24 / 41
【王妃候補編】
24. 氷の小公爵は薔薇姫に誓う
しおりを挟むエスコートのために掴んだヴォルフガングの腕の温もりを感じながら、クリスティーナはエカテリーナ王女のことを考えていた。
「ヴォルフ様は、どのように思われますか?」
「どのように……というと?」
「エカテリーナ様と陛下がご成婚なさるかです」
クリスティーナの思いがけない問いかけに、疑問を抱きながらもヴォルフガングは答える。
「陛下はエカテリーナ王女殿下を大変気にかけておられるようですが」
「それは妹のような存在として、でしょうか……?」
ヴォルフガングは、国王がエカテリーナ王女と話をする様子を思い出す。
国王の実の妹であるマリーテレーズ王女と三つしか歳の変わらない華奢で小柄なエカテリーナ王女。
いつも王宮図書館で熱心に本を読み、勉強をしているところに国王は度々顔を出していた。エカテリーナ王女からの質問に真剣に答える国王とそれを興味深そうに聞き、筆を走らせる王女。
それは兄妹という雰囲気とはまた違うものだった。
「少し違うかもしれませんね。陛下にとって、女性とは無害か有害かの二種類しかありません。そのうちのどれにも当てはまっていないのがエカテリーナ王女殿下かと思います」
ルイス国王がエカテリーナ王女に興味を抱いていることは、ヴォルフガングも勘付いている。しかし、簡単には手を出すことのできない葛藤も、ヴォルフガングは理解していた。
「きっと、歳の差を気にしておられるのでしょう……」
何かを考えるようにヴォルフガングはそう呟いた。
「エカテリーナ様を王妃にお迎えしたとして、陛下が幼女趣味などと言われることはないと思うのですが」
即位から十年以上経った今も王妃を据えない事で、国王は男性が好きなのではという噂まで出ている始末だ。十五歳のエカテリーナ王女を娶ったからといって、何の問題があるのかとクリスティーナは思った。
むしろ、若く美しい隣国の王女を王妃に迎えれば、高齢の貴族たちが問題視する後継者問題も解決し、パトリーチェ王国との関係もより強固なものになる。
お互いに好意を抱いており、メリットしかないこの結婚を足踏みする理由が、クリスティーナには分からなかった。
「男性は自分より年下の女性を好きになってしまった時、その女性のパートナーが本当に自分でいいのか考えるものなのです。美しく若い女性の未来を自分が奪ってしまってよいのか、彼女と歳も近くもっと良い相手がいるのではないかと」
まるで自分のことのように話すヴォルフガング。その答えを聞いたクリスティーナは小さくため息をついた。
「なぜ”今”を見ずに、起こるかどうかも分からない”未来”を考えるのです? それほど相手の事を想えるのならば、女性としては好意のある男性には腹を括ってもらい、自分が幸せにすると言って欲しいものです。心の中で真剣に想ってくださることも大切ですが、はっきりとした愛情を向けられる方が女性は嬉しいものかと思います」
クリスティーナの言葉にひどく衝撃を受けたような顔をするヴォルフガングだったが、クリスティーナはそんな彼の表情を見ることなく話し続ける。
「たとえば、騎士団副団長のマックシュタイン伯爵様は、二十も歳の離れた王宮勤めの子爵令嬢を熱心に口説かれているではないですか。何度断られてもめげないあのお姿を応援しておられるご令嬢は多いのですよ」
クリスティーナの放ったその一言がヴォルフガングにとどめを刺した。
足を止めたヴォルフガングは、暗い表情で声を震わせながら言う。
「……ティーナは、マクシミリアン副団長のような男性が好みなのですか……?」
クリスティーナは、なぜそんな事を問うのかという表情で隣に立つヴォルフガングを見つめる。
「え? いえ、そういうわけでは。ただ、一途に愛を伝えるその姿は陛下よりよほど立派かと」
そう答えたクリスティーナの紫色の瞳と視線がぶつかり、ヴォルフガングの瞳が揺れ動いた。
晩餐会の音楽が、かすかに風に乗ってふたりの元へ届く。
