18 / 41
【王妃候補編】
18. 王妃候補のお茶会
しおりを挟む王太后による、齢三十、未婚息子の王妃候補たちとの茶会が始まった。
王国では三十歳を越えて独身というのは珍しくないが、貴族の令嬢たちは若くして結婚していってしまうため需要と供給が追いついていないのだ。
現在の王位継承権第一位は、国王の妹であるマリーテレーズ姫。しかし彼女は来年社交界デビューを果たす十二歳の少女だった。
国王が在位して、次の年には十三年目を迎える。同年代の令嬢や他国の王女たちは、ほとんどが嫁いでいってしまったため、王太后が焦り出すのも無理はないとクリスティーナは考えていた。
「クリスティーナ、星の聖女のお役目、ご苦労様でした。何事もなく終わり本当に良かったですね」
「ええ、本当に。ありがとう存じます、王太后様」
クリスティーナは普通に返事をしたが”何事もなく”という言葉に引っかかる。
(陛下は母君である王太后様にもあの件をお伝えしていらっしゃらないのね……)
あの事件を語るには、クリスティーナの物質の時を戻す魔法について話をしなくてはならない。
実のところは。領地で静かに暮らしたいと望んでいたクリスティーナのために、ヴォルフガングが国王にさえも報告していなかったのだ。
「エカテリーナ王女は、王宮での暮らしはいかがですか? 困ったことなどはないかしら?」
「は、はい……皆さんからとても親切にしていただいております」
「それは良かったわ。困った事があれば遠慮なく言ってちょうだい」
エカテリーナ王女は、本来ならば王妃候補としてこの場にいるはずではなかった。
パトリーチェ王家の第五王女が、ルイス国王とも年齢が近く王妃候補として名が挙げられていたからだ。しかし、幼なじみの男爵と駆け落ち同然の結婚をし、候補からも外された。
そして、姉妹の中で婚約者のいなかった十五歳のエカテリーナ王女がルクランブルク王国にやって来たというわけだった。
最初の一口から紅茶に手を付けられずにいるエカテリーナ王女を、正面に座るクリスティーナが心配そうに見つめていた。
「ベアトリーチェ、学園のご卒業おめでとう。優秀な成績だったと聞き及んでいますよ」
「勿体ないお言葉感謝いたします、王太后様。今後は国の為に誠心誠意お仕えして参ります」
「ふふっ。頼もしいわ。ザルヴァトル公爵もさぞ心強いことでしょう」
ベアトリーチェは魔法学園で三年間学び、先日学業を修了したばかりだ。
社交界デビューをした貴族の令息たちの殆どが、人脈や知見を広げるために王立魔法魔術学園に通う。一方で貴族の令嬢で学園に進む者は珍しく、その中でも異例の速さで飛び級をし続け、たった三年で首席卒業を勝ち取ったベアトリーチェは、まさにラヴェンナの称号に相応しい令嬢だった。
優雅に進められていた空気の中、ガチャリとティーカップを置くの音を立てたグロスマン伯爵令嬢。少しだけその場が緊張に包まれたが、グロスマン伯爵令嬢はお構いなしに皇太后へ話しかける。
「王太后様っ! 私の本日のドレス、いかがですか?」
「グロスマン伯爵令嬢、無礼ですよ」
流石に耐えきれなくなったベアトリーチェが、怒りのオーラを滲ませながらグロスマン伯爵令嬢を諫める。
茶会では、まず初めに主催者から招待客に話しかけなくてはならない。マナーだけでなく茶会の基本ルールさえ蔑ろにするその姿に、クリスティーナは心の中でため息をついた。
「どうしてですか? 王太后様も私への話題に困ってらっしゃったではないですか」
「それがそもそもの間違いです。王太后様のお心を勝手に察るなど……」
「いいのですよ、ベアトリーチェ」
全く空気を読まなグロスマン伯爵令嬢と、今にもはち切れそうなほどに手の血管を浮かせたベアトリーチェを見かねた王太后が仲裁をする。
そして真意の読めない完璧な笑顔でグロスマン伯爵令嬢に話題を振った。
「……サリュー嬢、見たことのないデザインですが、どちらのものかお聞きしても?」
「ええ! これは、私がデザインしたものなのです!」
「サリュー嬢が?」
グロスマン伯爵令嬢から飛び出した言葉にその場にいた全員の動きが止まる。
「なんというか……新しいデザインですわね」
濁した返事をした王太后。それもそのはず、グロスマン伯爵令嬢が身に纏っているドレスは、強調された胸にきつく締められたコルセット、オフショルダーで肩が出ており、ドレスの下にパニエが身につけられていないのか、下半身のシルエットが露わになりかけていた。
「はい! 今までのドレスはどれも古い型ばかりでつまらなかったですから! 帝国式のドレスを参考に作ってみました!」
帝国式のドレスは、コルセットと持ち上げられた胸が綺麗に見えるように開いた首回りが特徴だ。しかし、レースなどで豪華に飾られており、スカート部分は骨組みで裾を広げるのが伝統的なスタイルである。
