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【王妃候補編】

18. 王妃候補のお茶会

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 王太后による、齢三十、未婚息子の王妃候補たちとの茶会が始まった。

 王国では三十歳を越えて独身というのは珍しくないが、貴族の令嬢たちは若くして結婚していってしまうため需要と供給が追いついていないのだ。
 現在の王位継承権第一位は、国王の妹であるマリーテレーズ姫。しかし彼女は来年社交界デビューを果たす十二歳の少女だった。

 国王が在位して、次の年には十三年目を迎える。同年代の令嬢や他国の王女たちは、ほとんどが嫁いでいってしまったため、王太后が焦り出すのも無理はないとクリスティーナは考えていた。



「クリスティーナ、星の聖女のお役目、ご苦労様でした。何事もなく終わり本当に良かったですね」


「ええ、本当に。ありがとう存じます、王太后様」


 クリスティーナは普通に返事をしたが”何事もなく”という言葉に引っかかる。

(陛下は母君である王太后様にもあの件をお伝えしていらっしゃらないのね……)


 あの事件を語るには、クリスティーナの物質の時を戻す魔法について話をしなくてはならない。
 実のところは。領地で静かに暮らしたいと望んでいたクリスティーナのために、ヴォルフガングが国王にさえも報告していなかったのだ。




「エカテリーナ王女は、王宮での暮らしはいかがですか? 困ったことなどはないかしら?」


「は、はい……皆さんからとても親切にしていただいております」


「それは良かったわ。困った事があれば遠慮なく言ってちょうだい」



 エカテリーナ王女は、本来ならば王妃候補としてこの場にいるはずではなかった。
 パトリーチェ王家の第五王女が、ルイス国王とも年齢が近く王妃候補として名が挙げられていたからだ。しかし、幼なじみの男爵と駆け落ち同然の結婚をし、候補からも外された。
 そして、姉妹の中で婚約者のいなかった十五歳のエカテリーナ王女がルクランブルク王国にやって来たというわけだった。

 最初の一口から紅茶に手を付けられずにいるエカテリーナ王女を、正面に座るクリスティーナが心配そうに見つめていた。




「ベアトリーチェ、学園のご卒業おめでとう。優秀な成績だったと聞き及んでいますよ」


「勿体ないお言葉感謝いたします、王太后様。今後は国の為に誠心誠意お仕えして参ります」


「ふふっ。頼もしいわ。ザルヴァトル公爵もさぞ心強いことでしょう」



 ベアトリーチェは魔法学園で三年間学び、先日学業を修了したばかりだ。
 社交界デビューをした貴族の令息たちの殆どが、人脈や知見を広げるために王立魔法魔術学園に通う。一方で貴族の令嬢で学園に進む者は珍しく、その中でも異例の速さで飛び級をし続け、たった三年で首席卒業を勝ち取ったベアトリーチェは、まさにラヴェンナの称号に相応しい令嬢だった。




 優雅に進められていた空気の中、ガチャリとティーカップを置くの音を立てたグロスマン伯爵令嬢。少しだけその場が緊張に包まれたが、グロスマン伯爵令嬢はお構いなしに皇太后へ話しかける。


「王太后様っ! 私の本日のドレス、いかがですか?」

「グロスマン伯爵令嬢、無礼ですよ」


 流石に耐えきれなくなったベアトリーチェが、怒りのオーラを滲ませながらグロスマン伯爵令嬢を諫める。
 茶会では、まず初めに主催者から招待客に話しかけなくてはならない。マナーだけでなく茶会の基本ルールさえ蔑ろにするその姿に、クリスティーナは心の中でため息をついた。



「どうしてですか? 王太后様も私への話題に困ってらっしゃったではないですか」

「それがそもそもの間違いです。王太后様のお心を勝手に察るなど……」

「いいのですよ、ベアトリーチェ」


 全く空気を読まなグロスマン伯爵令嬢と、今にもはち切れそうなほどに手の血管を浮かせたベアトリーチェを見かねた王太后が仲裁をする。

 そして真意の読めない完璧な笑顔でグロスマン伯爵令嬢に話題を振った。


「……サリュー嬢、見たことのないデザインですが、どちらのものかお聞きしても?」

「ええ! これは、私がデザインしたものなのです!」

「サリュー嬢が?」


 グロスマン伯爵令嬢から飛び出した言葉にその場にいた全員の動きが止まる。


「なんというか……新しいデザインですわね」


 濁した返事をした王太后。それもそのはず、グロスマン伯爵令嬢が身に纏っているドレスは、強調された胸にきつく締められたコルセット、オフショルダーで肩が出ており、ドレスの下にパニエが身につけられていないのか、下半身のシルエットが露わになりかけていた。


「はい! 今までのドレスはどれも古い型ばかりでつまらなかったですから! 帝国式のドレスを参考に作ってみました!」


 帝国式のドレスは、コルセットと持ち上げられた胸が綺麗に見えるように開いた首回りが特徴だ。しかし、レースなどで豪華に飾られており、スカート部分は骨組みで裾を広げるのが伝統的なスタイルである。


