結びの物語

雅川 ふみ

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1話

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 あの人と出会ったのは、雨が強いある日のことだった。あの日は、塾の帰りということもあって、帰りが遅くなってしまったの。その人は傘を忘れてしまったのか、閉まったお店の前で雨宿りしていた。最初は無視をしようとしたのだけれど、なんだかほっとける様子でもなかったし、声をかけたの。

『あ、あの。傘、お忘れになってしまったのですか?』

『キミには関係ないだろう』

『で、でも。もう夜遅いんですし。その、あたし、予備の傘も持ち歩いているんで、それ使ってください』

 あたしは、急いでカバンから傘を取り出して、その人に差し出したわ。だけれど、その人は頑なに断ったの。その人は険しい顔をして、『あんたは、俺に恩を着せたいのか。だったら大きなお世話だ』って遠ざけたわ。あたしは何も言い返せず、呆然と帰りに就いた。それからも、その人のことが頭から離れなくて、何度も何度もそのお店のところへ行ったけれど、その人はいなかった。もしかしたらお店の人じゃないのかなと諦めていたときに、店長の女性の方が、話してくれたわ。その人、ご実家のお父様が病気で倒れて帰られているって。もしかしたら、ご実家の家業を継がれるかもしれないって。もうその人に会えないと思ったら、目の前がまっ暗になっていた。あたしは、そのときにその人のことを愛しているに気が付いたの。だから。だから――。



「だからもう一度、その人に会いたい」

 泪ながらに語る彼女は、とても切なく苦しいものを感じてしまった。
 好きな男性に心から会いたいと願う彼女のことを思うと、断るのは胸が締め付けられるようだ。だけれど、その人の事情のこと考えると、簡単に引き受けていいのか迷ってしまう。頭の中でぐるぐるとこんがらがっていると、ソウ兄が口を開いた。

「一度、その人に会いに行ってみるとするか。そしたら、マナも決めやすくなるんじゃないのか」

 ソウ兄の提案にハッとした。もしかしたらその人とお話ができるかもしれない。わたしはソウ兄へ視線を向け、小さくうなずいた。

「明日香さん、そのお店に連れて行ってもらえますか」

「え、ええ」

 明日香さんは驚いている様子ではあったが、快く頷いてくれた。わたしは胸を撫で下した。あやふやにした状態での提案だったから、断られる可能性もあった。正直、わたしみたいな不登校生が関わっていい問題なのかという考えもあるけれど、頼ってくれている人なのに何もできないのもイヤな気分になってしまう。明日香さんの心を少しでもすっきりとしてあげたい。
 父さんと話をつけ、わたし達は神社をあとにした。胸がざわさわと騒いでいた。
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