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【星の聖女編】
05. 氷上の英雄と晩餐会
しおりを挟む「ローテントゥルム侯爵ご令嬢、クリスティーナ様がお越しになりました」
正面に立っていたマシューがいなくなると、豪華なシャンデリアの眩い光にクリスティーナは少しだけ目を伏せた。
「クリスティーナが参りました。晩餐にお招きいただき光栄に存じます」
膝を曲げ、美しいカーテシーで礼を述べたクリスティーナを、シュネーハルト公爵は笑顔で迎え入れた。
「こちらこそ、シュネーハルト領までお越し頂き感謝する、クリスティーナ嬢。どうか緊張せずに夕食を楽しんでくれ。貴女からいただいた素晴らしい魔導具についても是非話がしたいのだ」
公爵のブルーシルバーの髪はオールバックで固めてあり、さすが魔法騎士団の団長というべき鍛えられた体格が正装の上からも伺える。
しかし公爵夫人と並んで座る公爵の金色の瞳は、クリスティーナが幼い頃の記憶と同じ優しい色をしていた。
それにどこかホッとしたクリスティーナは
「ありがとうございます、公爵様」と柔らかい笑みを溢した。
マシューに案内され、公爵夫妻と向かい合うようにして席に着いたクリスティーナの前に、ピンク色のスパークリングワインが運ばれる。
「クリスティーナ嬢、お酒は大丈夫でしょうか?」
隣に座っているヴォルフガングから声をかけられる。
「はい、嗜む程度ですが……。ありがとうございます」
クリスティーナがそう答えると、ヴォルフガングはふっと微笑み、「よかったです」とだけ言い前を向き直った。
(いつも遠くから拝見した時は難しいお顔をなさっている事が多いけれど、こう言う表情もされる方なのね……)
シャンパンにしずめられて輝くラズベリーに視線を戻しながらそんな事を考えていると、公爵がシャンパングラスを持ち上げたのでクリスティーナも華奢なグラスを手に取った。
「クリスティーナ嬢、今宵の食事を楽しんでくれ。そして、明日から始まる儀式の成功を祈って」
四つのグラスがカチンと高い音を鳴らす。
クリスティーナがワインに口を付けると、爽やかな桃とラズベリーの香りが鼻をくすぐった。
甘い炭酸が口に広がり、ラズベリーは柔らかくほろほろと溶けていく。
「とても美味しゅうございます……!」
キラキラとしたクリスティーナの瞳を見て公爵夫人が微笑んだ。
「お口にあったようでなによりだ。これはヴィクトリアがクリスティーナ嬢のために醸造したのだ」
そう言いながら公爵はもうすでに赤ワインに手を伸ばしていた。どうやらこのスパークリングワインが公爵には甘すぎたようだ。
「クリスティーナ嬢のロゼの称号を授与した時にお祝いに造ろうと決めていたの。でも、ただのロゼワインでは面白味がないでしょう? 貴女の好きな果物をアルベルに聞いて造ったのよ」
そう言って公爵夫人は微笑む。
「お母様に……。ヴィクトリア様、わたくしとても嬉しいです。母もヴィクトリア様の造られたワインをいつも大切そうに飲んでいますから」
「お口に合って安心したわ。このワインクリスティーナ嬢のお名前から付けてもいいかしら?」
「はい! もちろんでございます!」
母の名を冠したアルベルティーナという名前のワインを、母はいつも大切そうにしていた。お酒はあまり強くはないクリスティーナだが、それは純粋に羨ましくもあった。
(まさか私の名前が付いたワインをいただけるなんて……!)