まるで寝巻きのようなドレスを自信満々に披露するグロスマン伯爵令嬢に誰もが引いていた時、椅子の背からグロスマン伯爵令嬢が数枚の紙のようなものを取り出す。
そして王太后とエカテリーナ王女の間の席に断りもなく移動した。
「私、王宮侍女の方々の給仕服もデザインしたのです! 王太后様のご意見をお伺いしてみたいです!」
「え、ええ……」
グロスマン伯爵令嬢の場にそぐわない言動の数々に、流石の王太后も笑顔をひきつらせていた。
その後の茶会はグロスマン伯爵令嬢の独壇場となり、クリスティーナをはじめ、全員がその無礼な行動の数々に肝を冷やしていたのだった。
* * * * * *
「王太后様、グロスマン伯爵令嬢の数々のご無礼、ご不快にさせてしまい大変申し訳ありません」
茶会がお開きになった後、クリスティーナは王太后へ謝罪をする。
当のグロスマン伯爵令嬢は、王太后が茶会の終了を告げると「インスピレーションが湧いてきました!」と主催者である王太后の退室を待たずに温室から出て行ってしまった。
「クリスティーナが謝ることではなくてよ……」
少々疲れたような笑顔で王太后がクリスティーナを気遣ったが、ベアトリーチェがクリスティーナの横に並んで言う。
「王太后様の寛大なお心、痛み入ります。しかし、これは花の称号を賜るわたくし達の責任にございます」
頭を下げたベアトリーチェにクリスティーナもあらためて謝罪の言葉を述べる。
「せっかくのお茶会を台無しにしてしまい申し訳ありませんでした。今後はこのような事のないように努めてまいります」
頭を下げるふたりの肩に皇太后が手を置く。
「どうか頭を上げてちょうだい」
そう言われたふたりがゆっくりと顔を上げると、そこにはいつもの穏やかな笑顔をした王太后がいた。
「本当に、貴女達ふたりが気に病む必要はないの。悪いのは王妃をさっさと据えないあのバカ息子なのだから」
王太后の”バカ息子”という発言にクリスティーナとベアトリーチェが驚いていると、王太后は口元に扇子を当てて笑う。
「でも、貴女達のようなご令嬢がいらっしゃれば安心ね。ではまた、次の機会を楽しみにしているわ」
そう言葉を残して王太后は笑顔のまま温室を後にした。
王太后とその侍女たちの姿が見えなくなり、クリスティーナとベアトリーチェも温室から庭園へと移動する。周囲に自分達ふたりしかいないのを確認すると、ベアトリーチェは堪忍袋の尾が切れたように怒りはじめた。
「本っ当に! 何なのかしらあの伯爵令嬢は!」
「ベアトリーチェ様、誰かに聞かれますよ」
庭園を歩きながら怒りを露わにするベアトリーチェに対し、表情を変える事なく言うクリスティーナ。ベアトリーチェはそんなクリスティーナの態度が気に食わなかったのか、さらに声を荒げる。
「クリスティーナ様! 貴女もなぜ黙っていらっしゃったの!? わたくし、怒りで今にも紅茶をかけてしまいそうでしたわ!」
「ティーカップを持つ手を震わせながら耐えていらっしゃるのを拝見しておりました。よく耐えましたね」
「……! わたくし、あなたのそういうヘラヘラしたところが大嫌いでしてよ!」
「気が短いのは損ですよ。ベアトリーチェ様」
顔を真っ赤にして食いかかろうとするベアトリーチェとそれを面白そうに揶揄うクリスティーナ。
「……あのっ! クリスティーナ様! ベアトリーチェ様!」
ふたりが会話を止めて振り返ると、そこには先ほどまで茶会で一緒だったエカテリーナ王女がひとりの侍女を伴って立っていた。
「エカテリーナ様……お見苦しいところをお見せしてしまい大変失礼いたしました」
すかさずクリスティーナが謝罪をする。
「そっ、そんな! とんでもないです! あの……」
「……?」
何か言いたそうなエカテリーナ王女にクリスティーナが首を傾げる。
「……えっと、その……おふたりは……」
エカテリーナ王女は両手を口の前で握りしめたまま、頬を薔薇色に染めて視線を泳がせていた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
クリスティーナの優しい微笑みにエカテリーナ王女の潤んだ瞳に力が入る。
意を決したように、エカテリーナ王女はクリスティーナとベアトリーチェに近づいて言った。
「おっ、おふたりはっ! ルイス国王陛下のことをお慕いしていらっしゃるのですか!?」
「えっ?」
「は?」
愛らしい王女の思ってもみなかった必死の問いかけに、ふたりは思わず素の反応を返してしまったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる