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【星の聖女編】

08. 北の大神殿へ

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 シュネーハルトの夜は長い

 いつもより少しだけ早い時間に目を覚ましただけのはずであるのに、窓の外はまだ真っ暗だ。



 公爵邸で一晩を過ごしたクリスティーナは、荷物を持つレイアと共に大広間で公爵を待っているところだった。

「お嬢様」と元気のない声が背後から聞こえて振り返ると、眉の垂れ下がったレイアが荷物の取手を握りしめていた。

(あぁ、レイアとこんなに離れているのは初めてだものね)


 北の神殿に入れるのは、儀式を行う星の聖女ただひとり。鍵を持つ公爵一家は、中に入る事ができるが、儀式中は魔力が混ざらないようにするため神殿には誰も近づいてはいけないというのが規則であった。

 力のこもったレイアの手を握り、クリスティーナは他の使用人達に聞かれないよう小さな声で言った。


「レイア、大丈夫よ。わたしがひとりで過ごすのが好きなのは知っているでしょう? たくさん奉納をして隠居生活をさせていただくんだから」

「お嬢様……こんな時まおやめください……」

 項垂れるレイアの手を苦笑いで握って励ましていると使用人達が一斉に姿勢を正す音が聞こえ、マシューが公爵一家を案内し大広間にやってきた。



「待たせてすまないね、クリスティーナ嬢。昨夜はよくお休みになられたかな」

「はい、とても過ごしやすいお部屋をご用意くださり感謝しております。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「早速で申し訳ないが、日の出までに神殿に入っていただかないとならん。出発の準備はよいだろうか」


「はい」とクリスティーナが返事をする横でヴォルフガングがレイアから鞄を受け取っていた。


「お嬢様、どうかお気をつけて……」

「ありがとう。帰ってきたら一緒にお茶を飲みましょうね」


 涙目のレイアを抱きしめ背中を優しくさすったクリスティーナは、公爵夫人とその後ろに控えるマシューへ向き直った。


「ヴィクトリア様、マシュー様、レイアをどうぞよろしくお願いいたします」


「ええ、もちろんよ。こちらで大切に預からせていただくから安心してちょうだい」


 優しく微笑む公爵夫人と頷くマシューを見て安心したクリスティーナは、レイアに「いってきます」と声をかけて外へ出るため歩き出した。



 外に出ると公爵家の家紋のついた馬車が止まっていた。しかし馬車を引くのはクリスティーナが見た事のない大きさの白い三頭の馬だった。

 一番初めに公爵のエスコートで公爵夫人が馬車に乗り込み、続いて公爵、そしてヴォルフガングのエスコートでクリスティーナが馬車に乗り、ヴォルフガングが乗り込んだところで馬車の扉が閉じられた。

 北の大神殿は公爵邸の裏手にある巨大な雪山の中にある。邸の庭を半周して、裏門に着くと門が開かれる。

 その先は前も見えないほどの一面の銀世界だった。クリスティーナが公爵領に訪れる際に使った道は、魔導具で雪が積もらないようになってい。しかし、ここにはそういった仕掛けのないただの雪山。

 窓から覗くその白い世界に少しだけ恐怖を感じたクリスティーナの顔が強張る。
 それを察してか、隣に座るヴォルフガングが声をかけた。


「ティーナ、大丈夫ですよ。この馬車は北の大神殿まで行くために作られた馬車と馬たちです。御者も魔術師ですのでご安心ください」

「ヴォルフ様、申し訳ありません。このような光景は初めて目にしたので驚いてしまいました」


 そのやりとりを目の前で見ていた公爵が不思議そうに尋ねてきた。


「我がせがれとクリスティーナ嬢は、いつの間にそのように呼び合うような仲になったのだ?」


 ヴォルフガングが何の戸惑いもなく愛称で話しかけたため、クリスティーナも思わず愛称で呼び返してしまった。彼の両親である公爵夫妻の前だということに気がつき、クリスティーナは恥ずかしさで顔を赤らめ俯いた。
 
 その様子を見た公爵夫人がひじで公爵を突く。


「不躾な事を仰るのなら到着するまで黙っていて。あなたのせいで取り返しのつかない事になったらどうしてくださるのかしら」


 公爵夫人の怒りの滲む笑顔に「すまない」と、公爵は顔をひきつらせて反対側の窓の方へ視線を逸らした。

 しかし公爵夫人の鋭い目つきは今度は息子であるヴォルフガングへ向けられた。


「あなたもですよ、ヴォルフ」

「わ、わたしもですか……」

 思いもよらない飛び火に目を白黒させるヴォルフガング。


「あなたがその気になった話は邸に戻ってから聞きます。でも、こういった事に疎い父がここにいるのですから気をつけなさい。上手くやらないと承知しませんよ」

「はい、母上……」


 ヴォルフガングも気まずそうな顔をして父の公爵と同じように窓の外へ視線を向け、母の笑顔から顔を背けた。



「クリスティーナ嬢、昨日から本当にごめんなさいね。我が家の男たちはご令嬢への気遣いがなっていなくて」

「い……いえ、とんでもございません!」


 恥ずかしさで俯いたまま頭の中で火花を散らしていたクリスティーナは、公爵夫人の夫と息子への叱責など全く耳にしていなかった。

 その後は窓の外を眺める男性二人を置き去りにして、公爵夫人とクリスティーナが話に花を咲かせているうちに馬車がゆっくりと速度を落として停まった。



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