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一章
突然の誘い
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「ふひぃ~」
長崎は今日も一仕事を終え、牛食の事務所にある椅子でぐっと背伸びをする。
今日のシフトは十時間。
一時間に百人を超えるのが常の優良店だけあって、仕事が終わるといつもこんな感じである。
「あぁ~、仕事終わりのコーラはうめぇな~」
ぐびぐびとコーラを流し込む長崎。
仕事中は基本麦茶を飲んでいるから、コーラを飲んだとき味の濃さを感じいつもの数十倍おいしく感じるのである。
「長崎君、今ちょっと時間あるかい?」
「はい、大丈夫ですよ」
事務所の扉を開け、声をかけてきたのはチーフの望月だ。
いつもいろいろな店舗を飛び回っているとても忙しいかただ。そのせいかいつも心も体もやつれ果てている。
「今日は君に用がある方を連れてきたんだ。さあこちらへどうぞ」
「長崎君久しぶりだね」
こつこつと高級そうな革靴が音をたてて長崎の元へと近づく。
入ってきた男は、まるで上に立つということが生まれた時から決まっていたかのような高身長。高級そうなスーツに身を包まれていて、顔だちもいい。おそらくこんな男性に言い寄られたら落ちない女はいないだろう。
「進藤さん。お久しぶりです」
長崎はすっと立ち上がり、小さくお辞儀する。
「ああ、久しぶりだ。そんなに恐縮しなくてもいい。座りたまえ」
「はい」とだけ答え、長崎は椅子に座りなおす。
そして「失礼するよ」と小さく告げ、男は長崎の隣にある事務いすに座る。
長崎がかなり気を遣うこの男。彼はゼネラルマネージャー進藤誠。普段は現場には赴かず、本部ですべてのマネージャーの統括業務を行う仕事だ。はっきりいってとてもえらい。
「お茶をどうぞ」
すっと望月がお茶を進藤に出す。
さすがチーフだけあって動きが早い。
「ありがとう。今日は大事な話があるんだ。よかったら席をはずしてくれないか。車の中ででも待ってるといい」
はい、と答え望月は事務所を後にする。
それからじっと監視カメラを見つめ、望月が店を出たのを確認した後、
「今日は大事な話があるんだ」
「それはチーフにも話せない要件なんですか?」
「ああ。この話は上層部しか知りえない話だからね。おっと失礼」
進藤は事務所のパソコンをいじり監視カメラを切る。
「本当に誰にも話せないことなのですね」
「ああ、心の準備はいいかね」
長崎はごくりと唾をのみ、「はい」とうなずく。
そして進藤は真剣な面持ちで口を開く。
「君は異世界というものの存在について信じるかい?」
「………………異世界ですか?」
小説の中での設定などで使われる用語が、進藤の口から飛び出したことに長崎は驚きを隠せなかった。
「信じられないかもしれないが、ある日本人科学者がどこでもドアを開発しようとしたらしい。それは一応の成功を収めたらしいが、どこでもドアで通じる先は一か所。こことは違う世界らしいのだ」
「は、はぁ」
思わず気の抜けた声が出る長崎。
「まあこの写真を見てくれ」
進藤は自分の鞄の中から大きな封筒を二枚取り出す。
そして中から数枚の写真を取り出し、長崎に手渡す。
「こ、これは!?」
長崎は食い入るように写真を見つめる。
そこに映っているのは頭に猫耳のある少女や耳が長くさきっぽがとんがっている人々。そして写真からもわかるくらい大きいと思わせる大男。
「どうだねその写真で異世界というものを信じてくれるかね」
「作りものです……………………よね?」
進藤は真剣な表情一つ変えずに首を横に振る。
「と、とりあえずこれはお返しします」
長崎は写真を整えてから写真を手渡す。
進藤はそれを受け取り再び封筒にいれ鞄に戻す。
「まあ今無理に信じることはない。今からするのは君にとって悪くはないはなしだ」
今度はもう一つの封筒を手渡す進藤。
「こちらの封筒の中身が本題だ。みてみるといい」
