといけないことなの? 少しくらい、いいじゃない……」
わたしは一人勝手にしょげてしまっていた。悲しかった。
そんなわたしを見るロクティスもまた、なんだか辛そうで、
「覚悟が、鈍ってしまうから、な……」
ロクティスは、言った。
「俺はこれから、兄者に会い行く」
「え、リリスに⁉︎ どうして⁉︎」
「真意を確かめる為だ。兄者がなにを思い、今に至るのか……その真意を、俺は兄者に問いたいのだ。いつかの兄者が、俺にそうしてくれたようにな」
途端、ロクティスは辛そうな表情をいっぺん、ふっと笑みをこぼした。わたしを見た。
「その全てが終わったあかつきには、ここへ戻ってくる。必ずな。その時は、俺も祭りには参加させてくれないか?」
そう言って、ロクティスは小指を差し出してきた。
「……ダメか?」
「ダメ……なわけ、ないじゃない」
わたしは、ロクティスに小指を重ねた。
「いつでも、戻ってきていいから、ロクティス」
わたしには、ロクティスがどんな思いでリリスの元へ向かおうとしているのか、その深いところまでは理解してやれない。
だけど、本気なのは伝わった。
ロクティスは、本気でリリスに気持ちをぶつけにいこうとしているのだ。
だったら、わたしはそれを止めない。止められない。止めちゃならないと、そう思わされた。
──再開の契りを交わす。いつになるかは分からないが、また会えることを信じて、彼の小指を力強く握り込んだ。
ロクティスは、
「ありがとう……そのときは、正式に婚約を──」
「ちょっと、調子の乗らないで」
「ククク、照れているのか?」
「殴るよ?」
それから数日後──
「では、子供たちのことを、どうかよろしく頼む」
それだけを言い残し、ロクティスはひっそりとこの島を出て行ってしまった。見送りにいたのは、転移魔法陣を展開していたザラトとわたしだけだった。
どうも、帰ることを打ち明けたのはわたしたちだけだったらしい。ロクティスが去った後の帰り道、ザラトがそう教えてくれた。
「なんだか、来た時に比べるとロクティス、あっさりだったね」
「ビルマ様には、そう見えましたか?」
「えっと、そう見えたけど……違った?」
「さあ、どういうでしょうね?」
ロクティスの気持ちを知ってか知らないでか、ザラトは言葉をはぐらかす。
まあいい。またいずれ、ロクティスは会うことになるだろうから。
そのときは、もっとこのディスガイアを豊かな国にしようって、そう思った。
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