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【王妃候補編】
21. 好きなこと、やりたいこと
しおりを挟む三人で話をした次の日から、『国王を落とすぞ! エカテリーナ王女変身大作戦(ベアトリーチェ命名)』は始まった。
エカテリーナ王女は王宮から出ることはできないので、クリスティーナとベアトリーチェがほぼ毎日のようにエカテリーナ王女の部屋へと足を運んでいた。
「そうです。そのまま腰を落とします」
クリスティーナの言葉で、ドレスのスカート部分を掴んだまま、背筋を伸ばした姿勢を崩さないようにゆっくりと膝を曲げるエカテリーナ王女の姿があった。
「……エカテリーナ様、完璧ですね!」
エカテリーナ王女の呑み込みはとても早く、王国式の礼儀作法をあっという間に身につけ、今は明日の晩餐会で新年の挨拶をする際のカーテシーの復習をしている所だった。
「これで明日の晩餐会では、陛下に一泡吹かせられますわね」
「ベアトリーチェ様……一泡吹かせる必要はないのですよ……」
相変わらず、ベアトリーチェの国王へ物言いは辛辣であった。頭をかかえるクリスティーナと、苦笑いを浮かべるエカテリーナ王女をよそに、ベアトリーチェは両手をパンッと叩く。
「では仕上げにヘアメイクとドレスを変えますわよ!」
「「え?」」
クリスティーナとエカテリーナ王女は同時に小首を傾げる。
「お入りなさい!」
意気揚々としたベアトリーチェの掛け声で、王女の部屋の扉が勢いよく開かれた。
そして、ザルヴァトル公爵家の給仕服を着たメイドたちが、たくさんのドレスや化粧道具の箱などを抱えて、ぞろぞろと部屋へ入ってくる。
そのメイドたちはあっという間にエカテリーナ王女を笑顔で取り囲んだ。
「あ、あのっ、わたくし……」
メイドに囲まれ、冷や汗をかきながら固まるエカテリーナ王女。
「ご安心なさって! 悪いようにはいたしませんわ!」
そんな王女を置いてきぼりにして、ベアトリーチェの最終作戦がが開始されたのだった。
* * * * * *
湯浴みから始まり、全身マッサージ、ヘッドスパ、ドレスの着付けにヘアメイクまで、約二時間ほどかけてメイドたちは仕事を終えた。
「素敵ですわ! エカテリーナ様!」
「本当に!」
「お美しいです!」
ベアトリーチェをはじめ、その場にいたメイド全員がエカテリーナ王女を賞賛する言葉を口にする。
大きな姿見の前に座らされたエカテリーナ王女は、鏡に映る自分を信じられないように見つめていた。
「……これが、わたくしですか?」
エカテリーナ王女の腰まである銀色の髪は完璧なウェーブを描き、髪の艶はメイドたちのケアにより美しさを増していた。前髪は顔の中心でふんわりと分けられ、頭を囲むように編み込まれた三つ編みには、サイズの異なる真珠が散りばめて飾られており、まるでティアラのようだった。
白い肌に映える赤いリップクリーム。銀色の長いまつ毛で縁取られたエメラルドグリーンの瞳の周りには、グリッターが上品に散りばめられていた。
ルイス国王の瞳のと同じ淡い水色のドレスを見に纏い、国王の髪の色である金色で細かな刺繍が胸元から裾まで施されていた。シンプルだが上品で美しく、王女が着るに相応しい一着だった。
「エカテリーナ様、本当にお綺麗ですよ」
クリスティーナがエカテリーナ王女に近づき、鏡越しにそう伝える。
雫の形をしたネオンブルーのイヤリングを揺らしながら振り返ったエカテリーナ王女は、クリスティーナやベアトリーチェ、メイドたちを見渡す。
「皆さま、こんなに素敵にしていただいて、本当にありがとうございます」
腰掛けていた柔らかいスツールから立ち上がり例を述べたエカテリーナ王女だったが、少し浮かない顔をしていることにベアトリーチェが気がついた。
「お気に召しませんでしたか?」
少し眉を下げて言ったベアトリーチェの顔をパッと見て、エカテリーナ王女は手と首を横に振る。
「とんでもないです! 本当に、とても気に入りました!」
そうは言ったが、心配そうな顔をするメイドたちの顔を見て、エカテリーナ王女は紅い唇をきゅっと結んだ。