少しの沈黙の後、ヴォルフガングは腕を下ろしクリスティーナと向かい合った。
「ティーナに話さなければならないことがあります」
真剣な金色の眼差しを向けるヴォルフガングに、クリスティーナは静かに「はい」と頷いた。
ヴォルフガングは目を閉じ、一度だけ深呼吸をして小さな声で話し始めた。
「女神の星を攻撃した者の正体が分かりました」
真っ直ぐな金色の瞳を見つめて、クリスティーナは静かに頷く。
「……イージス大帝国です」
その言葉にクリスティーナは瞳を大きく開いて息をのんだ。それから次にヴォルフガングの口から話されたのは、全く想像もしていない内容だった。
「そして諜報部から、モーゼル公国と帝国の国境に帝国軍を配備しているとの情報が入りました」
二十年前に周辺の小国を次々に吸収しながら、王国にも侵攻しようとしたイージス大帝国。前回の侵攻で唯一残ったのは、帝国の西側にあるモーゼル公国だけだった。
魔術師の国といわれるほど魔術や魔道具の研究が進んでおり、次々に魔術兵器を開発しては侵攻を繰り返すため、どの国からも恐れられ警戒されていた。
「モーゼル公国はシュネーハルト領と国境を接しています。私は三日後、編成された魔法騎士団と魔術師団を率いてヴァルター公国に向かいます」
「……な、なぜ、ヴォルフ様が指揮を取られるのです……。ヴォルフ様の所属は、近衛騎士である第一騎士団ではありませんか」
「私が自分で志願したのです」
そう言われたクリスティーナは、目の奥が熱くなる。震えそうになる声を必死に押さえながら俯いたまま聞いた。
「シュネーハルト公爵様のためにですか……」
「……王国魔法騎士団の団長になるためにです」
ヴォルフガングのその答えは、父であるシュネーハルト公爵に英雄という重荷をおろさせ、自分がその重荷を背負うという意味だった。
それほどまでにこれから起こる事態が、とてつもなく大きな争いになるという事だ。二十年前の帝国が持っていた魔術兵器の技術にでさえ、ルクランブルク王国は追いついていないのだ。
二十年も経った今、どのような恐ろしい武器が開発されているのかなど想像もつかない。
「もしも重傷を負ったら……どうなさるおつもりですか! ヴォルフ様はっ、たったおひとりのシュネーハルト公爵家の後継者ではないですか!」
クリスティーナはヴォルフガングの両腕を掴み、耐えきれなくなった涙を溢れさせながら訴える。
「ティーナ、私が行かなければ仲間の誰かが傷つきます。今、手を打たなければこの国もやがては帝国に支配されるかもしれない」
力のこもったクリスティーナの手を優しく解いたヴォルフガングは、小刻みに震える両手をしっかりと握りしめた。
「必ず、騎士団全員でこの国に戻ってきます」
「でも……」
「信じてください」
クリスティーナの両手を握ったままヴォルフガングは跪く。
ヴォルフガングを見下ろす形になったクリスティーナの瞳からは、ぽたぽたと涙が流れ落ち、ヴォルフガングの袖にいくつもの染みをつくっていく。
「ティーナとまた食事をするために、ティーナの魔法をまた見せてもらうために、ティーナと話をするために、必ず貴女の元に戻ります」
そして、そっとクリスティーナの手の甲に口付けた。
「戻ってきたら……私のお願いをひとつだけ聞いてください」
ぎゅっと握られた両手をクリスティーナも力いっぱい握り返す。
「……なんでも聞いて差し上げます」
その言葉を聞いたヴォルフガングの表情が少しだけ和らいだ。
溢れ出す涙をとめるように紫の瞳に力を込めて、月明かりに照らされたヴォルフガングの金色の瞳を見つめる。
「ですから……必ずご無事に戻ってきてください」
しばらくの間、クリスティーナの頬を伝う涙をヴォルフガングがハンカチで優しく拭っていた。
遠くで聞こえる晩餐会の音楽が最後の曲になるまで、クリスティーナの涙を綺麗に拭き取ることはできなかった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる