薔薇姫の箱庭へようこそ 〜引きこもり生活を手に入れるために聖女になります!〜

おたくさ

文字の大きさ
23 / 41
【王妃候補編】

23. あの日の庭園で

しおりを挟む




「何事だ」


 グラスの割れる音と騒ぎを耳にした国王がヴォルフガングと共に、クリスティーナたちが集まる場所へやって来る。


 その場にいた令嬢たちは皆、顔を伏せ膝を折った。


 クリスティーナのドレスに付いた大きな赤いシミ、その足元に割れたワイングラス。

 至って普通の表情のまま膝を折っているクリスティーナに比べ、その背後に守られるようにして顔色を悪くしているエカテリーナ王女。そして、クリスティーナより前で膝を折る、顔を真っ赤にしたグロスマン伯爵令嬢。


 その様子を見渡した国王は、おおよその状況を理解する。


「ローテントゥルム侯爵令嬢、いったい何があった」


 国王がクリスティーナに問うと、顔を伏せたままクリスティーナが答える。



「グロスマン伯爵令嬢の手元が狂い、ワイングラスを落としてしまわれただけにございます。ご令嬢方にお怪我はございません。お騒がせしてしまい大変申し訳ありません、陛下」



 先ほどの光景を見ていた者ならば、グロスマン伯爵令嬢が意図的にエカテリーナ王女に危害を加えようとし、それをクリスティーナが庇ったということは一目瞭然だった。

 そして、その一部始終を目にしていたヴォルフガングは、頭を下げるクリスティーナを国王の背後から見つめ、拳をギュッと強く握る。


 たまたまグラスを落としてしまっただけであくまで故意ではない、被害を被ったクリスティーナがそう言うのだから、これ以上この場で事を荒げる必要はないのだ。
 グロスマン伯爵令嬢も今日この場で、再び問題を起こすことはないだろうと国王は判断した。


「怪我がなくてよかった。しかしローテントゥルム侯爵令嬢、災難であったな」

「とんでもございません、陛下。控え室に予備のドレスを用意しておりますので、御前失礼させていただいてもよいでしょうか」

「うむ、構わない。今夜は長い。ゆっくりと休憩してくるといい」

「ありがとう存じます」


 国王は固まったまま動かないエカテリーナ王女をちらりと見て、ため息を吐いてから踵を翻していった。



「クリスティーナ様……」

 今にも泣き出しそうなエカテリーナ王女が弱々しくクリスティーナの名を口にする。


「大丈夫ですよ。わたくしは着替えてまいりますから、しばらくはベアトリーチェ様の輪の中に」


 クリスティーナはエカテリーナ王女の耳元で誰にも聞こえないようにそう伝えると、少し離れた場所にいたベアトリーチェと視線を合わせる。
 ベアトリーチェも理解したように小さく頷いたので、クリスティーナは人々の合間を縫って会場を後にした。







* * * * * *




 ドレスを着替えたクリスティーナが会場に戻ると、既にダンスが始まっているところだった。


 驚くべきことに、ダンスの中心ではルイス国王とエカテリーナ王女が手を取り合って踊っていた。
 
 その光景に安心したクリスティーナは、壁伝いに移動して庭園へと抜けるバルコニーの方へ向かった。



 外に出ると肌寒い夜風がクリスティーナの白い両腕を撫でた。
 ゆっくりと庭園を歩きながら花を愛でていると、花壇の影から何か小さいものが飛び出してきた。
 

「あら? あなたはあの時のリスちゃん?」

「きゅきゅっ!」


 リスにしては珍しい金色の毛並みに、背中の渦巻模様。クリスティーナが魔法で助けたリスはまだこの庭園に住み着いていたのだ。


「キュキュキュ」

 クリスティーナとリスが見つめあっていると、リスが出て来た花壇からもう一匹のリスが飛び出してきた。
 まるで金色のリスを心配するかのように、後からやってきた普通の毛並みのリスは金色のリスに自身の体を擦り付けてた。



