薔薇姫の箱庭へようこそ 〜引きこもり生活を手に入れるために聖女になります!〜

おたくさ

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【星の聖女編】

06. 氷の小公爵

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 晩餐を終え、客室に戻ってきたクリスティーナはふかふかのソファに身を委ねていた。



「お嬢様、ドレスのままでは苦しいでしょう。お着替えはできそうですか?」

 レイアがハーブティーをサイドテーブルに置きながらクリスティーナに尋ねる。


「もう少し待って……。スープのお肉がとても美味しくて、多めにいただいてしまったの……」


 食事の量はクリスティーナに合わせて少しずつ調整されていた。しかし、初めて食べる赤いスープに煮込まれた柔らかい牛肉に感激し舌鼓を打っていた。
 思わず我に返り、クリスティーナが「とても楽しみにしていたのです」と恥ずかしそうに言えば、公爵が「ではもっと召し上がるといい! シェフも喜ぶ!」と追加の皿を用意してしまったのだ。


 その後に運ばれてくる魚や肉の料理、デザートまできっちり収めたクリスティーナの胃は限界ギリギリのところであった。



「私も戴きましたが、あのほろほろとしたお肉に、じゃがいもに絡む濃厚なスープはとても美味しかったです」


「そうなの。パンと一緒に食べると合うだなんて勧められて、つい食べ過ぎてしまったわ」


 レイアの用意したハーブティーを飲み、ひと息つきながら晩餐会の事を思い返す。


 公爵はクリスティーナの管理する薔薇園や植物園に非常に興味を持っていた。色を変える魔術やそれを保存、加工する魔術。詳細に話す事はしなかったが、その着眼点を公爵は興味深そうに話を聞いていた。

 クリスティーナもシュネーハルトの街で見た魔導具について話を聞くことができて満足していた。


(ひとりで公爵家の晩餐会は緊張したけれど、とても楽しかったわ。お料理も美味しかったし)


 そんな事を思いながら窓の方へ視線を向けると、晩餐の前に調べていたスノーストームの花が青色に輝いている事に気が付いた。

 クリスティーナが窓際に寄り確認すると、白色だった花はやはり青色だった。


(どういうことかしら? 近くで見てみたいわ)



「レイア、運動に少しだけお庭を散歩してきてもいいかしら?」

「今からですか? 私の方は問題ありませんが、マシュー様に確認をしてまいりますね」

「ええ、ありがとう」



 レイアはすぐにマシューの元へ向かい、了承を受けたという返事とヴォルフガングを伴って部屋へ戻ってきたのだった。





* * * * * *





「まさか小公爵様がご案内してくださるとは思いませんでした……」


「邸の中とはいえ、夜にご令嬢をひとりで歩かせられません」



 魔導具の星の光で照らされた庭園の木々や垣根の中をクリスティーナとヴォルフガングは歩いていた。


 レイアに「風邪を召さないようにしっかりと着てください!」と言われ、手袋はもちろん、コートのフードを被り、その下には何枚も厚着をさせられている。それでも吐く息は白く、クリスティーナの頬と鼻先は寒さで赤くなっていた。
 クリスティーナの横を歩いていたヴォルフガングの足が止まり、それに気がついたクリスティーナも足を止めて振り返った。


「クリスティーナ嬢、もしよければこれをお使いください」


 そう言ってヴォルフガングがポケットから出したのは、庭園に飾られた五芒星と同じ小さな星がついたネックレスだった。

 クリスティーナがネックレスを手の中で見つめていると、ヴォルフガングはネックレスの留め具を外して彼女の首元へ持っていく。


「失礼します」


 お互いの白い息がかかるほどに二人の距離が近くなり、恥ずかしくなったクリスティーナは顔を下に向ける。

(ち、近いわ……)


 カチっと、留め具の止まる音がして、プラチナピンクの髪がチェーンの中を通された。


「できました」


 ヴォルフガングの体が離れたので、クリスティーナが自分の首元を見ると、先ほどまで透明だったネックレスの星部分が温かな金色に光っていた。


「なんだか、首元と顔のあたりまで温かいです。これは魔導具ですか?」


 クリスティーナが顔を上げると、星の光に照らされたヴォルフガングの微笑む顔があった。


(彼が微笑んだのを初めて見たわ……)



