薔薇姫の箱庭へようこそ 〜引きこもり生活を手に入れるために聖女になります!〜

おたくさ

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【星の聖女編】

11. 聖竜とお菓子

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 並べられたマカロンを食べ切ったオルフェウスは、大きくなった銀のお腹をさすりながら満足そうにクリスティーナの方へ視線を向けた。


「ていうか、アンタ、いつもと性格違いすぎじゃない? もっとこう、完璧な貴族令嬢みたいな感じだったのに」

 クリスティーナは微笑んだまま、ティーポットからカップへ紅茶を注ぎ、それをオルフェウスの前へ静かに置いた。
 

「……女神の星はこの世界でひとつしかない最も尊い星。敬意を払うのは当然だというだけよ。でもオルちゃんとこうしてお話ができて嬉しいわ。わたしがわたしでいられるのは、お父様とお母様、弟たち、それと侍女のレイアくらいだもの」


 差し出したティーカップの中で揺れる紅茶を、寂しそうに見つめているクリスティーナの瞳を見たオルフェウスの瞳が青に染まる。


「アンタも大変なのね」

「ふふっ。でもこのお役目が終わったら、領地でのんびり過ごすの」

「……アンタの中にあるそのトンデモナイ魔法が問題なワケ?」


 オルフェウスの指摘に「バレていたの?」とクリスティーナは笑う。
 寂しいのか楽しいのか、感情の読めないクリスティーナに、オルフェウスは「食えない子ね」と呟いて紅茶に口をつけた。


「ねえ、オルちゃん。あとどのくらい魔力を奉納したら、百年分くらいになるかしら? できるだけ沢山の魔力を奉納してくることが引きこもりの条件なの」

「今は大体、八十年分ってところからしら」

「もうそんなに?」

 クリスティーナの紫色の瞳が大きく開かれる。


「そうよ。アンタの魔力はシュネーハルト家に連なる者とは違うけれど、純度が高くてとても良い香りがする」

「魔力に香りがあるの?」

「ティーナのは特別。まあ要するに、上質な魔力って事よ」


 その言葉に胸を撫で下ろしたクリスティーナは自分のカップに残っていた紅茶を飲み干した。

「……本当のところは心配していたの。私の魔力では儀式ができないのではないかって」

「まあ、公爵家の娘か夫人が今まで引き継いできた仕事だからね。ティーナには務まらなかったかもしれないわ」

「その時はどうなっていたの?」

「白の選別を抜けられずに元来た場所に戻されるだけよ。今、神殿の周辺全てが氷に固く閉ざされている。誰も近寄ることができないわ。でもそれが無事に儀式が始まった証でもある」


 マカロンを食べ尽くしたオルフェウスは、小さなチョコレートが並んだ皿の前に座って、うっとりしながらその甘さを堪能する。



「儀式が終わる頃になれば神殿は元通りになるのかしら」

「そうよ、七日目の夜……アンタたち人間が星の女神祭を祝う前日にこの北の地と神殿の魔法が解けるわ」

「……」

「アンタ、まさかこの神殿の魔法を解析しようなんて考えてないでしょうね……?」


 考え込むように黙り込んだクリスティーナに怪訝な眼差しを向けるオルフェウス。それに気がついたクリスティーナがオルフェウスに微笑みかける。


「……ふふっ。そんなわけないじゃない。流石のわたしでもそこまで不敬なことはしないわ」

「ホントかしら……」


 笑顔のクリスティーナを見て、信用ならないと思うオルフェウスだったが、いちごのショートケーキを目の前に差し出され黙ってそれに舌鼓を打ちながらペロリとたいらげた。



「ねえ、オルちゃん! せっかくこうして知り合えたんだもの。毎日たくさんお話ししましょう!」

「知り合えたというより、ティーナが強制的に引っ張り出したんでしょ」

 テーブルに並べられたお菓子の半分を空にしたオルフェウスは、銀翼をはためかせてクリスティーナの目の前までやってくる。

 そしてクリスティーナの鼻先を指差した。


「いい? アタシは聖竜。星の女神が六六六番目に創った、この世界で唯一の竜なの。人間と馴れ合うつもりはないわ」

 そう言ってオルフェウスが翼を強く一振りすると、銀色の粉を残してクリスティーナの目の前から姿を消した。




 部屋に残されたクリスティーナは無言で立ち上がり、この部屋ただひとつの扉の方へ向かう。
 そして勢いよく扉を開けた。


「オルちゃん!」

「ぎゃっ!!」


 扉を開けた先では、オルフェウスが雲のような白くて大きなクッションの上で翼を休めていた。しかしクリスティーナによって開かれた部屋の扉に驚き、ダイヤモンドの瞳を色を変える間も無く、ただパチパチと瞬きを繰り返しているだけだった。
 そんなオルフェウスにクリスティーナは遠慮なしに近づいて言った。

「すごいわ! わたしはもうオルちゃんを認識してしまったから、神殿の中にいる限り、どこへ行っても追いかけられるみたい!」


 嬉しそうにそう言ったクリスティーナにオルフェウスは震え上がる。


「せっ……聖竜をストーカーしてんじゃないわよ! 怖いから!」

「とりあえず、一緒にお菓子でも作って仲良くなりましょう!」

「お、お菓子は好きだけどその手には乗らないわっ!!」


 オルフェウスがそう叫んだ時、クリスティーナは胸の前に組んでいた両手をストンと下ろした。

「……そう、分かったわ」


 そしてわざとらしく悲しげな声色で言う。

「残念だけれど、マカロンタワーは諦めるわ」

 ”マカロンタワー” という言葉に、オルフェウスの眉がぴくりと反応したのをクリスティーナは見逃さなかった。


「最近流行っている、卵とお砂糖をたくさん使った、甘くてふわふわのカステラというお菓子も作ろうと思っていたけど、一人で食べてもつまらないし……」

 ほおに手を当てて首を傾げ、悲しそうな表情をつくるクリスティーナ。


「ほんとーうに残念だけれど、儀式が終わってから自宅のシェフに作ってもらうわ」

「ティーナ……アンタ、ほんっとイイ性格してるわね……!!」

 もちろんその態度が演技だということはオルフェウスも理解していた。しかしこの聖竜、甘いものに目がない大の甘党だったのだ。
 クリスティーナの口から発せられた”甘くてふわふわのカステラ”という言葉に、わなわなと銀の鱗で覆われた体を震わせていた。


「いいの。わたしはオルちゃんに、カステラや他のフレーバーのマカロンを食べてほしかったのだけれど。ああ、わたし、お菓子はもちろんだけれど、紅茶も色々な味を魔法で作れるのよ」

 もうひと推しと言わんばかりにクリスティーナが揺さぶりをかける。


「でもオルちゃんが嫌なら……」

「ああ! もう!! 分かったわよっ!! 一緒に行けばいいんでしょ!」


 オルフェウスが飛び上がり、クリスティーナの頭の上に腰を下ろした。

「今追い返しても、どうせしつこいだろうし!」


 そう言いながらもオルフェウスの尻尾がクリスティーナの髪を揺らしていた。口調は厳しくとも、まんざらでもないオルフェウスの態度にクリスティーナは笑った。


「オルちゃんって、素直じゃないのね」

「なんですって!?」


 ぎゃあぎゃあと悪態をつく聖竜を連れて、クリスティーナは笑顔のまま部屋をあとにした。



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