目を輝かせたクリスティーナの目の前に置かれたボトルには、『ロゼ・クリスティーナ』という文字、そしてピンクゴールドの薔薇と金色の五芒星が描かれたラベルが貼られていた。
「もう作ってしまっていたのだけれどね」と公爵夫人がお茶目に笑う。
「ありがとうございます……! 大切にいたします!」
その様子を見ていた公爵が大きく笑った。
「ヴィクトリアのことだ、すでにローテントゥルム侯爵邸に何本も送っているのだろう? クリスティーナ嬢、気にせずたくさん飲むといい!」
「貴方は少し気にした方がよろしくてよ」
一瞬、空気が張り詰める。
公爵夫人は相変わらずの笑顔だが、その声色はクリスティーナに向けるものとは違った。
(公爵様、夕食前に飲んでいる事がバレているのだわ……)
黙々と使用人達が前菜を運ぶ音だけが聞こえる中、沈黙を破ったのは苦笑いを浮かべたヴォルフガングだった。
「私はワインよりもウィスキーなどの蒸留酒を好むのですが、成人の祝いに母からいただいた蒸留酒も甘くて飲みやすいものでした。クリスティーナ嬢がお嫌でなければ、後日ご一緒にいかがですか?」
「え。…ええ!是非頂いてみたいです!蒸留酒はまだ飲んだ事がないので興味があります」
この空気をどうにかしようとクリスティーナも食い気味に返事をする。
(あとは公爵様が話を続けてどうにかしてください!!)
そう念じながらクリスティーナは公爵に視線を向けたが、公爵は黙々と前菜を口に運んでいた。
「父上……クリスティーナ嬢に魔導具の話を伺うのではなかったのですか?」
お酒の話はやめた方が最善だと感じ取ったヴォルフガングが、すかさず話を振った。
「ああ、そうであった。まずは礼をせねば、クリスティーナ嬢。実に素晴らしい薔薇と魔道具に感謝する」
「とんでもございません」
「あのガラスに施された魔法陣は保存の魔法で間違いないか?」
「はい、ご拝察の通りにございます」
「しかし、保存の魔法は半永久的には使えないはずであったが?」
「ええ、仰るとおりです。半永久的に薔薇をお楽しみいただくために、凍結と真空の魔法を既存である保存の魔法陣の中に新しく組み込みました」
クリスティーナが答えると、公爵一家がカトラリーを動かす手を止めた。
「クリスティーナ嬢、それは新しい魔法陣の開発に成功したという事ではないのかね?」
「いえ、あくまでわたくしの趣味の範疇にございます。魔法陣を描いてくれた弟たちも、シュネーハルト公爵様であれば民のためにご活用してくださると申しておりました」
その話を聞いた公爵はさらに目を丸くして言った。
「なんと、ローテントゥルム侯爵家の末のご子息たちはまだ十歳ではなかっただろうか……」
「双子の弟たちの事を存じてくださっていたのですね。まだ社交会には顔を出しておりませんが、王都の邸で魔術師様の指導を受けながら日々学んでおります」
全員が食事をする手を止め、視線がクリスティーナに集中する。
(わたくし、まずい事を言ったかしたら……)
クリスティーナが心の中で冷や汗をかいていると、シュネーハルト公爵がグラスに半分ほど残っていた赤ワインを一気に飲み干し、大きな体を揺らしながら笑い始めた。
「はっはっはっ!! 実に面白い! これを趣味の範疇と言ってのけるとは!」
部屋中に響き渡る公爵の笑い声に、カトラリーを持ったまま硬直するクリスティーナ、面白そうに口角を上げて食事に戻るヴォルフガングと公爵夫人。
ひとしきり笑った公爵は、もう一杯ワインを煽ると、クリスティーナに向き直った。
「クリスティーナ嬢、そなたの趣味の話をもっと聞かせてくれるか?」
「え、ええ。もちろんでございます。ですが、ほとんどが花に関するものばかりで公爵様が満足されるお話ができるかどうか……」
クリスティーナが切り分けたまま口に運べていない前菜に視線を落とすと、公爵は笑顔のまま言った。
「それでよいのだ! 王国の薔薇は赤色しかなかったはずだが、どうやって他の色を?」
「父上」
クリスティーナが答えようとすると、食事をしていたヴォルフガングが会話を止めた。
「楽しいのは分かりますが、クリスティーナ嬢の食事が進まないではないですか」
そう言ったヴォルフガングの前には、クリスティーナが楽しみにしていた赤いスープが運ばれてきている所だった。
「これは大変失礼した……。まずは食事を楽しんでくれ」
「本当ですよ。あなたは飲み過ぎです」
公爵夫人にぎろりと睨まれた公爵は黙々と前菜を食べ進めていた。
「ごめんなさいね」と公爵夫人が謝ると、「いえ」とクリスティーナは首を横に振り、前菜を口に運んだ。
その後は食事をを楽しみつつ、公爵領の魔導具の話やクリスティーナの育てる花の話などで晩餐会は過ぎていった。
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