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【星の聖女編】

09. 儀式のはじまり

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「着いたようだな」

 公爵の言葉に馬車の中に緊張の糸が張る。


 馬車の扉が開かれ、公爵がはじめに降り、続いて公爵夫人、ヴォルフガングと続き、最後にクリスティーナが馬車から顔を出すと、雪の混じった強風に体勢を崩してしまった。


「きゃっ……!」

(落ちる!!)



 クリスティーナがぎゅっと目を閉じて身を固める。
 その瞬間、どさっという音を立てたがクリスティーナの身体に痛みはない。


(雪の上だから痛くなかったのかしら……。雪にしてはなんだか暖かいような……)


 そう思いながらクリスティーナがそっと目を開けると、心配そうな色をした金色の瞳と目が合った。

「お怪我はないですか!?」

「え、ええ……どこも……」


「よかった」と安堵の色を浮かべたヴォルフガングの顔が近いことに気が付いたクリスティーナは、自分が横抱きにされている事に気が付いた。

「も、申し訳ありません!」

 ヴォルフガングの胸に手を当てて慌てて距離を取ろうとするが、さらにしっかりと抱えられてしまった。


「……っ!」

「歩き慣れないでしょうからわたしがこのまま神殿までお運びします」

「そんな! 大丈夫です!!」

「だめです」


 ヴォルフガングの腕の中でもがくクリスティーナだがその鍛えられた体はびくともせず、ぎゅっと力をさらに込められてしまう始末だった。

 そんな二人の攻防を生温かい目で公爵夫妻が見ていた事を本人たちは知る由もない。




 結局、ヴォルフガングの腕から解放されたのは、天まであるかのような白い石の扉の前だった。

 恥ずかしさよりもその荘厳さに息を呑むクリスティーナ。



「クリスティーナ嬢、今から神殿の扉を開く。神殿に入れば、儀式が終わるまでこの地は閉ざされ誰も近づく事はできない。覚悟はよいか?」


 公爵の真剣な眼差しにクリスティーナは息を深く吸った。


「はい。お務めを果たして参ります」


「承知した」

 
 公爵は頷くと、扉の前に立ち、魔法で剣を取り出した。剣をしっかりと握り雪の中へ突き刺す。




「我、北の大地に仕えし者」


 公爵の詠唱で扉全体に魔法陣が展開される。



「女神を守りし聖なる竜よ

 我が名はアルフレッド・フォン・シュネーハルト

 星に仕えし乙女クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルムを受け入れ給え」


 剣を引き抜くと同時に魔法陣が黄金に輝き、地ならしのような音を鳴り響かせながら扉がゆっくりと開いた。


(こんなに壮大な魔法は見た事ないわ)

 クリスティーナは思わず後ずさったが、その肩をヴォルフガングが支えていた。


 やがて地面の揺れが収まり、人がひとり通れるくらいに扉が開いていた。
 公爵夫人がクリスティーナの両手を握りしめる。その手はわずかに震えていた。


「クリスティーナ嬢、どうか無理はしないでくださいね」

「うむ。戻ってきてさえくれればそれで充分だ」

「ありがとうございます。ヴィクトリア様、公爵様。無事に戻って参ります」


 先ほどまではただただ恐れ慄いていたが、紫色の瞳に光が入る。


「ティ……いや。クリスティーナ嬢、七日後に迎えに来ます」


 心配そうな顔のヴォルフガングから鞄を受け取り、クリスティーナは笑顔で答える。


「はい、お迎え、お待ちしております」


 レイアが詰めてくれた荷物をしっかりと握り締め、「行って参ります」と言葉を残して、クリスティーナは神殿の入り口へと向かった。



 神殿の中は白い光に包まれていて何も見えない。その光の中にクリスティーナの姿が消えると、地面を揺らしながら扉が閉じられた。

 そして、神殿は氷に包まれ始めた。



「急いで戻るぞ。もうじきここも氷で閉ざされる」


 公爵夫人とヴォルフガングは頷き、早足で馬車の待つ場所まで道を引き返した。







* * * * * *






 クリスティーナは何もない白い光の中を歩いていた。

 音も匂いも何も感じられない、しかしそれが不快ではなかった。


(導かれているみたい。どこへ向かえばいいのか分かる)


 ゆっくりと歩みを進め続けると、足元の感覚が変わった事に気が付き、クリスティーナが視線を落とす。そこにはいつの間にか大理石の床があった。

 そのまま顔を上げれば、目の前にクリスティーナの手のひらに収まる程のマカバの星が浮かんでいた。

 王国で最も最上位の星は、星の女神を表す六芒星であり王族のみが使用することのできる星型である。その六芒星を立体にしたのがマカバの星、星型八面体だ。

 この国、いやこの世界にひとつしかないであろうマカバの星。人はそれを”女神の星”と呼んでいた。
 その小さな星をクリスティーナは両手で握りしめる。


 すると、てのひらがじんわりと温かくなるのを感じた。

(魔力を吸収している……)

 小さな女神の星はクリスティーナの魔力を吸い取っていた。これが魔力奉納なのだとクリスティーナは理解した。



 手のひらの熱が弱まってきたので、星から手を離すと、白色だった星が淡いピンク色に変わっていた。大きさもクリスティーナの手よりも大きくなっている。


(これを星の女神祭までの七日間続ければいいのね)

 クリスティーナは両膝を床につき胸の前で両手を組む。


「星の聖女の役割を賜りました、クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルムと申します。お導きくださりありがとうございます。星の女神様、神殿をお守りする聖竜様、七日の間、どうぞよろしくお願いいたします」


 その瞬間、膝をついた場所から霧のようなものがなくなり、神殿の内部が姿を現した。






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