「……あらあら、旦那さんかしら? 家族ができてよかったわね、リスちゃん」


 クリスティーナがリスの夫婦に微笑んでいると、背後から足音が聞こえる。


「ティーナ?」


 クリスティーナが振り返ると、そこに現れたのはヴォルフガングだった。



「ヴォルフ様? いかがされました?」

「交代で休憩をいただきました」


 そう言いながらふたりは互いに距離を縮める。


「休憩? あの陛下がヴォルフ様に休憩をくださるなんて珍しいですね」

「今はエカテリーナ王女殿下と踊っておられますから。王女殿下も陛下と一緒の方がご安全でしょう」


 先ほどのグロスマン伯爵令嬢の件を思い出して、クリスティーナは納得した。



「……先ほどの赤いドレスも美しかったですが、今の深い青色もお似合いですね」


 ヴォルフガングがクリスティーナのドレスを真剣な瞳で見つめてそう言ったので、クリスティーナは頬を赤くする。


「ありがとうございます……」


 冷たい風にクリスティーナが火照った顔を冷やしていると、ヴォルフガングが上着を脱いでクリスティーナの肩にそっとかける。

 驚いたクリスティーナが、ぱっと顔を上げるとそこには微笑むヴォルフガングの顔があった。


「よければ少し歩きませんか?」


 思考が上手く働かないクリスティーナは「はい」と返事をするだけで精一杯だった。


 庭園の中をゆっくりと歩き進めるうちに、ダンスの音楽の音が小さくなってゆく。
 しばらくふたりとも黙って歩いていたが、晩餐会の騒めきが聞こえなくなるとヴォルフガングが口を開いた。



「グロスマン伯爵令嬢の件は、本当に見事でした」

「見ておられたのですか?」

「ええ。ローストビーフは……残念でしたね」


 予想もしないヴォルフガングから出た言葉に、今度は恥ずかしさで顔を赤くした。


「ほっ、他の方にも見られていたでしょうか……」


 社交界の華、淑女の中の淑女であるロゼが、社交を疎かにして食い意地が張っているなどとは思われてはいけないと、焦りや恥ずかしさでいっぱいになる。


「いいえ、王女殿下にご挨拶に伺ったようにしか見えませんでしたよ」

「ではなぜヴォルフ様は、わたくしがローストビーフを見ていた事をご存知なのですか……」


 恥ずかしさで合わせる顔のないクリスティーナは、足元を見ながらそう言った。


「我が家でも、父と会話する緊張より目の前の料理を楽しめないことの方が残念そうでしたから」



 クリスティーナは、シュネーハルト家の晩餐で公爵に質問攻めにあいそうになった自分をヴォルフガングが助けてくれたのを思い出した。


「わたくし、そんなに食い意地があるように見えているのですか?」


 ジトっとした目でヴォルフガングを見上げたクリスティーナ。

 食べることが好きなのも、あの時シュネーハルト領の郷土料理を楽しみたかったことも否定できない。しかし、ヴォルフに「食い意地の張った女」認定されるのは不服であった。



「いいえ、美味しそうに食事をする方は好きです」


 クリスティーナの瞳が「好き」という言葉に反応して大きくなる。


「口いっぱいに食べ物を詰めたリスのようで、可愛らしいではないですか」


 ヴォルフガングは揶揄うような笑顔で、クリスティーナの目を見てそう言った。クリスティーナは耳まで赤くして少しだけ大きな声を出す。


「かっ、からかっていますね!」

「この間、馬車でティーナに揶揄われた分です」


 茹で上がったタコのようになるクリスティーナを見て、ヴォルフガングは声を出して笑った。

 声を出して笑うヴォルフガングに目を丸くしたクリスティーナの熱がゆっくりと引いていく。


 ひとしきり笑った後「すみません」とクリスティーナに謝罪を述べる。
 そして、エスコートする様に片腕をクリスティーナに差し出した。クリスティーナはその腕をじっと見つめた後、何も言わずにその腕を取ったのだった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

処理中です...