 まるで寝巻きのようなドレスを自信満々に披露するグロスマン伯爵令嬢に誰もが引いていた時、椅子の背からグロスマン伯爵令嬢が数枚の紙のようなものを取り出す。
 そして王太后とエカテリーナ王女の間の席に断りもなく移動した。


「私、王宮侍女の方々の給仕服もデザインしたのです! 王太后様のご意見をお伺いしてみたいです!」


「え、ええ……」


 グロスマン伯爵令嬢の場にそぐわない言動の数々に、流石の王太后も笑顔をひきつらせていた。


 その後の茶会はグロスマン伯爵令嬢の独壇場となり、クリスティーナをはじめ、全員がその無礼な行動の数々に肝を冷やしていたのだった。






* * * * * *




「王太后様、グロスマン伯爵令嬢の数々のご無礼、ご不快にさせてしまい大変申し訳ありません」


 茶会がお開きになった後、クリスティーナは王太后へ謝罪をする。

 当のグロスマン伯爵令嬢は、王太后が茶会の終了を告げると「インスピレーションが湧いてきました!」と主催者である王太后の退室を待たずに温室から出て行ってしまった。



「クリスティーナが謝ることではなくてよ……」


 少々疲れたような笑顔で王太后がクリスティーナを気遣ったが、ベアトリーチェがクリスティーナの横に並んで言う。


「王太后様の寛大なお心、痛み入ります。しかし、これは花の称号を賜るわたくし達の責任にございます」


 頭を下げたベアトリーチェにクリスティーナもあらためて謝罪の言葉を述べる。


「せっかくのお茶会を台無しにしてしまい申し訳ありませんでした。今後はこのような事のないように努めてまいります」


 頭を下げるふたりの肩に皇太后が手を置く。

「どうか頭を上げてちょうだい」



 そう言われたふたりがゆっくりと顔を上げると、そこにはいつもの穏やかな笑顔をした王太后がいた。


「本当に、貴女達ふたりが気に病む必要はないの。悪いのは王妃をさっさと据えないあのバカ息子なのだから」


 王太后の”バカ息子”という発言にクリスティーナとベアトリーチェが驚いていると、王太后は口元に扇子を当てて笑う。



「でも、貴女達のようなご令嬢がいらっしゃれば安心ね。ではまた、次の機会を楽しみにしているわ」



 そう言葉を残して王太后は笑顔のまま温室を後にした。




 王太后とその侍女たちの姿が見えなくなり、クリスティーナとベアトリーチェも温室から庭園へと移動する。周囲に自分達ふたりしかいないのを確認すると、ベアトリーチェは堪忍袋の尾が切れたように怒りはじめた。


「本っ当に! 何なのかしらあの伯爵令嬢は!」


「ベアトリーチェ様、誰かに聞かれますよ」


 庭園を歩きながら怒りを露わにするベアトリーチェに対し、表情を変える事なく言うクリスティーナ。ベアトリーチェはそんなクリスティーナの態度が気に食わなかったのか、さらに声を荒げる。



「クリスティーナ様! 貴女もなぜ黙っていらっしゃったの!? わたくし、怒りで今にも紅茶をかけてしまいそうでしたわ!」


「ティーカップを持つ手を震わせながら耐えていらっしゃるのを拝見しておりました。よく耐えましたね」


「……! わたくし、あなたのそういうヘラヘラしたところが大嫌いでしてよ!」


「気が短いのは損ですよ。ベアトリーチェ様」


 顔を真っ赤にして食いかかろうとするベアトリーチェとそれを面白そうに揶揄うクリスティーナ。



「……あのっ! クリスティーナ様! ベアトリーチェ様!」


 ふたりが会話を止めて振り返ると、そこには先ほどまで茶会で一緒だったエカテリーナ王女がひとりの侍女を伴って立っていた。



「エカテリーナ様……お見苦しいところをお見せしてしまい大変失礼いたしました」

 すかさずクリスティーナが謝罪をする。


「そっ、そんな! とんでもないです! あの……」

「……?」

 何か言いたそうなエカテリーナ王女にクリスティーナが首を傾げる。



「……えっと、その……おふたりは……」

 エカテリーナ王女は両手を口の前で握りしめたまま、頬を薔薇色に染めて視線を泳がせていた。



「ゆっくりで大丈夫ですよ」

 クリスティーナの優しい微笑みにエカテリーナ王女の潤んだ瞳に力が入る。


 意を決したように、エカテリーナ王女はクリスティーナとベアトリーチェに近づいて言った。


「おっ、おふたりはっ! ルイス国王陛下のことをお慕いしていらっしゃるのですか!?」



「えっ?」

「は?」


 愛らしい王女の思ってもみなかった必死の問いかけに、ふたりは思わず素の反応を返してしまったのだった。



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