受け取った封筒の中身には何十枚か紙が入っていたせいか、長崎は受け取ったときにずっしりとした重みを感じた。
「………………Gプロジェクト?」
一番最初の紙にそう記述されていた。
それから数枚紙をのぞいてみるが、記載されている文字数が多く、とてもじゃないが一読だけで理解するのは難しかった。
「難しく考えることはない。Gプロジェクト、それは異世界に牛食をつくることによって新たな経済の糸口を作ること。そしてその記念すべき異世界一号店の店長を君にやってほしい」
「………………………………俺が店長に?」
「君以外に適任はいないと思うのだが」
冗談など言っているようには到底思えないような真剣な表情の進藤。
進藤がこんな顔をするときなど相当なことでない限りない。
そんな進藤に答える如く、長崎は真剣に答える。
「俺は今の店を離れる気はありません。あそこが一番働きやすいですし。いづれかはあそこで経営にも携わっていく予定ですし」
「そうか、確かにそれは素晴らしい考えだ。しかしそれで本当に君の望みはかなうのか?」
「どういうことですか?」
「簡単な話だ。君がやりたがっていることはしょせん平凡な者にでもできる。いわば誰でもできること。前例をたどっていけば大きくしくじることはない。だが異世界では違う。向こうの住人達は味覚も違えば嗅覚も違う。こちらでヒットしている商品が向こうでヒットするとは限らない。そこでの店舗経営ができる者が何人いるだろうか。否。君しかいないと思うがね」
長崎は黙る。
いわば人生のターニングポイント。即座に答えなど出るわけはない。
多くのことを考えめぐらす長崎。
向こうで牛丼は売れるのか。売るとしたらどれくらいの値段がいいのか。味付けはどうすればいい。きっとこのままではなくオリジナルにしなければならないはずだ。お冷は、デザートはトッピングは……………………。
考えれば考えるほど、長崎の高鳴る鼓動は止まらない。張り裂けるような胸の鼓動。ここまで自分を興奮させるものに出会ったのは初めてのことだった。
「答えはもう出ているも同じのようだな。じっくりとその計画書を家で見るといい。いい連絡を待っているよ」
進藤はそれだけ告げると長崎の元を後にした。
長崎は今日も一仕事を終え、牛食の事務所にある椅子でぐっと背伸びをする。
今日のシフトは十時間。
一時間に百人を超えるのが常の優良店だけあって、仕事が終わるといつもこんな感じである。
「あぁ~、仕事終わりのコーラはうめぇな~」
ぐびぐびとコーラを流し込む長崎。
仕事中は基本麦茶を飲んでいるから、コーラを飲んだとき味の濃さを感じいつもの数十倍おいしく感じるのである。
「長崎君、今ちょっと時間あるかい?」
「はい、大丈夫ですよ」
事務所の扉を開け、声をかけてきたのはチーフの望月だ。
いつもいろいろな店舗を飛び回っているとても忙しいかただ。そのせいかいつも心も体もやつれ果てている。
「今日は君に用がある方を連れてきたんだ。さあこちらへどうぞ」
「長崎君久しぶりだね」
こつこつと高級そうな革靴が音をたてて長崎の元へと近づく。
入ってきた男は、まるで上に立つということが生まれた時から決まっていたかのような高身長。高級そうなスーツに身を包まれていて、顔だちもいい。おそらくこんな男性に言い寄られたら落ちない女はいないだろう。
「進藤さん。お久しぶりです」
長崎はすっと立ち上がり、小さくお辞儀する。
「ああ、久しぶりだ。そんなに恐縮しなくてもいい。座りたまえ」
「はい」とだけ答え、長崎は椅子に座りなおす。
そして「失礼するよ」と小さく告げ、男は長崎の隣にある事務いすに座る。
長崎がかなり気を遣うこの男。彼はゼネラルマネージャー進藤誠。普段は現場には赴かず、本部ですべてのマネージャーの統括業務を行う仕事だ。はっきりいってとてもえらい。
「お茶をどうぞ」
すっと望月がお茶を進藤に出す。
さすがチーフだけあって動きが早い。
「ありがとう。今日は大事な話があるんだ。よかったら席をはずしてくれないか。車の中ででも待ってるといい」
はい、と答え望月は事務所を後にする。
