結びの物語

雅川 ふみ

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1話

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 そのお店は、観光地で知られている街道に営まれている木工品などが売られている雑貨屋さんだった。小さな子や若い人達に好かれそうな商品が多く並べられていて、とても愛らしさがあって素敵なものであった。お世辞にも大きなお店ではないけれど、立ち寄りたくなってしまう。
 レジのところに五十代半ばに差し掛かったぐらいの女性がにこやかにわたし達を見つめていた。ここの店長さんだろうか。不意にソウ兄のうしろに隠れてしまった。店長さんはクスクスと笑いながらこちらへ近づいてきた。

「いらっしゃいませというわけではなさそうね」

 女性は明日香さんのほうへ視線を向けた。店長さんは明日香さんの想いを知っている様子であった。店長さんは、軽く溜め息を吐いた。

「勇一くんに用があるのでしょ。なら奥で作業してるから、会ってらっしゃい」

 店長さんは奥へと通した。暖簾をくくると、いっきに空気が変わった。ほんわかしたお店から、空気が重くなり静かさが広がっていた。わたしは息を呑んだ。その人は椅子に座り、黙々と作業をしており、その横顔はまさに職人の顔であった。簡単には声をかけることなんてできやしない。ただわたしは立ち尽くすことしかできていなかった。そんなときだった。

「俺になんか用があるのか」

 彼は視線をこちらへ向けることはせず、ぶっきら棒に尋ねてきた。わたしは勇一さんに怯えきってしまい、声を出すことができなかった。ずっとソウ兄の袖を掴んでいた。ソウ兄は、軽く溜め息を吐き、「あの…」と声をかけたとき、水森さんが必死な表情で口を開いた。

「あ、あのあたし、このあいだあなたとお会いした水森明日香と言います。あなたとお話があって来ました」

「俺には話すことなんてないけれどな」

「確かにそうかもしれません。ただわたしの話しだけでも聞いてもらえませんか」

「作業の邪魔だ。出ていけ」

「い、イヤです。出て行きません!」

「迷惑だってわからないのか」

「それは謝ります。ですが…」

「出ていけ!」

 勇一さんの怒号ような声に、明日香さんは口を噤んでしまった。だんだんと泪が溜まっていくのがわかった。わたしは彼女に身を寄せ、抱きしめた。どんな理由があれ、話しを聞いてもらえないのは悲しすぎる。明日香さんを作業場から離そうとすると、肩を掴まれた。ソウ兄だ。その目には怒りが露わとなっていた。あまりの珍しさにわたしは見開いた。彼が怒りを表に出したのはいつ振りだろうか。わたしが中学生になってからは、あまり見なくなった気がする。それだけに驚いてしまった。

「そ、ソウ兄…?」

 思わず名前を呼んでしまったが、彼はこちらを向くことはなかった。いつもとはまるで違う雰囲気が漂って、そんな彼が少し恐かった。わたしはどうしたらいいのかわからず、あたふたしてしまっていた。明日香さんはポロポロと泪を流してしまっていた。自分の無力さが不甲斐ない。わたしはただソウ兄を眺めることしかできなかった。

「勇一さん。少しくらい、水野の話しを聞いてやってもいいんじゃないんですか。こいつだって、気まずいながらも勇気出して、ここへ来ているんです。それを蔑ろにするのは、大人としてどうかと思うんですけど」

「まだ子どものお前には、わからんだろうな。お前達、子どもと違って、背負わななくちゃいけない責任があるんだよ」

「そうかもしれませんけれど。話しを聞いてやれるぐらいはできるでしょ」

「興味がない。とっと失せろ」

 明日香さんの話しに、一向に耳を傾けようとしない勇一さんに、ソウ兄は食い下がろうとしたが、これ以上のことは言わなかった。何を言っても仕方がないと感じてしまったのだろう。悔しそうなソウ兄を、わたしはただ見ていることしかできない。明日香さんは、泪を浮かべながら、お店から出ていってしまった。
 悔しい。恥ずかしい。虚しい。悲しい。苦しい。今の彼女には、いろんな負の感情が渦巻いているはずだ。わたしは、すぐに彼女のあとを追った。

「あ、明日香さん、ま、待ってください」

 今の明日香さんを、一人にするわけにはいかなかった。
走りゆく彼女の手をやっとの思いで捕まえることができた。明日香さんは、人目を憚らず泪を流した。そんな彼女が、とてもかわいそうで、どうしようもない気持ちになる。彼女の力になりたい。彼女のきちんと気持ちが届いてほしい。わたしの胸の中に、淡い願いが溢れ出した。わたしは自然と口を開いていた。

「あの、明日香さん。何か結べるモノありますか」

 わたしの言葉に、明日香さんは驚いている様子であった。誰かが悲しんでいるのを見たくなんかない。わたしはジッと、明日香さんを見つめ続けた。彼女はカバンからヘアゴムを取り出し、わたしに差し出した。

「えっと、これでもいいのかな」

「はい。大丈夫です」

 わたしは彼女からヘアゴムを受け取り、彼女の髪を結び始めた。肩まで伸びた綺麗な黒い髪。ずっと触れていたいぐらいのさらさらとしている。うなじが露わになって,清楚さに色気が交わり、より一層、魅力さを増した。

「明日香さんの想いが届きますように」

 心の底から呟いた。
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