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【星の聖女編】
12. 儀式のおわり
しおりを挟むクリスティーナが儀式を初めて七日目の朝。
いつものように寝室で目を覚ますと、プラチナに輝く小さな竜が隣で丸まっていた。ダイヤモンドの瞳は閉じられ、静かに体が上下している。
人間と寝るのは温かいのか、三日目に出会ってから気が付けば隣でオルフェウスが眠っていた。
クリスティーナは、オルフェを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、身支度を整える。
オルフェウスとの毎日はとても充実したものだった。毎日新しい味のお菓子やハーブティーをふたりで作っては食べを繰り返していた。不思議なもので、この北の神殿の中では病気になることも太ることも痩せることもないそうだ。
そのおかげで、クリスティーナは神殿に来た時と同じプロポーションを保てていた。
(オルちゃんと過ごすのも今日で最後ね……)
着替えを済ませたクリスティーナは、すやすやとよく眠るオルフェウスを見て寂しさに少しだけ顔を歪める。
(しんみりしてはだめよ! 今日もしっかり魔力を奉納するんだから!)
クリスティーナは自分の両頬を軽くパチンと叩いて、女神の星の間へ向かった。
* * * * * *
扉を開けた先には、ピンクゴールドの輝きを一層増した女神の星が静かに浮かんでいた。もうその頂点を見ることは難しいほど、多くの魔力を吸収し大きく輝く星になっていた。
「星の女神様、おはようございます。今日でわたくしのお役目も終わりにございます。七日間、本当にありがとうございました。女神様の愛してくださったこの世界が永遠に守られますように」
クリスティーナが女神の星にそっと触れた時、星が金色の光を放った。驚いたクリスティーナは目をぎゅっと強く閉じる。
「これは……」
クリスティーナが恐る恐る目を開けると、そこには黄金に光る女神の星があった。
「儀式が終わったのよ」
背後からそう言われたクリスティーナが振り返る。
「オルちゃん」
入ってきた扉の前に、神妙な面持ちのオルフェウスがいた。オルフェウスはクリスティーナの隣まで来ると、黄金に輝く女神の見上げて言った。
「ヴィクトリアは、自分が儀式を最後まで成し遂げられなかったと思っているようだけれど、それは違うわ」
オルフェウスの口からでた公爵夫人の名前にクリスティーナは視線をオルフェウスへと移す。
「オルちゃん、どういうこと?」
「女神の星は、魔力の質によって奉納できる魔力に上限があるのよ」
驚くクリスティーナに対し、オルフェウスは女神の星を見つめたまま淡々と話を続ける。
「ヴィクトリアの魔力の質が悪かったというわけではないわ。妊娠中で魔力が不安定だった。ただそれだけよ」
妊娠中は、相手の魔力と自分の魔力を持った子をお腹に宿し育て続ける。その間、妊娠した女性は身体の中の魔力の流れが不安定になる。うまく魔法が発動しなかったり、少し魔法を使っただけでも魔力酔いを起こしやすくなるのだ。
「あの時もこうして七日目の朝、魔力の奉納が完了した。それなのに、これでは少ないと焦ったヴィクトリアはさらに魔力を奉納しようとしたの」
「そんな……どうして」
公爵夫人も知らないであろう真実にクリスティーナは愕然とする。そんなクリスティーナに青色の瞳を向けたオルフェウスは尋ねる。
「ティーナ、アンタはヴィクトリアからこの儀式について詳しく説明を受けた?」
「いえ……ただ、行けば分かるとだけ」
「アンタに無茶をさせないためよ」
オルフェウスの瞳が徐々に薄い空色に変わっていく。
「ヴィクトリアは、正式な公爵夫人だったのもあって、この儀式がどういうものなのか、先代からきちんと聞かされていた。それで無理をしたのね」
クリスティーナは、「ただ無事に戻ってきてくれればそれでいい」という公爵夫人の言葉を思い出して息をのむ。当時儀式を行った公爵夫人の焦りや自分に対する思いやりを感じ、胸がいっぱいになった。
「儀式が終われば、女神の星はもう魔力を必要としない。お疲れさま、ティーナ」
