9 / 41
【星の聖女編】
09. 儀式のはじまり
しおりを挟む「着いたようだな」
公爵の言葉に馬車の中に緊張の糸が張る。
馬車の扉が開かれ、公爵がはじめに降り、続いて公爵夫人、ヴォルフガングと続き、最後にクリスティーナが馬車から顔を出すと、雪の混じった強風に体勢を崩してしまった。
「きゃっ……!」
(落ちる!!)
クリスティーナがぎゅっと目を閉じて身を固める。
その瞬間、どさっという音を立てたがクリスティーナの身体に痛みはない。
(雪の上だから痛くなかったのかしら……。雪にしてはなんだか暖かいような……)
そう思いながらクリスティーナがそっと目を開けると、心配そうな色をした金色の瞳と目が合った。
「お怪我はないですか!?」
「え、ええ……どこも……」
「よかった」と安堵の色を浮かべたヴォルフガングの顔が近いことに気が付いたクリスティーナは、自分が横抱きにされている事に気が付いた。
「も、申し訳ありません!」
ヴォルフガングの胸に手を当てて慌てて距離を取ろうとするが、さらにしっかりと抱えられてしまった。
「……っ!」
「歩き慣れないでしょうからわたしがこのまま神殿までお運びします」
「そんな! 大丈夫です!!」
「だめです」
ヴォルフガングの腕の中でもがくクリスティーナだがその鍛えられた体はびくともせず、ぎゅっと力をさらに込められてしまう始末だった。
そんな二人の攻防を生温かい目で公爵夫妻が見ていた事を本人たちは知る由もない。
結局、ヴォルフガングの腕から解放されたのは、天まであるかのような白い石の扉の前だった。
恥ずかしさよりもその荘厳さに息を呑むクリスティーナ。
「クリスティーナ嬢、今から神殿の扉を開く。神殿に入れば、儀式が終わるまでこの地は閉ざされ誰も近づく事はできない。覚悟はよいか?」
公爵の真剣な眼差しにクリスティーナは息を深く吸った。
「はい。お務めを果たして参ります」
「承知した」
公爵は頷くと、扉の前に立ち、魔法で剣を取り出した。剣をしっかりと握り雪の中へ突き刺す。
「我、北の大地に仕えし者」
公爵の詠唱で扉全体に魔法陣が展開される。
「女神を守りし聖なる竜よ
我が名はアルフレッド・フォン・シュネーハルト
星に仕えし乙女クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルムを受け入れ給え」
剣を引き抜くと同時に魔法陣が黄金に輝き、地ならしのような音を鳴り響かせながら扉がゆっくりと開いた。
(こんなに壮大な魔法は見た事ないわ)
クリスティーナは思わず後ずさったが、その肩をヴォルフガングが支えていた。
やがて地面の揺れが収まり、人がひとり通れるくらいに扉が開いていた。
公爵夫人がクリスティーナの両手を握りしめる。その手はわずかに震えていた。
「クリスティーナ嬢、どうか無理はしないでくださいね」
「うむ。戻ってきてさえくれればそれで充分だ」
「ありがとうございます。ヴィクトリア様、公爵様。無事に戻って参ります」
先ほどまではただただ恐れ慄いていたが、紫色の瞳に光が入る。
「ティ……いや。クリスティーナ嬢、七日後に迎えに来ます」
心配そうな顔のヴォルフガングから鞄を受け取り、クリスティーナは笑顔で答える。
「はい、お迎え、お待ちしております」
レイアが詰めてくれた荷物をしっかりと握り締め、「行って参ります」と言葉を残して、クリスティーナは神殿の入り口へと向かった。
神殿の中は白い光に包まれていて何も見えない。その光の中にクリスティーナの姿が消えると、地面を揺らしながら扉が閉じられた。
そして、神殿は氷に包まれ始めた。
「急いで戻るぞ。もうじきここも氷で閉ざされる」
公爵夫人とヴォルフガングは頷き、早足で馬車の待つ場所まで道を引き返した。
* * * * * *
クリスティーナは何もない白い光の中を歩いていた。
音も匂いも何も感じられない、しかしそれが不快ではなかった。
(導かれているみたい。どこへ向かえばいいのか分かる)
ゆっくりと歩みを進め続けると、足元の感覚が変わった事に気が付き、クリスティーナが視線を落とす。そこにはいつの間にか大理石の床があった。
そのまま顔を上げれば、目の前にクリスティーナの手のひらに収まる程のマカバの星が浮かんでいた。
王国で最も最上位の星は、星の女神を表す六芒星であり王族のみが使用することのできる星型である。その六芒星を立体にしたのがマカバの星、星型八面体だ。
この国、いやこの世界にひとつしかないであろうマカバの星。人はそれを”女神の星”と呼んでいた。
その小さな星をクリスティーナは両手で握りしめる。
すると、てのひらがじんわりと温かくなるのを感じた。
(魔力を吸収している……)
小さな女神の星はクリスティーナの魔力を吸い取っていた。これが魔力奉納なのだとクリスティーナは理解した。
手のひらの熱が弱まってきたので、星から手を離すと、白色だった星が淡いピンク色に変わっていた。大きさもクリスティーナの手よりも大きくなっている。
(これを星の女神祭までの七日間続ければいいのね)
クリスティーナは両膝を床につき胸の前で両手を組む。
「星の聖女の役割を賜りました、クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルムと申します。お導きくださりありがとうございます。星の女神様、神殿をお守りする聖竜様、七日の間、どうぞよろしくお願いいたします」
その瞬間、膝をついた場所から霧のようなものがなくなり、神殿の内部が姿を現した。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる