薔薇姫の箱庭へようこそ 〜引きこもり生活を手に入れるために聖女になります!〜

おたくさ

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【王妃候補編】

24. 氷の小公爵は薔薇姫に誓う

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 エスコートのために掴んだヴォルフガングの腕の温もりを感じながら、クリスティーナはエカテリーナ王女のことを考えていた。


「ヴォルフ様は、どのように思われますか?」

「どのように……というと?」

「エカテリーナ様と陛下がご成婚なさるかです」



 クリスティーナの思いがけない問いかけに、疑問を抱きながらもヴォルフガングは答える。


「陛下はエカテリーナ王女殿下を大変気にかけておられるようですが」

「それは妹のような存在として、でしょうか……?」



 ヴォルフガングは、国王がエカテリーナ王女と話をする様子を思い出す。

 国王の実の妹であるマリーテレーズ王女と三つしか歳の変わらない華奢で小柄なエカテリーナ王女。
 いつも王宮図書館で熱心に本を読み、勉強をしているところに国王は度々顔を出していた。エカテリーナ王女からの質問に真剣に答える国王とそれを興味深そうに聞き、筆を走らせる王女。

 それは兄妹という雰囲気とはまた違うものだった。



「少し違うかもしれませんね。陛下にとって、女性とは無害か有害かの二種類しかありません。そのうちのどれにも当てはまっていないのがエカテリーナ王女殿下かと思います」


 ルイス国王がエカテリーナ王女に興味を抱いていることは、ヴォルフガングも勘付いている。しかし、簡単には手を出すことのできない葛藤も、ヴォルフガングは理解していた。



「きっと、歳の差を気にしておられるのでしょう……」


 何かを考えるようにヴォルフガングはそう呟いた。


「エカテリーナ様を王妃にお迎えしたとして、陛下が幼女趣味などと言われることはないと思うのですが」



 即位から十年以上経った今も王妃を据えない事で、国王は男性が好きなのではという噂まで出ている始末だ。十五歳のエカテリーナ王女を娶ったからといって、何の問題があるのかとクリスティーナは思った。

 むしろ、若く美しい隣国の王女を王妃に迎えれば、高齢の貴族たちが問題視する後継者問題も解決し、パトリーチェ王国との関係もより強固なものになる。
 お互いに好意を抱いており、メリットしかないこの結婚を足踏みする理由が、クリスティーナには分からなかった。




「男性は自分より年下の女性を好きになってしまった時、その女性のパートナーが本当に自分でいいのか考えるものなのです。美しく若い女性の未来を自分が奪ってしまってよいのか、彼女と歳も近くもっと良い相手がいるのではないかと」


 まるで自分のことのように話すヴォルフガング。その答えを聞いたクリスティーナは小さくため息をついた。



「なぜ”今”を見ずに、起こるかどうかも分からない”未来”を考えるのです? それほど相手の事を想えるのならば、女性としては好意のある男性には腹を括ってもらい、自分が幸せにすると言って欲しいものです。心の中で真剣に想ってくださることも大切ですが、はっきりとした愛情を向けられる方が女性は嬉しいものかと思います」


 クリスティーナの言葉にひどく衝撃を受けたような顔をするヴォルフガングだったが、クリスティーナはそんな彼の表情を見ることなく話し続ける。


「たとえば、騎士団副団長のマックシュタイン伯爵様は、二十も歳の離れた王宮勤めの子爵令嬢を熱心に口説かれているではないですか。何度断られてもめげないあのお姿を応援しておられるご令嬢は多いのですよ」


 クリスティーナの放ったその一言がヴォルフガングにとどめを刺した。


 足を止めたヴォルフガングは、暗い表情で声を震わせながら言う。



「……ティーナは、マクシミリアン副団長のような男性が好みなのですか……?」



 クリスティーナは、なぜそんな事を問うのかという表情で隣に立つヴォルフガングを見つめる。


「え? いえ、そういうわけでは。ただ、一途に愛を伝えるその姿は陛下よりよほど立派かと」



 そう答えたクリスティーナの紫色の瞳と視線がぶつかり、ヴォルフガングの瞳が揺れ動いた。
 
 晩餐会の音楽が、かすかに風に乗ってふたりの元へ届く。


 少しの沈黙の後、ヴォルフガングは腕を下ろしクリスティーナと向かい合った。



「ティーナに話さなければならないことがあります」



 真剣な金色の眼差しを向けるヴォルフガングに、クリスティーナは静かに「はい」と頷いた。

 ヴォルフガングは目を閉じ、一度だけ深呼吸をして小さな声で話し始めた。



「女神の星を攻撃した者の正体が分かりました」


 
 真っ直ぐな金色の瞳を見つめて、クリスティーナは静かに頷く。



「……イージス大帝国です」


 その言葉にクリスティーナは瞳を大きく開いて息をのんだ。それから次にヴォルフガングの口から話されたのは、全く想像もしていない内容だった。



「そして諜報部から、モーゼル公国と帝国の国境に帝国軍を配備しているとの情報が入りました」


 二十年前に周辺の小国を次々に吸収しながら、王国にも侵攻しようとしたイージス大帝国。前回の侵攻で唯一残ったのは、帝国の西側にあるモーゼル公国だけだった。

 魔術師の国といわれるほど魔術や魔道具の研究が進んでおり、次々に魔術兵器を開発しては侵攻を繰り返すため、どの国からも恐れられ警戒されていた。
 



「モーゼル公国はシュネーハルト領と国境を接しています。私は三日後、編成された魔法騎士団と魔術師団を率いてヴァルター公国に向かいます」


「……な、なぜ、ヴォルフ様が指揮を取られるのです……。ヴォルフ様の所属は、近衛騎士である第一騎士団ではありませんか」


「私が自分で志願したのです」


 そう言われたクリスティーナは、目の奥が熱くなる。震えそうになる声を必死に押さえながら俯いたまま聞いた。



「シュネーハルト公爵様のためにですか……」


「……王国魔法騎士団の団長になるためにです」



 ヴォルフガングのその答えは、父であるシュネーハルト公爵に英雄という重荷をおろさせ、自分がその重荷を背負うという意味だった。

 それほどまでにこれから起こる事態が、とてつもなく大きな争いになるという事だ。二十年前の帝国が持っていた魔術兵器の技術にでさえ、ルクランブルク王国は追いついていないのだ。
 二十年も経った今、どのような恐ろしい武器が開発されているのかなど想像もつかない。



「もしも重傷を負ったら……どうなさるおつもりですか! ヴォルフ様はっ、たったおひとりのシュネーハルト公爵家の後継者ではないですか!」


 クリスティーナはヴォルフガングの両腕を掴み、耐えきれなくなった涙を溢れさせながら訴える。


「ティーナ、私が行かなければ仲間の誰かが傷つきます。今、手を打たなければこの国もやがては帝国に支配されるかもしれない」


 力のこもったクリスティーナの手を優しく解いたヴォルフガングは、小刻みに震える両手をしっかりと握りしめた。



「必ず、騎士団全員でこの国に戻ってきます」


「でも……」


「信じてください」


 クリスティーナの両手を握ったままヴォルフガングは跪く。
 ヴォルフガングを見下ろす形になったクリスティーナの瞳からは、ぽたぽたと涙が流れ落ち、ヴォルフガングの袖にいくつもの染みをつくっていく。



「ティーナとまた食事をするために、ティーナの魔法をまた見せてもらうために、ティーナと話をするために、必ず貴女の元に戻ります」


 そして、そっとクリスティーナの手の甲に口付けた。 



「戻ってきたら……私のお願いをひとつだけ聞いてください」



 ぎゅっと握られた両手をクリスティーナも力いっぱい握り返す。
 


「……なんでも聞いて差し上げます」


 その言葉を聞いたヴォルフガングの表情が少しだけ和らいだ。

 溢れ出す涙をとめるように紫の瞳に力を込めて、月明かりに照らされたヴォルフガングの金色の瞳を見つめる。


「ですから……必ずご無事に戻ってきてください」




 しばらくの間、クリスティーナの頬を伝う涙をヴォルフガングがハンカチで優しく拭っていた。

 遠くで聞こえる晩餐会の音楽が最後の曲になるまで、クリスティーナの涙を綺麗に拭き取ることはできなかった。





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