 ヴォルフガングは社交界で“氷の小公爵“と呼ばれていた。それは文字通り、氷で包まれたシュネーハルト公爵家の小公爵であること、そして社交界の誰も彼の笑顔を見た事がないからである。

 父である公爵と同じ王国魔法騎士団で働く彼は、国王の護衛隊長の任を担っている。王宮で開かれるパーティーの日でも護衛の職務を真面目にこなしているため、パーティーを楽しむ事も女性とダンスを踊ることもない。

 笑わない貴公子、それがシュネーハルト小公爵だったのだ。





 クリスティーナが驚きで固まっていると、「大丈夫ですか?」と声がかかる。


「だっ、大丈夫ですっ……! こんなに可愛らしい魔導具は初めて見たので驚いてしまいました」


「とても似合っていますよ」


 金色の瞳が細められて、クリスティーナの鼓動が一瞬波打つ。

(小公爵様の笑顔を見たから、驚いているだけよ……!!)

 早くなる鼓動をなんとか落ち着かせようとクリスティーナは自分に言い聞かせる。



「クリスティーナ嬢さえよければ、そのまま受け取ってください。まだ試作品の段階ですが」


 ヴォルフガングの「試作品」という言葉にクリスティーナの不規則な心音が落ち着いた。


「試作品……ということは、これも公爵様の作品ですか?」

「いえ、これは私が作ったのです」

「小公爵様が?」

「ええ、防寒着に防寒の魔法陣を書き込む既存の方法がありますが、火傷を防ぐために低温でしか機能しないようになっているのはご存知だと思います。それに、防寒着に隠れていない顔などの部分までは寒さを対策することができません」


 クリスティーナはヴォルフガングの真剣な瞳を見つめて、ただ静かに頷く。


「領民の中には、魔導具の防寒着を手に入れることさえもやっとな者もいます。自宅でも外でも、真冬に素手で仕事をしなくてはならない時もあるでしょう」

「……小公爵様は、これを領民たちのための安価な防寒魔導具になればとお考えなのですね」

「はい。しかしまだ問題点があり、まだ流通ができずにいたのです」

「どんな問題かお聞きしても?」



「もちろんです」とヴォルフガングが頷いて、庭園の中をゆっくりと歩き進めたのでクリスティーナもそれに続いた。



「……問題というのは、温度調整です。部屋の中にいても、外にいても適正温度を調整できる事が課題でした。しかしその問題が貴女の話を聞いてあっという間に解決した」


 ヴォルフガングの優しい金色の瞳がクリスティーナの紫色の瞳をとらえる。


「もしかして……温度の差で色を変える花のことですか?」


 その言葉にヴォルフガングの金色の瞳が大きく開かれ驚きの色に満ちたあと、静かに伏せられる。ヴォルフガングが体の向きを変えて再び歩き出したので、クリスティーナも彼の数歩後をゆっくりと歩く。


「その通りです。気温の変化で温度を変える魔法式を星型の中に入れた魔石に書き加えました」


 クリスティーナが胸に光る星に視線を落とし、手で触れると、手袋越しに暖かさが伝わる。


「小公爵様は素晴らしいですね。わたくしは、色を変える花を見つけた時、ハーブティーにしたら素敵だとか、そういったことばかり考えていましたから」


「本当にそうですか?」


 暖かく光る星を見つめて、自重がちに言ったクリスティーナをヴォルフガングが真剣な金色の瞳で射抜く。


「貴女は、本当は気付いていたのでは? 花の色が変わるの魔法陣を利用すれば、高価な魔導具の製作が可能だと」


「考えすぎですわ」


 にこりと微笑んでからヴォルフガングから視線を外したクリスティーナは、生垣に咲く小さな白い花を撫でる。


「クリスティーナ嬢はなぜあの白薔薇水晶を我が家へ贈ってくださったのですか?」

「お世話になる公爵様ご一家への贈り物です」

「魔法式を組んだ魔術師が、魔法陣の機能を何の見返りもなく教える事はあり得ません。登録された魔法陣の解体も禁止されている。貴女は自分の作り上げた魔法陣を登録する事もなく我が家へ明け渡したのです。晩餐中も会話の端々に新しい魔法陣の可能性が見えました」


 クリスティーナはヴォルフガングが何を言いたいのか分かっていた。

 ふたりはそのまま歩き続け、生垣の先にある星で飾り付けられたアーチを抜ける。そこには部屋から見たステラスノーストームの花が夜風に揺られていた。





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