それからじっと監視カメラを見つめ、望月が店を出たのを確認した後、
「今日は大事な話があるんだ」
「それはチーフにも話せない要件なんですか?」
「ああ。この話は上層部しか知りえない話だからね。おっと失礼」
進藤は事務所のパソコンをいじり監視カメラを切る。
「本当に誰にも話せないことなのですね」
「ああ、心の準備はいいかね」
長崎はごくりと唾をのみ、「はい」とうなずく。
そして進藤は真剣な面持ちで口を開く。
「君は異世界というものの存在について信じるかい?」
「………………異世界ですか?」
小説の中での設定などで使われる用語が、進藤の口から飛び出したことに長崎は驚きを隠せなかった。
「信じられないかもしれないが、ある日本人科学者がどこでもドアを開発しようとしたらしい。それは一応の成功を収めたらしいが、どこでもドアで通じる先は一か所。こことは違う世界らしいのだ」
「は、はぁ」
思わず気の抜けた声が出る長崎。
「まあこの写真を見てくれ」
進藤は自分の鞄の中から大きな封筒を二枚取り出す。
そして中から数枚の写真を取り出し、長崎に手渡す。
「こ、これは!?」
長崎は食い入るように写真を見つめる。
そこに映っているのは頭に猫耳のある少女や耳が長くさきっぽがとんがっている人々。そして写真からもわかるくらい大きいと思わせる大男。
「どうだねその写真で異世界というものを信じてくれるかね」
「作りものです……………………よね?」
進藤は真剣な表情一つ変えずに首を横に振る。
「と、とりあえずこれはお返しします」
長崎は写真を整えてから写真を手渡す。
進藤はそれを受け取り再び封筒にいれ鞄に戻す。
「まあ今無理に信じることはない。今からするのは君にとって悪くはないはなしだ」
今度はもう一つの封筒を手渡す進藤。
「こちらの封筒の中身が本題だ。みてみるといい」
受け取った封筒の中身には何十枚か紙が入っていたせいか、長崎は受け取ったときにずっしりとした重みを感じた。
「………………Gプロジェクト?」
一番最初の紙にそう記述されていた。
それから数枚紙をのぞいてみるが、記載されている文字数が多く、とてもじゃないが一読だけで理解するのは難しかった。
「難しく考えることはない。Gプロジェクト、それは異世界に牛食をつくることによって新たな経済の糸口を作ること。そしてその記念すべき異世界一号店の店長を君にやってほしい」
「………………………………俺が店長に?」
「君以外に適任はいないと思うのだが」
冗談など言っているようには到底思えないような真剣な表情の進藤。
進藤がこんな顔をするときなど相当なことでない限りない。
そんな進藤に答える如く、長崎は真剣に答える。
「俺は今の店を離れる気はありません。あそこが一番働きやすいですし。いづれかはあそこで経営にも携わっていく予定ですし」
「そうか、確かにそれは素晴らしい考えだ。しかしそれで本当に君の望みはかなうのか?」
「どういうことですか?」
「簡単な話だ。君がやりたがっていることはしょせん平凡な者にでもできる。いわば誰でもできること。前例をたどっていけば大きくしくじることはない。だが異世界では違う。向こうの住人達は味覚も違えば嗅覚も違う。こちらでヒットしている商品が向こうでヒットするとは限らない。そこでの店舗経営ができる者が何人いるだろうか。否。君しかいないと思うがね」
長崎は黙る。
いわば人生のターニングポイント。即座に答えなど出るわけはない。
多くのことを考えめぐらす長崎。
向こうで牛丼は売れるのか。売るとしたらどれくらいの値段がいいのか。味付けはどうすればいい。きっとこのままではなくオリジナルにしなければならないはずだ。お冷は、デザートはトッピングは……………………。
考えれば考えるほど、長崎の高鳴る鼓動は止まらない。張り裂けるような胸の鼓動。ここまで自分を興奮させるものに出会ったのは初めてのことだった。
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