黙っているクリスティーナの顔の側まで近寄ったオルフェウスが優しく告げる。クリスティーナはひと呼吸おいてオルフェウスを見つめて言った。
「百五十年分くらいは奉納できたかしら?」
「惜しかったわ。百四十八年分よ。まあ、引きこもり条件としては上出来じゃない?」
オルフェウスの言葉がおかしくて笑い出したクリスティーナ。それを見たオルフェウスも瞳を桃色に染めて笑う。
ひとしきり笑い合ったあと、オルフェウスがクリスティーナの周りをぐるりと一周してから頭の上に腰を落ち着ける。
「朝から昔話してお腹すいたわ! 早く朝食にしましょ!」
クリスティーナは「そうね」と相槌を打って扉へと足を進めた。しかし、扉を開けた先はいつもの食堂ではなく、オルフェウスと初めて話をした薔薇園だった。頭にはてなを浮かべるオルフェウスがクリスティーナに尋ねる。
「ティーナ? 朝食を食べるんじゃなかったの?」
「えーっと、オルちゃんとお別れしなくちゃって思ってたらここに来ちゃったみたい」
「どうしてここなのよ?」
オルフェウスを頭に乗せたまま、クリスティーナは薔薇園の中央に置かれているテーブルへ向かう。そこには銀の星と赤色の薔薇の装飾が美しい、四角い箱が置いてあった。
「これをオルちゃんにプレゼントするために」
オルフェウスがちょうど入れそうなサイズの箱をダイヤモンドの瞳でまじまじと見つめるオルフェウス。
「よく出来た箱ね」とテーブルの上に降りたオルフェウスが言う。
「開けてみて」
クリスティーナに言われた通り、オルフェウスが箱を開ける。そこにはオルフェウスの好きなマカロンがたくさん詰められていた。
「オルちゃんが食べたいと思ったお菓子がなんでも取り出せるの。わたしの知っているお菓子限定だけれど。あと、食べ過ぎ厳禁だから一日一回しか開けられないわ」
「ティーナ……」
大好きなマカロンの詰まった箱の縁を、オルフェウスはぎゅっと握りしめた。
「……やっぱりアンタ、神殿の魔法を解析したわね!」
「しっ、神殿じゃないわ! 扉の魔法よ!」
しんみりとした空気の中からの大きな声に、思わず両耳を塞いだクリスティーナも叫ぶようにして言った。
扉とは言えど、結局は神殿の魔法を解析したことに変わりはない。しまった、と両手を耳から口元に移動させたがもう遅い。
「だって、わたしが自分のためにたくさん魔力を奉納したから、その間オルちゃんはひとりでしょう……」
オルフェウスから目を逸らして弱々しく言うクリスティーナに、オルフェウスは、はあっと大きなため息をつく。
「そんなことティーナが気にする必要ないのよ。定期的に公爵家の人間が訪ねてくるし。現当主のアルフレッドとは会話もするわ」
「そう……じゃあ寂しくないわね。よかったわ」
いつもとは違う、クリスティーナのしおらしい姿を横目で見ながら、オルフェウスは箱の中のマカロンをひとつ口に含んだ。オルフェウスの口の中にフランボワーズの香りが広がっていく。
クリスティーナの作る、甘すぎず素材の味を感じられるマカロンは、オルフェウスのお気に入りだったのだ。ひとつ、またひとつと口にしながらオルフェウスは呟いた。
「……でもまあ、ティーナのお菓子やお茶は美味しいし。暇つぶしくらいにはなるかしら」
その一言でクリスティーナの表情が明るくなる。
「暇つぶしにでも、なってくれたら嬉しいわ……!」
クリスティーナの嬉しそうな笑顔を見て、オルフェウスの瞳はまた桃色に変わる。
「オルちゃん、ありがとう」
「……こちらこそ、ティーナ」
微笑み合うふたりの間に、突然その音は鳴り響いた。
キーーーン!
耳を刺すような音にクリスティーナとオルフェウスは顔を歪める。
「なに? 今の音……」
あまりにも一瞬の出来事にクリスティーナが唖然としていると、オルフェウスが震える声で言った。
「……女神の星から、魔力が溢れている……」
オルフェウスが扉に向かって勢いよく飛び出したので、クリスティーナも慌てて後に続いた。
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