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【星の聖女編】
10. 星の女神と聖竜
しおりを挟むクリスティーナにとって、神殿での生活は快適なものだった。
睡眠をと思いながら扉を開ければ、柔らかいベッドの用意された寝室が現れ、食事をしたいと思えば、美味しい料理の用意された食堂の扉に繋がる。
給仕をする者がいるのかと不思議に思っていたが、この三日間、クリスティーナは誰とも顔を合わせていない。
しかし、何者かの気配は感じていた。
「うん、いい感じね!」
今、クリスティーナは温室でブーケを作成している所だった。温室には、彼女の知っている花から見たこともないような花が日替わりであらわれるので、朝昼夕の魔力奉納の時間以外はほとんどこの温室で過ごしていた。
赤い薔薇に白い霞草のシンプルなブーケを持って、クリスティーナが扉を開けると、女神の星が浮かぶ部屋へと繋がった。クリスティーナが神殿に来た日、両手に収まる程しかなかった女神の星は、魔力を吸収し、てっぺんが見えなくなるほど大きくなり、美しいローズゴールドの輝きを放っていた。
「今朝も美味しい朝食をありがとうございます。イチゴのジャムが本当に美味しゅうございました」
ふわふわと宙に浮かぶ女神の星の下に、先程クリスティーナが作ったバラのブーケを置く。
そして両手で星に触れて魔力を奉納する。女神の星はクリスティーナの魔力を吸い込み、光の当たったシャンパンのようにキラキラと輝き始めた。
「またてっぺんが少し遠くなったみたいだわ」
クリスティーナが見上げると先ほどよりもほんの少し、女神の星が大きくなっていた。
「それでは、また夕方に」
クリスティーナはにこりと微笑んで、ドアの方へと踵を翻す。ドアノブに手を伸ばそうとした時ーーー
「ギャ!!??」
クリスティーナの背後で何かの叫び声が聞こえた。
その声を聞いたクリスティーナが、目を輝かせながら振り向くと、小さな白い竜が薔薇の蔓に絡み取られて、ジタバタと暴れていた。
クリスティーナは急いで駆け寄り、その竜を両手で胸に抱える。
「やっと見つけたわ! ずっと、小さな動物が駆け回っているような気配がしていたの。あなただったのね! 会えて嬉しいわ!」
クリスティーナの腕の中で一瞬だけ動きを止めた竜は、赤かった目の色を白くしたが、再び真っ赤に染めて叫ぶように言った。
「会えたんじゃなくて、アンタがこんな罠を仕掛けて捕まえにきたんじゃない! とにかくこれどうにかしなさいよ!!」
「まあ! あなた、喋れるの? やっぱりお話しできる相手は必要だわ」
「ちょっと! アタシの話を聞きなさい!」
クリスティーナはバタバタと動こうとする竜を抱いたまま笑顔でドアを開けた。
行き先は薔薇園だった。ドーム状になっている天井の窓からは暖かな日が差し込み、中央にテーブルと椅子が置いてあった。テーブルの上にはお茶とお菓子などの軽食が並べられていた。
薔薇園の中を鼻歌を歌いながら歩くクリスティーナに、小さな竜は大人しくなり、もう何も言わなかった。
「さて、まずは自己紹介をしなくてはね。初めまして。わたくしは、クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルム。知っていると思うけれど、星の聖女としてこの神殿に滞在させていただいてるわ。あなたの名前を教えてくださる?」
いまだ薔薇に絡まれた竜を膝に乗せて、椅子に座ったクリスティーナは話しかける。
竜はじとっとした黒い目でクリスティーナを見上げた後、はあっと溜息をついた。
「アタシはオルフェウス。この神殿を守る聖竜よ。アンタの事は知っているわ。こんなにとんでもない聖女に出会ったのは初めてよ」
「オルフェウスちゃんっていうのね! 素敵なお名前だけれど、オルちゃんって呼ばせていただくわ!」
「アンタ……本当に話を聞かないわね」
「スーちゃんの方がいいかしら?」
「もう好きにしたらいいわ。それよりもまずこれを解きなさい!」
オルフェウスは薔薇の蔓が絡まった銀の鱗で覆われた翼を動きにくそうにパタパタと動かした。
「ああ、ごめんなさい。今解くわね」
クリスティーナが手をかざし「解除」と唱えると、オルフェウスに絡みついていた薔薇の蔓がシュルシュルと解けて、ブーケにされていた元の薔薇と霞草に戻った。
解放されたオルフェウスは二、三回翼を上下に動かすとクリスティーナの膝の上から飛び出し、テーブルの上空に留まった。
「アンタ、クリスティーナと言ったかしら」
「ティーナと呼んでちょうだい!」
「……アンタここの事をどのくらい把握しているの」
「とても便利というくらいよ。思い描くだけで自由になんでもできるわ」
優雅にティーカップを持ち、お茶を飲むクリスティーナを見たオルフェウスの瞳から色が引き、輝くダイヤモンドのように変化する。
そして、はあっとため息をつくと、テーブルの隅に座った。
「ここまで自在に神殿の魔力を扱う人間は公爵家直系レベルよ。とんでもないのを送り込んでくれたわね。まあ、悪意がないからさっきの魔法も発動したんでしょ」
「ここでは魔法が使えないの?」
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「……悪くないじゃない、ティーナ」
クリスティーナの髪と同じプラチナローズに瞳を輝かせてオルフェウスは、次から次へとマカロンを食べ進めている。
ティーナと愛称で呼んでくれた事、口いっぱいになるほどマカロンを頬張ってくれている事に嬉しくなったクリスティーナは、笑顔でその様子を眺めていた。
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