「わたくしは、パトリーチカ王国の八番目の末っ子です。女王陛下のお姉様をはじめ、七人のお姉様たちは背も高く、その……発育もよくて美しいお顔立ちなのです。それに比べて、わたくしは身長もあまり伸びず、童顔で、いつまで経ってもお姉様たちのようにはなれませんでした」
俯いて自分の手元を見ながら話すエカテリーナ王女の話を、その場にいた誰もが真剣に聞いていた。
「お姉様たちは、わたくしのことを可愛がってくださりましたが、このような大人っぽい格好はまだ似合わないと、いつも可愛らしいドレスばかりを贈られていました。それなのに、お姉様たちが着るような素敵なドレスを、わたくしが着ていいのか……」
そこまで聞いて、黙っていたクリスティーナのベアトリーチェが口を開く。
「エカテリーナ様。わたくしにも歳の離れた弟がふたりおりますが、歳の離れた弟、妹というのはとてもとても可愛いものなのですよ」
「そうですわ。わたくしも特に、末の妹は可愛くて可愛くて仕方ありませんもの」
ベアトリーチェの言葉にクリスティーナな頷き、話し続ける。
「エカテリーナ様のお姉様方が、大人っぽい格好を似合わないと言ったのは、本当に似合わないという意味ではなく、まだまだ可愛らしい妹姫でいてほしいということなのです」
「そうなのでしょうか……」
自信なさげにそう言うエカテリーナ王女から視線を逸らして、クリスティーナが部屋に大量に重ねられたプレゼントの箱に目をやる。
「ええ。そうでなければ、こんなにたくさんの贈り物が毎日届くはずがないでしょう?」
エカテリーナ王女の部屋には、嫁いで行った姉たちから毎週のように手紙や贈り物が送られてきていた。
ドレスやぬいぐるみ、本や刺繍糸、茶葉と珍しい食器、アクセサリーに化粧品……どれも異国で愛する妹が退屈せずに暮らせるように、嫁いでいった姉たちが王女のために送っていたものたちだった。
クリスティーナの言葉を聞いたエメラルドグリーンの瞳が、溢れそうな涙できらきらと揺れている。せっかくの化粧が落ちないようにと、エカテリーナ王女は少しだけ上を向いて涙を堪えた。
「見た目が全てではありませんが、恋する乙女には見た目という自信も大切です。そしてエカテリーナ様はこのお姿に相応しい内面もすでにお持ちです」
「クリスティーナ様……」
「それに、王太后様のお茶会の後エカテリーナ様は、好きな事もやりたい事もない、とおっしゃいましたが、どちらもお持ちではないですか」
「え?」
クリスティーナは、エカテリーナ王女の肩を持って姿見の方へ体を向けさせる。
鏡の中には、朗らかに微笑むクリスティーナと大きな瞳を潤ませるエカテリーナ王女が並ん立っている。
「ルイス国王陛下のことがお好きで、ルクランブルクの王妃として相応しくなることです。それはどちらもエカテリーナ様の好きな事で、やりたい事、なのではないでしょうか」
ベアトリーチェもエカテリーナ王女の隣に立ち、鏡越しに話す。
「そうですわ! 他国の王族であるエカテリーナ様が、この国の安寧を考えてくださっていることをわたくしも知っております!」
三週間の間、エカテリーナ王女はこの国の歴史だけでなく、貴族の系譜や派閥、各地の政治までをベアトリーチェから学んでいた。
その優秀さは、王国一才女であるベアトリーチェも驚くべきものだった。
「エカテリーナ様は、もう一人前の大人の女性です。それはわたくしたちが保証します」
我慢していた涙が溢れ出すエカテリーナ王女。それをベアトリーチェがハンカチで優しく拭う。
「クリスティーナ様っ……ベアトリーチェ様っ、ありがとう……ございますっ」
「明日の晩餐会では陛下を驚かせましょう」
エカテリーナ王女は、鏡の中にいる社交界の華であるふたりに挟まれた自分の姿をもう一度見て、決心したように「はい!」と返事をした。
美しく、しかし愛らしい笑顔にクリスティーナとベアトリーチェも、そしてメイドたちまでもが笑顔になった。
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