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【王妃候補編】
17. 薔薇姫は王宮へ向かう
しおりを挟む星の聖女の儀式から三週間が過ぎ、今年も一年が終わろうとしている。
クリスティーナは、儀式の報告をするために王宮へ上がっていた。ロゼの勲章を身につけて、正装をした姿で膝をつき、頭を垂れて、国王がやってくるのを待っていた。
待機している騎士が手杖で床を三度叩く。国王が入場する合図だ。
「面をあげよ、ローテントゥルム侯爵令嬢」
謁見の間に響いた声にクリスティーナは、頭を上げ立ち上がる。
数メートル先には、ルイス国王が玉座に座しており、その背後にはヴォルフガングが第一騎士団の正装で控えていた。クリスティーナが儀式の後、ヴォルフガングの姿を見たのはこれが最初であった。
「この度の良き働き、心から感謝する」
「もったいないお言葉にございます、国王陛下」
「儀式の終了間際の件は、シュネーハルト公爵から聞いておる。息災か」
「はい、変わりありません。ありがとう存じます」
ルイスは「そうか……」と呟いてしばらく黙り込み、そしてまた口を開いた。
「……ローテントゥルム侯爵令嬢、まだ少しばかり苦労をかける。しかし、其方なら上手くやれるだろう」
ルイスの意味深な発言にクリスティーナの頭の中がハテナで埋め尽くされる。
その後も当たり障りのないやりとりをして、国王の謁見は終わった。
謁見の間を後にしたクリスティーナは、長い廊下を案内されながら歩いていた。
女神の星の亀裂を魔法で元に戻し、気を失ったクリスティーナは二日ほど眠り続けた。クリスティーナが目を覚ました時には、王都への報告や調査のためにヴォルフガングはすでにいなかった。クリスティーナの母、マルガレーテが公爵邸で彼女の目覚めを待っていたのだった。
オルフェウスから全てを知らされていた公爵と公爵夫人は、謝罪と感謝以外は何も口にしなかった。事情聴取のようなやりとりは一切なく、皆がクリスティーナを気遣っていた。
そして、女神の星が傷付けられた事は公にされていない。
知っているのは、国王とシュネーハルト公爵家、ローテントゥルム侯爵家だけだ。
(ヴォルフ様、なんだかお疲れのようだったわ)
クリスティーナは、気を失った自分を真っ先に迎えに来て助けてくれたのがヴォルフガングだと言う事を母から聞かされていた。お礼をしなくてはと思いながらも、会える手段がなく時間だけが過ぎていた。
「クリスティーナ」
どのようにヴォルフガンクと会う約束を取り付ければいいか考えていると、後ろから名前を呼ばれて我に返る。
振り返ると、ルイス国王の母、シャーロット王太后がクリスティーナの方へ向かって歩いて来るのが見えた。
クリスティーナは、二人の距離が縮まるとカーテシーで挨拶をする。
「クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルムが王太后さまにご挨拶いたします」
挨拶をしたクリスティーナに王太后は微笑みながら言った。
「かしこまらなくていいのよ。今日は茶会のお誘いに来ただけだから」
「お茶会……ですか」
「ええ、これから数名で小さな茶会を開くのだけれどクリスティーナもご一緒にいかがかしら?」
王太后からの誘いを断ることなどできるはずがなく、クリスティーナも笑顔で了承した。
「王太后様からのお誘い、大変嬉しく存じます。ぜひご一緒させてくださいませ」
案内役の騎士に礼を伝え、クリスティーナは王太后の後についていく。その後ろには三名の侍女も一緒だった。
謁見の間へ続く長い廊下を曲がったところで声をかけられたクリスティーナ。
(まるで図られたみたいね)
王太后の後を歩きながら、クリスティーナは自分が何かに巻き込まれているのではないかと考えていた。
国王に言われた言葉の意味に思考をめぐらしている間に、王宮の温室に到着した。
「皆さま、お待たせしましたね」
温室では三人の令嬢が王太后の到着を姿勢を正し待ち構えていた。
その中で一番身長の高い濃い紫色の髪を持つ令嬢が一歩前に出て膝を曲げる。
「ベアトリーチェ・ラヴェンナ・ザルヴァトルが王太后様にご挨拶申し上げます。本日はお招きにあずかり光栄に存じます」
自信に満ち溢れ、クリスティーナにも劣らない美しいカーテシーで挨拶をしたベアトリーチェ。彼女の父はこの国の宰相を務めるザルヴァトル公爵であり、国で一番の知性を持つ令嬢と認められた者に贈られる、智恵の花『ラヴェンナ』の称号を賜る令嬢だ。
続いて少しぎこちない様子で、ピンクのリボンで結われた銀色のツインテールを揺らしながら愛らしい少女が挨拶をする。
「エカテリーナ・パトリーチェが王太后様にご挨拶申し上げます……」
挨拶こそ自信がなさげだが品位のある佇まいの彼女は、ルクランブルク王国の隣国パトリーチェ王国の姫君である。女系のパトリーチェ王家には八人の王女がおり、エカテリーナは八番目の末っ子。一番上の姉は現在のパトリーチェ王国女王陛下だ。
留学という名目で、ひと月ほど前からルクランブルクの王宮で暮らしている。
「サリュー・グロスマンが王太后様にご挨拶申し上げます! お招きいただいて嬉しいです!」
先に挨拶をしたふたりより数歩も前に出て、大きな声と拙いカーテシーにベアトリーチェは眉を顰める。
金色の髪に金色の瞳、華やかな風貌のグロスマン伯爵令嬢はコルセットでウエストをしっかり締め付け、王国では珍しい型のドレスを身に纏っていた。グロスマン伯爵家は帝国との国境にある小さな領地を治めている。最近ではグロスマン伯爵が帝国との貿易で力をつけはじめている親帝国派の貴族である。
すべての挨拶が終わり、笑顔のまま王太后が口を開く。
「本日はもう一人参加していただくことにしたの」
王太后が少し後ろに控えるクリスティーナに目を移したので、王太后と重ならず、前にも出ない位置で挨拶をする。
「皆さま、ご無沙汰しております。クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルムにございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
クリスティーナがカーテシーをするとその場にいた者の雰囲気が変わる。王太后も満足そうにしていたが、グロスマン伯爵令嬢は奥歯をギリっと噛み締めていた。
「さあ、挨拶はこれでおしまいね。席につきましょう」
王太后の言葉で全員が席につき、侍女たちもお茶会の準備に取り掛かる。
温室に置かれた丸いテーブルの一番奥に王太后が座り、その両側を一席ずつ開けて、ベアトリーチェとエカテリーナ王女が座る。エカテリーナ王女の隣にグロスマン伯爵令嬢、ベアトリーチェの隣にクリスティーナという席順になった。
隣国の王女に、国内でただひとりの成人済みの公爵令嬢。そして帝国との貿易で勢いを増す伯爵家の令嬢……
(ああ、これは王妃候補の茶会なのね……。面倒な事になったわ)
クリスティーナは国王ルイスが言っていたことの意味を理解したのだった。
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